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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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懐かれるフェレ

「結局、アレは何だったのだ?」


 拠点の支配を完全に取り戻した一行は、本陣の広間でくつろいでいる。もっとも皇兄サフラーだけは、将校が多数欠けてしまった一万余の兵士たちを再編する仕事に忙しく、ここにはいない。


 その代わりと言ってはなんだが、皇帝アレニウスの隣には、二十歳前に見える美しい姫君が、きゅっと背筋を伸ばして座っている……さっきまで縛られ、剣を突きつけられていたというのに元気そのもので、その眼は好奇心に輝いている。


「ええ、あれも、フェレの魔術です。皇帝陛下は、一度体験されているはずですが?」


「そうか、アレか!」


「あれって、何ですの?」


 思わず手を打つ父帝の姿を、不思議そうに見やるナーディア姫である。彫り深めのはっきりした顔立ちだが、小首をかしげる姿が少し幼く見えて、可愛らしい。


「唐辛子、だな?」


「ええ、そうです。ただ今回はかなり細かく挽いた唐辛子粉を用意していました。これをあの男の顔まわりだけに限定して、フェレの魔法で雲のように浮かせたのですよ。それも、かなり濃く、ね」


 そう、これは初見殺し技である「赤い蛇」のミニチュア版である。


 これまでのように眼つぶしに特化し、多数の敵を混乱させるために使うのではない。狙った個人を、殺さず戦闘不能に陥らせるために、使ったのだ。もちろん眼に入った唐辛子は一時的に視力を奪い精神を混乱させるが、それ以上に気管支を通って肺にまで入り込んだ大量の、しかも細かな唐辛子は、相手に激しい痛みを与え呼吸困難にし、しまいには失神に至らしめるのだ。


「攻撃された相手が生命の危険を感じないうちに、術が浸透していくことがこの場合便利なのです。あからさまな攻撃技を仕掛けたら、逆上した敵が姫の身に危害を加える可能性がありましたので」


「そ、そうだな……まさにす、すばらしい。ナーディアを救ってくれたこと、感謝する」


 愛娘が殺されかけた先程の悪夢を思い起こし、表情を寒いものに改める皇帝である。


「私、ナーディアも、深くお礼申し上げますわ。このご恩は、いずれ必ずお返しする所存です!」


 両手を交差させて胸にあてる、テーベ風の最上級礼を施す若い姫君。


 ふっくらとした女性が良しとされるテーベ社会の王族としてはスリムな身体だが、必要なところにはきちんと脂肪がついている、ファリドの眼から見れば理想的な体型だ。身体の線を強調する傾向があるテーベの女性衣服とあいまって、ついついガン見してしまうのが男の本能というものであるが……隣に座るフェレから漂ってくる雰囲気が、にわかに冷たいものに変わるのを感じて、おもわず視線をそらす。


「イスファハンには、あんな素晴らしい魔術がありますのね。長年修業を積まれた行者のような男性が操っておられるのかと思ったら、このように若くて、神秘的で美しい女性だなんて、素敵です!」


「……」


 立て板に水のような勢いで絶賛する姫君。一方それに気の利いた返しなどできるはずもなく、ただ頬を桜色に染めてうつむくだけのフェレ。だがこの姫は、かえってそんな素朴なところに好意を深めたらしい。


「フェレ様……とおっしゃいましたわよね。私の生命を救ってくださったフェレ様は、もう私の家族のようなもの。『お姉様』とお呼びしてもよろしくて? 私、ずっとお姉様が欲しくて……フェレ様のような素敵な女性に、お姉様になっていただきたいの」


「……恐れ多くて」


 死ぬか生きるかのスペクタクルを潜り抜けた興奮がまだまだ続いているのであろうか、やたらグイグイ迫ってくる姫。やっとの思いで一言返したフェレであるが、これで終わりになるわけもない。


「む、それも良きことかも知れぬな。ナーディアは一人娘だからな、若く対等な立場で付き合える女性もおらず寂しかったであろう、ぜひフェレ殿と姉妹の付き合いをさせてもらいなさい」


 追い打ちをかけてきたのは、なんと皇帝であった。


「……皇女様と対等とか、ありえないし……」


「いやいや、フェレ殿はイスファハンでアナーヒター神、テーベでイシス神、そして砂漠ではサティス神の化身と謳われた身ではないか。いち皇女などよりむしろ上ではないかな?」


 もの慣れぬフェレが、真っ黒な人生経験を山ほど積んできた皇帝に、口でかなうわけはない。あっと言う間に言い負かされて、なにかもごもご口ごもるだけになる。


―――まあ、いいか。当面は、無害だろう。


 もちろんファリドは、皇帝の言葉に含まれている裏の意味を理解している。愛娘に親友を作ってやりたい気持ちに嘘はないであろうが、皇帝の狙いはフェレを「皇女の『お姉様』」としてテーベ皇室に取り込むことで、少しでも彼らを引き止められるのではないかというところにある。


 それも承知のうえで、彼はしばらく見守ることにした。それはフェレが、年下の皇女が、向けてくる好意を、決して嫌がってはいないことに、気づいていたからだ。言葉は返せなくても、その桜色に染まった頬は、優しげに緩んでいる。もともと、姉ポジにしろ母ポジにしろ、年下女性を守るというポジションが、大好きな彼女なのだ。


 結局のところ、フェレは皇女の差し出す手を、取ってしまったのだった。


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