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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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楽に勝てる方法

 車座になって話し合っているのはハディード、両側に座る東方、北方軍団の司令官。さらに「軍師」たるファリドとラージフ。最後にイスファハン軍代表のメフランギスが座る。天幕の中にはフェレもいるが、討議内容になど興味ない風情で、ただ一同のためせっせと茶など供している。


「そうなると、軍師殿らが一致して『上策』とするのは、包囲して補給を断ち、彼らが飢えるのを待つということか」


「ええ。市街戦に持ち込むのは下策です。敵は民家や商店の建物、公園の並木や池を障害物に使って、必死で抵抗するでしょう。時には市民を盾にすることもあると思われます。いずれにしろお味方に多大な被害が出ることは確実です、避けるべきでしょう」

「うむ、帝都は多くの市民が暮らしてござる。そして補給を断ってしまえば貯蔵食糧をあっという間に食いつくすでござろう。一週間やそこらは軍需物資を開放して配給でしのぐにしても、後が続かないのでござる。配給が滞れば住民の不満は募り、最後には市民蜂起も期待できるのでござるよ」


 ファリドとラージフが揃って推す包囲兵糧攻め策に、二人の司令官は大きくうなずく。彼らが得意なのは平地でラクダを駆る野戦であって、あちこちの物陰から矢や槍が飛び出してくる市街地での攻防は、苦手なのである。


 こちら側が兵力にはやや優るとはいえ、まだ市内には五千人規模の中央軍団兵が陣取っていて……恐らく想像を絶する消耗戦となり、彼らが汗水たらして鍛え抜いた部下たちが、その力を十分に発揮することのないまま、生命を失うことになるであろう。二人の軍師が提唱する兵糧攻めは、面白味はないであろうが、最も確実で、損害の少ない作戦なのだ。


「私は軍師の策に賛成だ」「私も同意する」


 本来好戦的なはずの司令官たちはあっさりとファリドたちの持久策を受け入れたものの、総帥たるハディードは、考え込んでいる。


「ハディード殿下、何か、ご懸念がおありでしょうか?」


「い、いや、軍師の言うことも、あなた方司令官の言うことも、もっともだと思います。部下の被害を最小に抑えるのは、軍事指導者の責務ですからね。ですが……」


「まだ、ご心配が?」


「これは、私の我がままなのかも知れません。皆さんの部下たちの生命と引き換えにできるようなことではないのかもしれませんが……」


「いいんだハディード、この軍の総帥は君だ。言いたいことは言っていいんだ」


 軍人たちに遠慮するように言葉を飲み込むハディードに、忌憚ない意見を促すファリド。その言葉に勇気づけられたように、ハディードはひとつ大きく息を吸い込んだ。


「私が懸念するのは、その作戦で一番苦しむのが、帝都市民であることです。軍人も飢えるでしょうが、それより先に民が、それも身分が低く暮らし向きに余裕のない者から先に飢えていくでしょう。そして、ラージフ師のおっしゃるように耐えきれなかった市民が乱を起こしたら……軍による虐殺もあり得ますから」


 やはりそこかと、予想通りのレスポンスに小さく息を吐くファリドである。部下の生命をなにより重視する軍人たちと、民の安全や暮らし向きを重視する文官のハディードでは、価値観の重心が、かなり違うのである。


「なるほど、そのご懸念はもっともです。では殿下は、正攻法でいくべきと? まともに突っ込めば、ファリド殿の言われたように、敵味方……とも被害は大きいですぞ」


「え……ええ。それがわかっているゆえに、私も強くは主張できないのです。貴官たちの部下を無為に死なせることは、決して本意ではなく……」


 司令官の反論に、ハディードも口ごもってしまう。軍人よりは民のほうを重視する彼といえど、流血の市街戦など望んでいるはずもない。だが兵糧攻めもせず直接激突もせず、他の手段があるのかと問われたら、彼に代案があるわけもなく……落ち着かない視線を、中空にさまよわせることしかできない。じっと観察していたメフランギスが、少し失望した表情になる……優秀で人徳にあふれたお方だが、大国の君主には向かないのではないかと。


 ふと、ファリドの袖が、遠慮がちに引かれる。振り向いた先には、最上級のラピスラズリと見まごうような瞳が二つ、彼にまっすぐ向けられていた。


「……なんとか、してあげて」


 愛する女から無条件の信頼を寄せられて、抗える若い男がいるわけもない。彼はフェレに小さく微笑むと、ハディードに向き直った。


「市街戦はしない、だが持久戦もしない。そうなれば、アスラン勢を帝都からおびき出して、撃滅するしかないな」

 

「ええ、ファリド殿には、その策略が?」


「どうだろうな。まずハディード、お前の愚兄アスランの性格を、できるだけ詳しく言ってみてくれ」


「そうですね。誇り高いがそれが災いし、自分の誤りは認めない。己におもねる者を近づけ、直言する者は遠ざける。疑い深く、側近以外の意見は聞かない。国や民の利益より、己の損得を優先する。女性を侍らせることと、金銀を蓄財することが好きで、そのためなら多少の社会的不正には目をつぶる。信義を重んじず、契約を交わしてもそれを破ること数知れず……」


 真面目な顔で兄を徹底的にディスるハディードに、思わず苦笑いするファリドである。話を聞いている限り、為政者としてよいところが、一点もないではないか。


「わかった。公開の場で自分をくそみそにけなされたら、黙っていられない。忠臣が制止しても聞かずに突っ走る……そういうタイプだな」


「ええ、そこは間違いなく」


「ならば、やりようがあるだろう。フェレ、また頼むぞ?」


「……うん、リドの言うことなら、なんでもする」


 深い蒼の瞳に、絶対的信頼……もはや信仰とでもいうような光が満ちているのは、もはや平常運転であった。


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