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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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東方へ

「はい、有象無象の貴族に余分な借りを作らず、帝都を脅かす方法……それは、東方軍団を動かし、陛下の南方軍団と協力し、敵を挟撃することです」


 東方軍団はもともとムザッハルの子飼い。今は盟主を失って呆然として動けない状態だが、最も戦慣れした精強な部隊だ。彼らと示し合わせて攻撃すれば、城壁などない帝都など、容易に陥落せしめることができよう。


「うむ、それは儂も考えた。すでに三隊ほど連絡のためラクダ騎兵を送っておるが……恐らく途中でアスランめの軍勢に捕らわれたのだろう、消息が途絶えているのだ」


 ファリドはうなずく。南方軍団と東方軍団の間には、細長い海湾が横たわっている。細長いといっても、こちらの支配地域から対岸に渡ろうとすれば、百キロメートルではきかない。とても小舟でこっそり渡れるものではないのだ。


 ラクダでたどれる狭い地峡を行くにしろ、海湾がその幅を十キロほどに縮めたところを舟で越えるにしろ、いずれも中央軍団の支配地域を通らねばならないのだ。簡単に抜けられるものではない。


「これは我ながら抜かったものだ。地方軍団が連合して帝都を攻めるなどというケースを想定していなかったゆえ、こんな場合の連携手段がないとはな」


「こんな時こそ、私たちを使ってくださればよいのでは。フェレなら、十人やそこら静かに海を渡らせることくらい、何ともありません」


「いや、しかし……」


 皇帝は彼らしくもなく、口ごもってしまう。そう、彼とてフェレの「砂の膜」を使った飛行魔術を頭に浮かべなかったわけはない。しかし、つい考えてしまうのだ。自由自在に空を行くことができるフェレたちを東方へ放てば、彼らが焦がれるイスファハンへそのまま去って、帰ってこないのではないかと。そんな思いを察したのか、ファリドが少し微笑んで、一拍置いて口を開く。


「そんなことをするのなら、ムザッハルが害され、帝都が混乱していたあの時に、やっていますよ。もうすでに我々は決めたのです。陛下……いや、ハディード殿下に与し、彼に勝利をもたらすと。そして我が家族リリの幸せな姿を見るまでは、この国にとどまらればなりますまい」


「……すまぬ。そなたらを疑う理由などなかったのにな。よし、東方軍団の件はそなたらに任せよう」


「ありがたき御諚。ついては、東方軍団を統べるべきお方をお貸しいただきたく。我らは外国人、しかもかつて彼らの戦友をあまた害した者です、容易に彼らは従いますまい」


「もっともなことだが……サフラー兄でも連れて行こうというのか? あれはあれで地方勢力の糾合には欠かせない人材なのだが」


「ええ、もちろん陛下とサフラー殿下は南方から外せません、ですから」


 そこまで聞いたアレニウスは、何かに気づいたようにポンと手を打った。


「なるほど、儂としたことが。確かに、うってつけの者がおるな」


「はい。東方軍団は……ハディード殿下に率いていただきましょう」


 厳格そのもの口許が、にっと緩んだ。連れてファリドも、その頰に柔らかい微笑を刷いた。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


「まったく、この時期は毎日のようにこの砂嵐だ、たまらんな」


「まあ、こっちも動けんが、怪しい奴らもこんな視界も利かない中で砂漠を越えることはできん。俺たちにとっては、見張りの手間が省けてありがたいのではないか?」


「それもそうだ。昼間から酒を食らっても、誰も文句を言わないのは、ありがたいな」


 兵士たちがオアシスの駐屯所で、やる気のなさそうな会話を交わす。彼らは中央軍団……アスラン勢に属している。東方に向かう者をすべて捕捉せよという命令が帝都から下っており、その言葉どおりに一週間前、湾に向かって抜けようとした小部隊を発見し、拘束している。こんな地方拠点では珍しく感状などもらえたのは悪くなかったが……捕らえたのは同じテーベ兵。若干の後味悪さを感じている彼らである。


「ま、嵐が収まるまで寝るさ。何しろ、窓も開けられないんだからな」


「もっともだな!」


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


 ちょうどその頃、三騎のラクダが、兵たちとわずか数百メートルしか離れていないところを、悠々と歩いていた。その背には、六人の男女。


「これは快適だな……」


 しきりに感心しているのはハディード。さもあろう、砂漠いっぱいに暴風が荒れ狂い砂塵を巻き上げているというのに、彼らのまわりだけは風ひとつない。まるで女神が彼らを守護する大気の繭を授けてくれたかのようだ。


「フェレ様にとってはこの程度、児戯に等しいですわ。あ、ち、ちょっとくっつき過ぎです!」


 我がことのように誇らしげに応じるのはもちろんリリ。最後の慌てたような反応は、背後にもちろんハディードがいて、すっぽりと抱え込まれているからだ。


「こ、これは失礼。でもこれは止むを得ない仕儀にて、決して下劣な欲望でこうしているわけでは!」


「ないと、言い切れるのですか?」


「まあ、これはこれで実に良いもので……いえ、これはリリ殿だから、こうなっているのであって、女性なら誰でもというわけでは!」


「はぁ……わかりました、許して差し上げますわ」


 二人のやり取りもぎこちなさが取れ、軽口が目立つようになっている。リリ自身はまだ一線を引いているつもりのようだが、周囲から見ればバカップルにしか見えない。


「さて、そろそろアレを仕掛ける頃か……オーランと協力して……」


 バカップルたちに聞こえないようにつぶやいたファリドに、振り向いたフェレが珍しく、少しだけあきれたような顔をした。


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