殺人の理由 【月夜譚No.136】
どんなものでも使いようによっては、凶器になり得る。生活をする中で探してみれば、判り易いもので包丁、カッター。ロープは首に巻けば窒息させられるし、風呂だって水を張って中に抑え込めば溺死させられる。
使い方によって、便利な道具は殺人の道具になり兼ねない。
ベランダに出た男は、手摺りに身体を凭せ掛けた。胸ポケットから煙草の箱を取り出そうとして、やめる。その手を顔の前に持ってきて広げると、赤黒い色と共に鉄の匂いが鼻についた。
別に、殺そうと思って殺したのではない。――いや、それは言い訳だ。以前から僅かなりとも殺意はあったし、心の内で恨み言を吐いたのは一度や二度では済まない。
ほんの一言だった。彼女のその言葉が引き金となって、秘めていた思いが爆発し、気づいた時には既に手をかけていた。
傍にあったビール瓶。それで頭を殴って、割れた切り口で腹を刺したらしい。殺した時の記憶はない癖に、その時の感覚だけが手に残って、気持ちが悪い。
しかし、ここまで冷静でいられるのは、彼女がいなくなってほっとしているからなのだろうか。
それとも――自殺をする口実が見つかったからなのだろうか。
男の昏い瞳が、闇に沈む道路に落ちた。