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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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戦勝の宴

 もちろんその後の戦いは、一方的なものとなった。


 討ち取った敵は千数百、降伏した者四千以上。対する味方の戦死者はわずか十数名……文句なしの決定的圧勝に、連合軍の盛り上がりっぷりは最高潮だ。今晩ばかりは貴重な補給物資も気前よくドカンと開放して、無礼講の戦勝祝賀会を全力で楽しんでいる。


「さすがに今回はかなり被害が出るはずと思っていたが……」

「ラクダ騎兵たちをハメたあの罠は、どういう仕掛けなのだ? もちろん我が兵たちが掘った穴にはまったのはわかっているのだが、一目見れば穴があるとわかるはず。ほとんどの騎兵があれに気付かず踏み込んでしまったのは、納得いかぬ」


 二人の司令官が酒杯を手に、素直に喜びをかみしめつつも、そのからくりを不思議がっている。もはや秘密にするほどのこともないと、ファリドも彼らに種明かしをしようと口を開く。


「おっしゃる通り、兵に掘らせた穴は深く大きく、それだけに一目見ればわかるものです。罠なのですから気付かれては意味がありません。偽装しないといけませんね」


「うむ。草原などであれば草木で隠すことも可能だろうが、ここは見渡す限り不毛の大地。どうやって穴を隠したのだ?」


「それなら、お見せするのが早いですね、フェレ、おいで?」


「……ん」


 素直に従うフェレとともに、司令官を宿営地はずれに掘られた穴にいざなう。野営で生まれたごみを埋めるために、兵士が掘ったものである。


「昼間のあれ、やって見せてくれるか?」


「……ん」


 彼女がぶっきらぼうに返事するのとほぼ同時に、穴がかき消え、そこはただの砂地になった。


「ど、どういうことだ? 穴がなくなった!」


「なくなってはいませんよ、ほら」


 つまみにかじっていた骨付き肉のゴミをファリドが放ると、地面に見えていたところに、骨が吸い込まれて消えた。そしてフェレが一つ息を吐くと、穴が元通り現れて……その底にはさっき投げ捨てた骨がある。


「これは、こういうことです」


 フェレがもう一度小さく息を吐くと、司令官たちの眼前に、茶を運ぶトレイくらいの茶色い不透明の円盤が現れた。


「これは?」


「触れてみてください」


 司令官が手を伸ばすと、手は何の抵抗もなく円盤をすり抜ける。


「な、なんだこれは?」


「よく確かめてみてください」


 円盤に指で触れ、こすったり叩いたりしていた司令官が、ふと何かに気付く。


「こ、これは、砂か!」


「ええ、砂です」


 そう、これはフェレの得意技「砂の膜」である。何千何万の砂粒を個々に意識して一枚の膜とし、人間やラクダを乗せて運んでは、あちこちで驚かれてきた、あの魔術だ。


 人を乗せても大丈夫なのは、フェレが砂粒一個一個に強い力を注ぎ込み、外力では簡単に動かないようにしているからだ。だが粒を拘束する魔力を適切に弱めてやれば、視線は遮るけれども力を加えれば破れる、そんな都合の良い「砂の膜」ができるのではないか……そんなファリドのリクエストにフェレが懸命に応え、ようやく編み出した「ちょっと弱い砂の膜」が、これなのだ。


「……かなり難しかった。数百人の兵士を乗せて運ぶ方が、よほど楽」


「そう思うよ、だけどフェレならできる、そう思ってお願いしたんだ」


「……うん、リドができるというのなら、私は、できる」


 司令官たちに種明かしサービスをしているはずが、いつの間にやら安定ののろけモードに突入してしまうファリドとフェレである。それを見せつけられている方も、微妙な表情になってしまうのは、致し方ないことであろう。


「しかし、兵に掘らせた穴は数千ケ所にのぼる、それにすべて、この『砂の膜』をかぶせたというのか?」


「ええ、そうです。フェレの魔力をもってすれば、このようなことは児戯のようなものです。過去にはもっと難しいことをやってきましたから」


「むむむ……」


 ファリドは、ここぞとばかり大きく出る。だが彼にとってこの大言は、のろけではなく、真剣な意味を持っているのだ。


 これほど大規模で、それでいて繊細な魔術をあっさりと為し遂げてそれを誇るでもない強力な魔術師フェレが、イスファハンと事を構えるときあらばお前たちの敵に回るのだぞということを、テーベ軍重鎮たちの脳みそに、きっちり刻み込んでおくために、わざわざ力を誇示してみせているのだ。


 もちろんその狙いを、司令官たちもよく理解している。


「ああ、我々も、こんな奇蹟を次々成し遂げる『女神』に逆らうような真似をする気はない。首尾よく勝利を収めて政権を取り戻した暁には、東方とは絶対に争わぬよう、皇帝陛下に言上するであろうよ。もっとも陛下もハディード殿下も、もはや東方に野心を伸ばそうという意欲を、失っておられるであろうが……」


「違いない。聞くところによると陛下もあの『砂の膜』で、南方拠点の上空を飛んだというではないか、『女神』殿の力を承知されておられよう。ハディード殿下に至ってはもはや貴殿らとあたかも刎頸の友であるかのようで……アスランを倒せば、東方は平和になろうよ。そのために、もう一仕事してくれるのだろう、『軍師』よ?」


 そう、敵最大の機動力を壊滅させた彼らだが、まだ帝都攻略、アスラン討伐という大仕事が残っているのだ。だが、若き軍師は、こともなげに応えた。


「ええ、ご期待に沿えると思いますよ」


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