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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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ちょうどいいところに

「これは、舟より快適ですね。なにしろ揺れないのがすばらしい、私はすぐ酔ってしまうので……」


「ハディード様は頼りにならないですわね……もし酔ったら介抱して差し上げますけど」


 バカップル二人が、「砂の膜」に乗っての航海中も、戯れ合っている。最初はニマニマとぎこちない恋愛模様見物を楽しんでいたファリドたちも、もはやこれを定常状態として受け入れてしまっており、もはや視線を向けもしない。


「ラクダたちも落ち着いています。マルヤム様のお力も、すばらしいものですわ」


 リリの言葉通り、彼らの騎乗してきたラクダたちも、緩やかに吹く海風に気持ちよさげな鳴き声をあげている。怖がりで暴走しやすい彼らがおとなしく「砂の膜」に収まっているのは、マルヤムが優しくささやきかけ、さんざん撫で回した成果だ。


 彼らは今、敵地を通り抜けて、細長い湾を横断しようとしている。このあたりでは湾の横幅が十キロメートルばかりに狭まっており、フェレの魔力なら一行を浮かせたまま渡りきってしまえるのだ。


 運ばれているのはラクダ三頭、それぞれにハディードとリリ、ファリドとフェレ、そしてオーランとマルヤムがここまで乗ってきた。本来なら一緒に来るはずのアフシンは、なぜか皇帝兄弟と馬が合ったらしく、彼らの護衛と称して南方軍団に残っている。


 そして一時間後。彼らの姿は、対岸の砂浜にあった。もうすでにこの地は、中央軍団の勢力圏ではない。いや、それどころかテーベの支配下にもない、有象無象の部族が割拠する地域なのである。まともな地図などなく、博覧強記を武器とするファリドとハディードの頭の中にも、ここに関する地理情報は入っていない。


「大丈夫だろう。星を見れば方向はわかるのだから」


 楽天的な言葉を吐くファリドである。これまで乗り越えてきた幾多の障害に比べれば、見知らぬ大地を通り抜けるくらいは、水さえあれば何ということもない。そしてフェレがいる限り、水に困ることはないのだ。


「じゃあ、行くとするか」


 ファリドの掛け声に、ハディードがいそいそと好いた娘の背中にひっついて……リリがなんとも言えない表情をつくった。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


 一日ほど騎行した彼らの行手を、ラクダに跨った一団が遮った。ファリドもハディードも知らない、砂漠の部族である。


「生命は助けてやる。金銀と女を置いていけ」


 お約束の台詞をぶっきらぼうに吐き捨てる髭面の男が、どうやらリーダーらしい。ひときわ大きな白いラクダに乗り、一メートル位もあろうかという長大な片刃の剣を、ファリドたちに向けて突きつけてくる。もちろんファリドの頭の中に、こんなテンプレ展開への対応は構築済みだ。


「女たちは渡せないが……テーベ軍の拠点まで案内してくれたら、謝礼に金銀を差し上げるが?」


 不遜な相手にも礼を守りつつファリドが吐いた言葉に、何の感銘も受けていないらしい髭面が、口許をいやらしく歪める。


「おめえらには、死ぬか、すべてを差し出して生命だけでも長らえるか、その二択しかねえんだよ! わかってんのかおらあ!」


 がなり声とともに目の前に突き出された剣に見向きもせず、ファリドはマルヤムに目配せを送った。


 次の瞬間、髭面の天地がひっくり返り、その巨体は背中から砂地に叩きつけられた。今まで主の命令に従順だったラクダが、何かにおびえるように暴れ出し、背中の髭面をふるい落としたのだ。


 ラクダの背は高く……そこから落ちたときの衝撃は、馬の比ではない。大の字になった髭面は、うまく息ができないようでバタバタともがいている。不意の出来事に驚き、リーダーを助けようとした仲間たちも、相次いでその騎獣から振り落とされていく。


「なんだ……これは?」


「察しが悪いですね、ハディード様は。あれは、マルヤム様の偉大なお力ですよ」


「あっ……そうか」


 リリにディスられていても、並の人間から見れば数倍聡いハディードだ、眼の前で起こっている不思議現象を素早く理解する。そう、マルヤムは動物と意思を通じることができる。それは何かを恐れる獣を落ち着かせ安らげることにも使えるが、もちろんその逆方向に使うこともできるのだ。半魔族である彼女の強大な魔力をぶつければ、ラクダは一発でパニックに陥り、乗り手を放り出して逃げ出すというわけだ。


「うっ、何だ、この力は……」


「この方たちは、女神様……私たち只人には想像もつかないお力をお持ちだ。その力を本気で振るえばオアシスの一つや二つ、即刻滅ぼすことができるが……女神様にはご慈悲がある。そこなる神官殿の指示通り我らを案内すれば、無体なことはなさらぬ。だが、害をなそうとするならば……」


 オーランが野盗もどきの男たちを脅している背後で、フェレが自分の頭上に「砂の蛇」を二匹、舞わせている。その異様な光景に、彼らの視線は、釘付けだ。


「へ、へいっ! 俺たちが悪うございました! ご案内、仕ります、どうかお許しを!」


 フェレが仏頂面の頬を少しだけ緩めれば、それに応える「神官殿」ファリドも、ようやく笑みを浮かべた。



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