表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
290/292

申し込みはきちんとね

 そんなこんなで、ファリドたちの帰国は、さらに遅れることになった。


 その口元から幸せをこぼしつつも、敬愛する主人にまでだまされていたことに可愛らしく怒るリリをなだめるため、ファリドとしても何か約束をしないわけにはいかない。


「まあ、しばらくはこっちにいるさ。リリが落ち着くまでな」


「落ち着くとは?」


 もともとファリドに対しては辛口のリリである。遠慮することもなく厳しく攻めてくる。


「いやまあ……」


「はっきりしてくださいませんと」


「うん、ああ……ハディードとリリの婚儀を見届けてからにしよう」


 リリの表情が輝く。彼女にとっては、最高の落とし所である。


 ファリドにとっても、まあこんなところかという思いはある。まるで姉妹のように慈しみあってきたフェレが、ここのところ毎晩のようにリリと同じ寝具で眠っていて……愛する妻のためにも、もう少し二人がともに過ごす時間を作ってやりたい。


 だが、いつまでもここにいるわけにもいかない。期限を決めねばならないが……そういう意味では「婚儀」は格好のイベントだ。テーベ伝統の派手派手しい婚礼衣装はぴっちりとフィットして女性の肉体が放つ魅力を誇示するもので……お腹が大きくなってから着るのには、無理があるのだ。


 さすがに産後の結婚式は、次期皇帝としては格好がつかなく……つまり今のリリには、タイムリミットがあるということ。ファリドたちとて望郷の思いはあれど急ぐ必要のある旅でもなく……かくして残るテーベでの日々を満喫しようという呑気な気分になるのも、無理なきことである。


 そんなわけで、今日もファリドは、マルヤムと一緒に市場へ買い物に出かけている。この場にフェレがいない理由はもちろん、残り少ない日々を存分に味わいたいリリが、彼女の主人を決して放そうとしなかったからでもある。フェレの方も、まるで嫁に出す妹を慈しむ姉のような風情で、口数は相変わらず少ないが、細やかに世話を焼いているのだ。


「母さんに頼まれたものはこれで終わりだね!」


「ああ。マルヤムのために、果物でも買おうか」


「ファリド父さんは、私がいつまでも食い意地だけの子供だと思っているんだね。私ももう、ちゃんと女の子だよ。おしゃれだってしたいもん」


「ごめんごめん、じゃあ、たまにはアクセサリーの店でも見に行こう」


 そうだ。薄汚れたボロをまとい、棒みたいな手足をにゅっと伸ばした、みすぼらしい子供だったマルヤムも、恵まれた食生活と、無条件にどばどば注がれるフェレたちの愛を受けて、健康的な肉付きを持つ、思わず見惚れてしまうようなスレンダー美少女に育っている。


ーー確かにそろそろ装身具を買ってやってもいい年頃だな。フェレには叱られるかもしれないが……


 そう決めたら張り切るファリドである。何しろ、カネは腐るほどあるのだ……カルタゴを叩きのめし、危地に陥ったハディードを救い、圧倒的に叛乱勢力を撃滅し、皇帝をして帝都に凱旋させしめた未曾有の功業を挙げたというのに、領地も爵位も受け取らぬ……そんな厄介なファリドに皇帝が与えることができるのは、莫大な金銀しかなかったのだから。


 大通りを挟んで反対側が、職人たちが自慢の技を誇らしげに開陳しつつ、その成果物を鬻ぐエリアだ。手前は木工品家具や道具、ちょっと進めば鍋や包丁といった金工日用品が並び……その奥にようやく、装身具を扱う職人が集う。


「多少高くても、好きなものを選びなさい」


 多少格好をつけてみるファリド。子供に度量を見せつけてドヤってみたい親心は、いつの時代も変わらない。それに応えてマルヤムが投げる極上の笑顔は、プライスレスである。


「あ、これ……これを、買って」


 眼を輝かせて愛娘が指し示す指輪に、意外な思いを隠せないファリドである。それは深く濃い蒼色のラピスラズリを環状に削り、それをエレガントな金細工で包み込んだ、凝った仕様の指輪だ。だがそのデザインは、十代前半の少女が持つには落ち着き過ぎたきらいもあって……思わず確かめてしまう。


「もう少し可愛い感じのものが良くないか?」


「そんなことないよ。だってこれは、父さんがフェレ母さんにあげるためのものなんだもの」


「何だって??」


 マルヤムがいたずらっぽく微笑んで、彼女の愛する養父の耳にこそこそと何かをささやきかける。それを聞いたファリドの表情が輝いて……その腕は愛娘の細い上半身を、力強く抱きしめた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「フェレ」


「……ん」


「これを、受け取って欲しい」


 差し出されたのは、星々と月、そして砂漠の草花が精緻に彫金された銀の小箱。ファリドがそれを開けば、ビロードの基礎の上に、市場で有金ほとんどをはたいて購ったくだんの指輪が、ちょこんとのっかっている。


「……これって、そういう、意味?」


 わざわざフェレが無粋にも意味を確かめるのは、過去のほろ苦い思い出があるからだ。フェレの故郷では結婚の申し込みとされる「パスタを毎日……」という発言を、その気もないのに吐き出した前科のあるファリドなのだから。


「そういう意味だ。きちんと式を挙げて、夫婦になろう。そして、俺の子を産んで欲しい」


 その台詞に、フェレの仏頂面が崩れる。その眼からはとめどなく透明なものがあふれ出て、最上級のラピスラズリのような瞳がまっすぐに、愛する男を見つめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ