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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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デキてしまった

 その晩。夕食を終えたファリド一家のテーブルは、あたかも査問会のような雰囲気を漂わせていた。もちろんマルヤムについては「教育に悪い」ということで、寝室行きを命じられている。


 リリと向かい合い、肩を縮めて座っているのは兄オーランと、ファリド。そしていつもならリリの側に座っているはずのフェレも、ファリドの隣で小さくなっている。リリにとっては信じられないことに、何より愛する主人までこの悪巧みに関与していたというのだ。


「あのクスリは、偽物だったというわけね?」


「うむ」


「兄さん、私が一生フェレ様について行きたいって思ってること、よく知っているわよね」


「うむ」


「一度だけ抱かれてやれって勧めてきたのは兄さん、そしてクスリを渡してくれたのも兄さん……最初から、これを狙っていたの?」


 リリの声が低まる。全身から溢れ出ているような怒りのオーラに、ファリドは首を縮める。


「うむ。だが、リリとて満更でもなかったようじゃないか。一度と言ったのに、それからは連日連夜……」


 次の瞬間、ものすごい速度で投げつけられた銀の菓子皿を、人差し指と中指で落ち着いて器用にキャッチするオーランである。


「まあ、お前の意思を確認しなかったのは悪かった。だが、これは主と、フェレ様のご了解を得た上でやったことだ」


 その言葉に、リリの眉が悲しそうに下がって、フェレがますます小さくなる。愛する主人が自分を必要にしなくなったのではないかという思いが、リリの視界を滲ませる。


「……ごめん。私はリリに、好きな人と一緒にいる人生を過ごして欲しかった。私が持っている女の子としての幸福を、大事なリリにも、味わって欲しかったんだ」


「フェレ様……」


「……ね、リリ。私だってマルヤムだって、リリと離れたくないよ。だけど私たちのために、リリが幸せになれないなんて、そんなのは嫌」


「わ、私はフェレ様のお世話をすることが……」


 なお抵抗するリリが、愛する主人の表情に、声を失う。最上級のラピスラズリを彷彿とさせる深く蒼い瞳が真っ直ぐにリリを見つめ、その奥には青白い光が燃えている。しかしその眼窩からは透明なしずくが二筋、頬を伝って流れ落ちている。


 そのままの姿勢で、どれだけの時間が経っただろう。ふと、玄関先でまた、騒がしい気配がする。衛兵の情けない声に続いて、扉を蹴り開けて若者が飛び込んでくる。よほど慌てていたのか、部屋着のままだ。慣れぬ全力疾走で激しく息を乱しつつ、必死の勢いで叫びを上げる。


「リリさんっ!」


「は、はいっ……」


「わ、私は弱い男です。ムザッハル兄のように武勇を轟かせることもできねば、父皇帝のように威厳で従わせることもできない。ファリド殿のように大軍を相手に策を巡らすことも、できません。ですが、リリさんを想う心は、誰にも負けない! 無力な私ですが、リリさんとお腹の子供を、全力で守り抜きます。どうか、どうか私の隣に立ってください!」


 一世一代のプロポーズを一気にしゃべり終えて力が抜け、へたり込もうとする身体をグッとこらえて、ハディードはリリの前にひざまずく。


「どうか、これを受け取ってください」


 差し出すのは、魔銀の腕環。薄く幅広の金属板に、花や星々の細かい彫金に混じって皇室の紋が大きく刻まれた、ただそれだけのもの。強国テーベの主となるべきハディードの財力からすれば、質素極まりない贈り物だが……それを見たファリドは、眼をむいた。


「ハディード、その腕環は……」


「ええ。これは、我が叔母ファーティマが身につけ、今はフェレ殿の腕に在る魔法の腕環と、対をなすもの。そしてこれは……歴代皇妃だけが身につけることを許される品です。父皇帝の妃はすでに亡く、次代の皇妃の腕に着けよと、陛下が私にくださいました」


 皇帝の示唆するところは明白だ。次の妃はハディード自身が選んでよいということ、そして彼が誰を選ぼうと、皇帝は異を唱えないということだ。もちろん、ハディードの意中の女がだれであるかも、知った上でのはからいである。


「マルヤム嬢から聞きました。リリ殿が、私の子を宿してくれたのだと」


「マルヤム、様が……」


 そう、大人たちの密談から締め出されたマルヤムに、フェレが大事な役目を与えたのだ。夜陰をついて皇宮に忍び込んで、ハディードにこれを伝えよと。もちろん、好奇心豊かでお茶目なマルヤムのことだ、「今夜が最後のチャンスだからね!」とか、余計な煽りを入れてもいるのだが。


「リリ殿は、弱った私を立ち直らせるため、清い身を任せてくださいました。ですが、私は思っていました。リリさんが故国に帰る決意は固く……その妨げになる子を宿すようなことはしてくれないだろうと」


 そう、その通りだったのだ。リリはハディードの愛は受け入れたものの、絶対に子ができないよう振舞っていたつもりだったのだ。子がデキてしまったのは、オーランのはかりごとに引っかかってしまっただけのことに過ぎない。


 だが、感動に眼を潤ませているこの若者に向かって、そんなことを口にするわけにもいかず、リリは立ち尽くすだけ。その様子を承諾と勝手に解釈したハディードがすっくと立ち上がり……想い人の華奢な腕を優しくとって、妃の印をはめる。


「リリさん。こんな時は『貴女を一生守ります』と言うべきなのでしょう。ですが私よりはるかに強い貴女に、そんなことはとても。でもせめて言わせてください。『お腹の子供を全力で守らせてください』と」


 青臭いが、誠意にあふれた皇子の台詞に、リリの涙腺が切れる。それから百を数えるほどの間無言で涙を流し、見つめるハディードが不安を覚え始めた頃、ようやくその唇が動いた。


「いいえ、この子を守るのは、私です。あ……貴方も守って、差し上げますけれど」


 ほんのひと月前までチェリーだった純情皇子の表情が、一気に輝く。オーランは肩をすくめ、見つめるフェレはいつもの仏頂面を崩して、キュッと口角を上げた。


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