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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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指揮権確立

 そんなこんなで、ようやくファリド一行は、本営に案内された。


 予想していたとはいえ、彼とフェレに対する東方軍団の敵意をあらためて再認識したファリドである。今度は最高指揮官と決闘などという羽目にならないかと、少しうんざりした気分になってしまうのは、やむを得ないところである。


「もうすぐ本営ですよ、マルヤム様には遠くて申し訳ありません」


「ここに来るまでその数千倍くらい、移動してきたよ」


「ほう、身体はこんなにお小さいのに、素晴らしい! さすがは神の御遣い」


「神様と私は関係ないよ。ファリド父さんが治せっていったから治しただけ」


 先ほど決闘したばかりの上級将校は、賓客であるハディードには気を使いつつも、先ほどからやたらとマルヤムへ意味もなく話しかけている。身をもって「神の奇蹟」を味わってしまった彼は、すでにこの小さな魔族に魅了されているようだ。御使い扱いされたマルヤムは、やや迷惑そうな風情である。


「それでは、こちらでございます」


 拠点の中央に位置するひときわ大きな天幕の中には、黒い髪の将官と、年齢を重ねて白くくすんだ茶色の髪を持つ初老の男がいた。二人とも面識があるが、マルヤムは初老の男に反応して明るい声を上げる。


「あ、ラージフおじさん!」


 そう、ムザッハルに軍師として仕え、彼とファリドの橋渡し役も何回か務めた男である。彼はしばしば酒瓶を提げてファリドの邸宅を訪れ、親交を深め……もちろんマルヤムも、お土産の菓子で飼いならされていたのである。


「おお、嬢ちゃん、少し見ない間に、大きくなったな」


 そう、かつては父親の虐待でやせ細っていた彼女は、甘い父母から与えられる愛と、文字通りの甘物効果で、いまや頬はふっくらとし、成長期にふさわしく背も伸びて……わずかながら胸もふくらみ始めている。


「うん、おじさんは、かわんないね」


「そりゃ、この齢だからの」


「……マルヤム。司令官様の前、礼儀を守るべき」


「ごめん……なさい」


 上流階級の隅っこにいたフェレはTPOにうるさい。今もすっかりなごんでいる愛娘にきっぱり注意している。素直に控えて、しゅんと肩を落とすマルヤムも、かなりのいい子である。本来なら「皇子様の前なのだから控えろ」と言うべきところだが、ファリドの一家はすでにハディードを、虚礼を必要としない気の置けない者扱いしている。


「まあよい。それよりも……ハディード殿下、よくここまでおいで下された。小官らの前に姿をお見せ下されたということは……」


 将官が期待を込めた眼で見つめたハディードが、穏やかに口を開く。


「ええ。私は、ムザッハル兄を害し父陛下を幽閉し、帝都を不当に我がものとしているアスラン兄を倒さねばなりません。陛下は南方軍団を掌握し、北上して帝都を衝くはず。これに呼応してアスラン派を挟撃するため、東方軍団の皆さんの力を借りたいのです」


 そしてハディードは、彼がここに至るまでの経緯を、つぶさに述べていく。帝都からの逃避行、皇兄と皇帝の救出、南方軍団の指揮権奪還、そして東方へのショートカット。


 皇子という権威を振りかざすことなく、あくまで謙虚に事実を述べ理を説き、丁寧に助力を乞う姿勢は、ファリドには好ましいものに思えた。だが武断を旨とするテーベ軍将官の目に、ハディードの謙虚さはどう映るだろうか。弱気で頼りないものに見えないだろうか、そう懸念してしまう。


 ファリドの懸念は、この場合無用のものだったようだった。黒髪の指揮官はハディードの前にひざまずき、頭を垂れた。


「我々も、ムザッハル殿下の無念を晴らさんと、願っておりました。しかし陛下やハディード殿下のご消息もつかめず……我々が動くことで皇室の方々を危険にさらすのではないかと、逡巡してしまっていたのです。ですが今やその懸念を、殿下が晴らしてくださいました。ぜひ我々の力、殿下が帝都を回復するために、お使いいただきたく!」


「ありがとう、期待している」


 相手はすでに己に向かってひざを折っているというのに、どこまでも謙虚なハディードである。そして指揮官はその面を上げ、ファリドとフェレを真っ直ぐ見つめる。


 そう、次の難関は東方軍団の将兵が、ファリドやフェレと、くつわを並べて戦う気になるか否かだ。なにしろモスルとの戦役では、満を超える戦友を異郷の土に変えてしまった二人なのだ。さきほど上級将校がファリドに本気で決闘を挑んだのは、蛮勇ではあったがその心情を酌めば、無理もないことであったのだ。


 しかし指揮官は、その眼をわずかに細め、日に焼けた頬を緩めた。


「そこに居るのは『軍師』と『女神』だな。共に戦ってくれるのだろう、頼りにしているぞ」


「……私たちを、恨んではいないの?」


「うむ、わだかまりがないかと言われれば、ある。だが、あれはやるかやられるかの戦であった……やらねば我々がそなたらの同胞を蹂躙していただろう。いつまでも根に持っていては始まらぬ」


「……でも」


「それに、軍師と女神イシス殿は我らが敬愛するムザッハル殿下と手を携え、宿敵カルタゴを陸に海に、三度にわたって撃滅してくれたと、こんな辺境にまで伝わってきている。そしてアスランでん……いやアスランの反逆に際しては、ハディード殿下、サフラー殿下、ナーディア殿下、そして皇帝陛下まで、貴女がたに守られ救われたというではないか。これでそなたらを信頼しないなどといったら、後世までの笑い者よ。儂らとしては、この混乱を奇貨としてそなたたちが故国に帰ってしまうのではないか、そちらのほうが心配なくらいさ」


 信頼を込めた眼を向けられたフェレが、少し頬を染めて愛する男の方に振り返る。ファリドは一つうなずいて、指揮官に向き直った。


「もちろん、そのつもりはない。ハディードを帝都に凱旋させるまでは、責任を持つさ」


 普段は大言壮語しないファリドの珍しく強気な言葉に、リリやオーランが少し驚いた顔をしたが……フェレとマルヤムは嬉しそうに微笑んだ。その目には愛する夫、あるいは父に対する、絶対の信頼が宿っていたのだ。


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