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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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男子三日会わざれば

「諸君! 私は第三皇子ハディードである! ムザッハル兄を害し、皇帝陛下に反逆したアスランから帝都から駆逐するのが、私の使命だ。北部軍団諸君の力を、この私に貸して欲しい!」


 五千騎強の精鋭の前で堂々と演説する姿に、昨日までの自信なげな雰囲気はうかがえない。その背筋はまっすぐに伸び、瞳はまっすぐに目標を見据え、輝きを放っている。


「ハディード殿下は文官肌で頼りないという噂だったが……どうしてどうして」

「立派なものだ。言葉は丁寧だが、堂々としている。あのお方ならついていってもいいな」

「ハディード殿下万歳!」

「帝都を奪還するぞ!」


 兵士たちの受け止めも、好意的である。あちこちで賛同や支持の声があがり、剣や槍が突き上げられている。


「まさに昨日とは、別のお方のようだ。一皮むけたとでもいうのだろうか、やはり皇室の高貴な血はあらそえぬ」


 北部軍団司令官が思わず漏らしたつぶやきに、傍らで気配を消していたオーランは苦笑いせざるを得ない。彼は、ハディードが「一皮むけた」理由を知っている……それはもちろん喜ばしいことであるのだが、妹想いの兄としては、ほろ苦い想いも抱いている。


 その「理由」は、ハディードを挟んで反対側に控えている。一見いつもと同じ冷静な表情で、皇子の周囲を警戒しているようだが……護るべき男の何気ない仕草や言葉に、ふと口許を緩めたりする様子に、何やらもやもやするオーランである。


「まあ、仕方ない。俺たちが、仕組んだことだしなあ……」


 彼は、今日一番の深いため息をついた。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


「サウド殿! 久しぶりだな。こたび共に戦えること、嬉しく思うぞ」


「フサイン殿も、長駆ご苦労であったな。うむ、皇帝陛下とハディード殿下に帝都をお返しするため、死力を尽くそうぞ」


 東と北の軍団長同士が、堅く握手を交わす。両軍を合わせ精鋭四千五百騎の大軍となった彼らがイスマイリア地峡を越えれば、中央軍団では止めることなどできまい。


 地峡を墨守する敵を破るには犠牲も生まれるであろうが、今回の戦で、大義があるのは明らかにこちら側。情報統制をひいているとはいえ、皇帝の所在を隠したままの敵方は士気が低い……最終的な勝利が我がものとなることを、二人とも信じている。


「それにしても、ハディード殿下があれほどのお人とは」


「ふむ、東方軍団にお越しになった際には、やや気弱そうな様子で大丈夫かなと思ったものだが……北方軍団から帰ったお姿は、まさに君主となるべく生まれてこられたお方のようだった。何があったのだ?」


「まあ、はるか東の言葉で『男子三日会わざれば刮目して見よ』と言うゆえな。反逆者を自らの手で成敗なさったことで、お覚悟ができたのかも知れぬ」


「なるほど、生命のやりとりで男が成長するのは、よくあることだな。いずれにしろ頼もしいことだ」


 軍人らしく単純な価値観を持つ彼らは、そんなやり取りでなんとなく納得してしまった。もちろん、真実は別のところにあるのだが。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


 その夜。天幕を静かに抜け出そうとするリリを、柔らかく呼び止める声があった。


「……ハディードのところへ、行くの?」


 リリは一瞬背筋をギュッとこわばらせたが、ラピスラズリ色した主人の瞳が優しく細められているのに気付いて、身体の力を抜いて……頬を染めた。


「あ、あの……申し訳ありません、どうしてもって、彼が……」


 もちろん、ハディードはそう言うだろう。積もり積もった想いをようやく遂げた男が、たった一夜の逢瀬で満足するはずもない。真面目極まるハディードのことだ、おそらく「責任の取り方」についても考え始めているはずだ。


「……いいの。リリが、好きな人と愛し合えたのは、うれしい。このままずっと、一緒にいても、いいんだよ?」


 愛する男より大事な主人の言葉に、リリが眼をきっと見開き、唇を引き締めた。


「いいえ。私は何よりもフェレ様が大切、一生お仕えしたいと願っております。ハディード様も嫌いではなく……いえむしろ好きなのですが、あの方の取るべき道に寄り添う女性は、それにふさわしい身分と品格をお持ちの方でなければなりません。私は……彼の想い出の隅に、少しでも良い記憶として残っていければ、それでいいのです」


「……ハディードは一途な子。リリが去ったら、新しい妻なんか迎えない」


「そんなことは……」


「……それに、そうやって愛し合っていれば、子供ができるかも。そしたらどうするの?」


「できては困るので、対策はしてあります」


「……そか」


 この世界でも、避妊の方法はいくつかある。夜の知識面ではネンネだったフェレも、すでにファリドの実質的な妻を、もうずいぶん長く続けていて……必要に迫られそういう手段も身につけているのだろう、リリの言葉に短くうなずく。ちなみに一番確実とされているのは、事前に女性の側が服用する、飲み薬だ。


「……ならば、行くべき。ハディードが満足するまで」


 ストレートなフェレの言いようにまた顔を紅らめたリリが、闇の中へ身を翻していった。


「……アレ、うまくいくのかな?」


「どうかな。こればっかりは、ハディードの頑張り次第かも知れん」


 フェレのつぶやきに、天幕の中から応じたファリドだが……この声音には、何やら後ろめたそうな響きが混じっていた。


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