表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
254/292

南方軍団

「いったいこれは……どういう状況なのだ?」


「すぐにはわかりかねますが……どうやら南方軍団が、二つに割れている模様ですね」


 オアシスから四日の旅を経て、ファリドたち一行は今、大河の西岸にそびえるちょっとした岩山から、テーベ軍の拠点を見下ろしている。いぶかるような皇帝の言葉に応えつつ、ファリドも眼下の状況に少なからぬ戸惑いを覚えていた。


 テーベの豊かな農産を支える大河が、このあたりでは長年の浸蝕で大地を削り、数十メートルの深い谷を形成している。そしてその流れは少し南で二つに分かれ、なぜかすぐにまた合流する。こんなおかしな流れになったのは、微妙な岩の硬さが影響しているのだろうか、その原因ははっきりしないが……結果として両側を深い渓谷に囲まれた、細長いレモンのような形をした台地が、二本の渓谷に囲まれてそそり立っているのだ。


 南方軍団の拠点は、この台地上に造られている。深い谷が天然の要害となっているから防壁などは矢を遮る程度の最低限でよく、いざというときは対岸に架けた跳ね橋を上げてしまえば兵士が渡ってくることはできず……攻撃は弓矢や投石機くらいしか届かない。まさに鉄壁の防御であり、攻撃に転じる時には跳ね橋を下ろすだけ……国境を守る拠点としては、およそ最高の立地である。


 その渓谷を挟んで、二つの勢力がにらみ合っているのだ。双方ともテーベ正規軍の装備をまとい、同じ軍旗を掲げているが、渓谷に架かる跳ね橋は巻き上げられ、東岸に位置する勢力が拠点に入るのを拒んでいる。


「叔父上の切り崩し工作が、ある程度成功したようですね。もともと南方軍団は叔父上の子飼い、直接説けば実戦の将校たちは寝返ってくれるでしょう。ただし軍団のトップはアスラン兄によってすげ替えられ、幹部は実戦派ではなく憲兵出身の者たちで固められているはずです。彼らは組織の締め付けに関してはプロフェッショナルです。拠点の中に関しては密告を奨励し、叔父上に近い者たちは拘禁して、寝返りを防いでいるのでしょう」


 首を傾げる皇帝に向けて、「軍師」ではなく意外な方向から明快な答えが返される。迷いもなくすらすらと己の推論を述べるハディードの姿に、ここ数日若い娘を犬のようにワンワン追いかけていた残滓はまったく感じられない。その言葉は理路整然として、瞳は自信に満ちていて……まさに英邁な皇族そのものだ。皇帝アレニウスは大きくうなずいたが、その表情には驚きの色がある。


「うむ、おそらくお前の言う通りだろう。しかし……お前は軍事になどまったく興味がないのかと思っていたが、きちんと情勢を把握していたのだな」


「ええ、陛下。軍事立国であるテーベの政に関わる者として、その方面に目をつむるわけにはいきませんでしょう。ムザッハル兄の補佐に徹するにしても、前線の状況を知らずして支援はできませんから。アスラン兄やその周辺に野心を疑われないよう、あえて目立たないように振る舞っていただけです。まあ、今回のこれは軍事というより、人事に属する事項ですからね」


「なるほど。お前のことといいムザッハルのことといい……儂の人を見る眼はかなり曇っていたようだな。まあ、お陰で引退後の余計な心配はせずに済みそうだが……そうなると、拠点を押さえているのがアスラン側で、外から窺っているのがサフラー兄に従う勢力ということか?」


「そうです。拠点の勢力は内部を徹底的に統制して寝返りを防ぎ、時間を稼いで皇都から援軍が来るのを待つという作戦でしょう」


 ハディードの推察に納得しつつも、皇帝は小さく鼻を鳴らす。


「ふん、テーベ軍人にあるまじき消極的な振る舞いだな」


 好戦的遺伝子を受け継ぐこの専制君主にとっては、敵を前にして一線すらせず、ひたすら要害の内にこもって助けを待つなど、唾棄すべき臆病戦術である。


「ですが陛下、この場合奴らの戦術は有効と言わざるを得ません。皇都から援軍が来れば叔父上は挟撃されることになりますし……そもそも拠点外では補給も思うに任せません、兵が飢えれば、いくら忠誠の確かな軍といえど、戦線は維持できません」


「確かにそうだ。それで、お前はこの事態を見て、どう行動するつもりなのだ?」


 それは、皇帝が後継者に対して課した、重大な口頭試問であったのだろう。


「はい、陛下。まずは一刻も早く、叔父上の勢力と合流しましょう。そしてその先の戦術は私などの知恵が及ぶところではなく……ここにいる専門家に、お任せすべきでしょう」


 だが彼の息子は、実にさらりと父の試練から身をかわした。かわされた父も、満足げな表情を見せている。そう、何でも自分でやろうとすることは、支配者の振る舞いではない。その仕事が得意な者を見極め、気持ちよく働かせることが、王者の器量なのだから。


 そして彼に生贄として差し出されたファリドは、迷惑そうな表情を浮かべつつ、心の中でつぶやいていた。


―――まあ、この拠点くらいなら、なんとかなるんじゃないかな。


「ハディードの言うとおりですね。まずはサフラー皇兄殿下の軍とコンタクトしましょう。フェレ、準備はいいか?」


「……いつでも、行ける」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ