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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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またこの業ですか!

「帝都の軍が動き出しました! 数、およそ四千!」


「意外に多いな……乾坤一擲、全軍投入というところか」


 物見の報告に、顎を撫でつつひとりごちるファリドである。一方司令官たちは、最後の決戦に武者震いしている。


「突撃してよろしいか? ラクダ騎兵の数は圧倒的にこちらが多い、全速で突っ込めば蹂躙できよう、いかがかな、軍師!」


 さすがは武断の国の将軍、まっこう力攻めが大好きである。だが、彼は首を横に振った。


「やめておきましょう。敵はいわゆる窮鼠です。必死で抗い、こちらにもかなりの損害が出ますよ」


「むむ、確かにわがラクダ騎兵は、長槍歩兵との相性が悪いが……」


 司令官が渋々引き下がったのは、敵の兵種を見てのことである。敵は歩兵に、騎兵対策として長い槍を持たせている。重装を身に着けた彼らが横一線に並んで槍を前面に突き出せば、連合軍主力の最強兵種ラクダ騎兵が突っ込んでも、その速度や高さを活かすことなく、串刺しにされるだけなのだ。トップである皇子は救いようもない阿呆だが、中央軍団の指揮官は決して無能ではないことが察せられるというものだ。


「ここは辛抱下さい。ああいう敵に対しては、フェレの魔術がことさらよく効くのですよ」


「う、うむ……貴殿らを信じるほかはないか。下知に従おう、期待しているぞ」


 短い期間に、「軍師」と「女神」は軍人たちの支持を確実なものとしていた。それは単純に勝利するだけではなく、手塩にかけて育てた兵士たちを損なわずに勝つという、彼ら指揮官にとって最も望む果実を与えてくれるからである。


「本当は、できるだけ敵も殺したくないのですが……今回は難しいでしょう。フェレ、辛いだろうが、頼むよ」


「……大丈夫。リドがそうしろと言ったら、それは必要なこと。リドがやれと言ったら、私は何万人でも、殺せる」


 ここまで沈黙していた「女神」が突然吐いたおなじみのヤンデレめいた台詞に、司令官たちすら思わず恐れを覚え、一歩後ずさる。安定の無表情から発せられる、低く抑揚のないその言葉は、まるで本物の神が、これから与える怒りの鉄槌を予告しているように見えるのだ。


 そうしている間にも、敵歩兵はじりじりと迫ってくる。バラバラに来れば決して強くはない歩兵でも、きっちりと密集し、長大な槍を掲げた光景には、威圧感を覚えずにはいられない。


「よし、準備はできたか?」


「……ん、いつでも行ける」


 フェレの言葉に、ファリドは上空を確かめる。灰色の雲がなぜか敵の頭上に集まって今や黒雲となっているのだが、興奮しているのであろう敵兵たちは、それに気づいていない。


「よし、やるぞ。騎兵は全員ラクダから降りて姿勢を低く! 剣は身体から離せ!」


 わけがわからないままに、司令官たちはファリドの指示をあわてて兵に伝える。無条件でそうするだけの信頼を、すでに彼らはこの若者に寄せていた。


「フェレ、頼む!」


「……ふう、ん!」


 フェレが気合を一発入れる。すぐには何も起こらないが、しばらくして異様な重低音に、ようやく兵たちが空を見上げ、文字通り仰天する。


 空が、真っ黒なのだ。一面黒雲なら理解できようが、まるで墨でも塗ったように敵兵の真上「だけ」が黒く染まった光景は、まさに不気味の一言だ。


 そして、最初の稲妻が轟音を上げて、敵歩兵群のど真ん中に突き刺さる。十数人が直撃を受けて黒焦げになり、周囲の数十人が衝撃で行動不能に陥る。そして、時ならぬ豪雨が敵を襲う。


「なんだこれは!」

「わからん! 突然閃光が落ちてきたのだ!」

「もしや、神の怒りなのか??」


 乾燥地帯に生まれ育ったテーベ兵には、雷雨などというものを経験した者が、ほとんどいない。眼を灼く閃光、爆発のような轟音、そして無残に焼かれる友軍……この理不尽な現象を、神の存在に結びつけたくなるのは、無理もない。


 そしてその心境は、ファリドの助言通り身を伏せていた連合軍も、同様であった。敵兵が無慈悲な光に焼かれ阿鼻叫喚に陥っているというのに、自分たちにはまったく影響がない。この不思議状態が、彼らの上に神の加護があることを信じさせてしまうのも、また無理ないことだ。


「すげえ、あれはうちの『女神』さんの力なのか?」

「まさに神罰と言うにふさわしい……神も、俺たちの正義を認めて、敵を懲らしめているんだ、神が俺たちを、嘉し給う!」


 もちろんこれは、正義か極悪かというような話ではない。フェレが、イスファハン人にはすでにおなじみとなった雷の魔術を、久しぶりに使っただけのことである。


 雷の魔術は、雲さえあれば発動できる。薄い雲を濃縮して、雲を形成している氷の粒を激しく動かして互いに衝突させれば、そこに電気が生まれ、たまった電荷は地表に向けて放たれるのだ。


 おあつらえ向きに、敵は対騎兵を意識して金属鎧を着用し、全員が長い槍などを持っていて……しかも密集している。雷に、どうぞ落ちてくれと言っているようなものだ。轟音が響き閃光が輝くたびに、数十人単位で、兵は戦闘能力を失っていく。


 人を傷つけることを恐れてやまないフェレに、こんな大殺戮をさせていることに後ろめたさを覚え、その横顔を窺うファリドだが、その視線に気づいた彼女がその仏頂面をわずかに崩し、目尻など下げてみせることに、少しだけ安心する。


 どれくらいの時間が経っただろうか。いつしか上空の黒雲は灰色に戻り、戦場には武器も指揮官も失った歩兵たちが、頼りなくうろうろと徘徊しているだけ。


「さあ、将軍がた。あとは、みなさんの仕事ですよ」


「う……うむ。だがこれは……」

「まさしく、神の御業……」


 呆然とする司令官たちを我に返すには、少々手間がかかったという。



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