凱旋
「皇帝陛下、万歳!」
「ハディード皇子殿下、万歳!」
帝都の目抜き通りをパレードする皇帝一行に、軍人だけでなく市民たちからも、歓呼の声が次々と上がる。武断の国ゆえの強引な政治手法が目立つテーベの皇室だが、彼らがそのやり方で、テーベの国民を守り、富ませてきたことは事実で……民もそれを十分に理解し、統治者を素直に敬愛しているのだ。
先頭をゆくラクダ車には、中央に皇帝アレニウス。その右側には今回の乱で戦功第一とされ、先ほどの式典で皇太子に指名されたハディードが、わずか一月ばかり前の様子からは想像できないほど堂々とした様子で座し、観衆に手を振っている。そして左側には皇女ナーディアが、横死した「英雄皇子」ムザッハルの絵姿を抱いて並ぶ。
「英雄ムザッハル様は残念なことになったが、ハディード様の武功も目を見張るものだったな!」
「まさにそうだ。ムザッハル様のような方はそうそういないと思っていたが、兄君が非業に斃れれば、すぐ弟君が国を建て直す……さすがは皇室の尊い血ということなんだろう」
「次期皇帝はハディード様になるのよね。もともと民政に詳しい方だそうだし、その上こんなすばらしい軍功……テーベはあと数十年安泰ってことよね!」
人々の称賛は、ますます熱い。さもあろう、彼らも同族相食み、庶民を巻き込んだ凄惨な市街戦を覚悟していたのだ。家を焼かれ財貨が奪われるくらいならともかく、おそらくは暴行や虐殺があちこちで起こっていたはずで……市民を巻き込まず速やかに事態を収拾したハディードの水際だった手腕は、すでに帝都に知れ渡っているのだ。
二番目のラクダ車には、皇兄サフラーと並んで、旧敵国イスファハンの自治領となったモスルの美しき総督、メフランギスが乗っている。豊かな栗色の髪が風になびき、青い瞳が強い輝きを放つさまは、帝都市民をも魅了した。
「綺麗ね……」
「あの見た目で、槍をとれば達人の域だそうだぜ」
「今回の乱でも、砂漠を一気に突っ切って真っ先に駆けつけられたそうだ」
宣伝効果は抜群である。こうして魅了された市民や軍人は、もしも将来テーベの為政者が東へ野心を燃やしたとしても、麗しくも強きメフランギスが治めるモスルへの侵攻に心理的抵抗を覚え、士気を失うだろう。それだけでも、彼女が長駆遠征してきた価値があったと言うものだ。
そして、後続車には、青いワンピースをまとった若い女と、暗褐色の礼服をまとう男、二人の間に挟まれるようにちょこんと座る、黒髪の少女。少女の黒髪から小さく山羊のような角が出ているのを見て、観衆から驚きの声が漏れる。
「お、おい、あのかわいい子供、魔族じゃないか?」
「大丈夫なのか、おいっ!」
そこに、群衆を誘導警護していた下級兵士が口をはさむ。
「あんたら、見た目で判断しちゃいかんよ。あの子は……天使さ」
「天使だって? 角の生えた天使なんかいるもんかよ!」
「まあな。確かに種族だけ見たら、魔族っていうのかも知れねえな。だが、あの子の心は、間違いなく天使さ。斬られてつぶれた俺の目が、もう一度光を感じるようにしてくれたのは、みんなが恐れる魔族……あの子なんだよ」
「……そんな、ことが?」
「ああ。俺だけじゃないぜ、あの子に救われた兵士は、百人を下らねえんじゃないかな。もうあの子は、東方、北方軍団の男どもにとってのマスコットさ」
「へええ~っ、いい子なんだね」「魔族ちゃん、こっち向いて!」
言うまでもなく、魔族っ子はマルヤム、その両側にいる男女は、ファリドとフェレである。
「すると、あのちょっと冷たい感じの美人が、噂の『女神イシス』様か?」
「そうらしい。あの空に描いた掲示板といい、中央軍団を壊滅させた雷撃といい、あの若い娘が、全部やらかしたことなんだそうだ、恐ろしや恐ろしや」
そんなふうに論評されるフェレは、安定の仏頂面……だが「女神」というフィルターをかけて見れば、それが現世のあれこれを超越した思慮深いものに感じられないこともなく……沿道の子供が上げる歓声に思わず応えて小さく手など振ろうものなら、観衆たちがわあっとどよめく。
「だが、あの『女神』様は、人間たちが争い戦うことがお好きでないらしい。だから、ご自分から進んで天罰を与えたりすることはないのだそうだ。あの雷みたいな恐ろしい業は、女神様に寄り添う『神官』が願ったことを実現しているだけなのだというぞ」
「そうだね、残酷なことがお好きな女神様には見えないものねえ。じゃあその『神官』が、よっぽど悪いやつなんだろうね」
「だろうな、何だか怪しい格好しているしなあ」
そう、笑顔は乏しいが、相変わらず十代後半にしか見えないフェレの容姿と表情は、純粋そのものだ。それに対し、ダークカラーの衣装を着けたファリドの姿は、民衆には何かを企んでいるように見えてしまう。目立ちたくないが故に暗色をまとったファリドの消極的な思考は、結局裏目に出ているのである。
「まあ今回は皇帝陛下のお味方だったというからいいけどさあ、心配だねえ。『女神』様が、あの悪い男に騙されないといいねえ」
さんざんな言われようであるが……これも謀略を巡らす者の、宿命なのであろう。悪口が耳に届いたのであろうか、ファリドが小さく肩をすくめた。




