手段は択ばず?
「……ねえ、どうだった?」
「う〜ん、あれは苦労しそうだね」
いつもの仏頂面を崩し、顔一面に「好奇心」と書いてあるような表情でプロポーズの成否を尋ねるフェレに、ませた口調で答えるのは、マルヤムである。そう、フェレはよりによって我が子に命じ、ハディードが一世一代の勇気を振り絞って挑んだあれこれを、覗き見させていたのである。
もちろんリリは闇の仕事をなりわいとする「ゴルガーンの一族」の精鋭。並の人間がその辺に隠れていたとて、瞬時に見つけ出せる鋭敏な感応力を持っている。だがリリにも、その兄であるオーランにも、その存在を悟らせず近付ける者が身近にいる……魔族たるアフシンだ。そしてマルヤムは、その孫娘なのである。
マルヤムは、母たるフェレに導かれ、魔術を使う者の身体に触れて魔力の流れを読み取ることで、その術を再現することを覚えた。それを知ったアフシンが、自身が最も得意とする隠形の魔術を孫に授けようとするのは、実に当たり前のこと。もっともその術が身を守る目的ではなく、色事の覗き見に使われるとは、教えたおじいちゃんとしては予想外であったろう。とにかくマルヤムは祖父の隠形術を完璧に再現し、リリにもその存在を認識させることなく、先ほどの……いかにも青くさい不器用なプロポーズ劇を、つぶさに観察してきたというわけなのだ。
「……ねえ、リド。何とかしてあげたい、どうすればいいと思う?」
「そう言われても、こればかりはな……」
どうにかしてリリをあの純情皇子とくっつけたいと熱望するフェレなのだが、深く考えることは苦手で……もちろんその手段は、愛する知恵袋に丸投げである。しかしこの場合その智謀をして「軍師」と讃えられるファリドとて、チェリー皇子に比べれば多少の経験値を積んでいるとは言え、素人女性の扱いに長けているわけではないのだ。恋の戦場に勝利をもたらす妙策など、そう簡単に浮かぶわけもない。
「オーランはどう思うの?」
さっきから一言も発せず佇んでいる男に水を向けたのは、おませなマルヤムである。もちろんオーランは、リリを手放したくない派の筆頭だ。フェレもファリドも彼のそんな気持ちに配慮して、あえて彼の意見を叩くことをしていなかったのだが……子供特有の無邪気さは、そんな壁など一瞬でぶち破ってしまうのだ。
「ふうむ、リリをあいつとくっつけて、この国に残らせる方法ということですね。やや卑怯な手にはなるのですが……なくもないですよ」
驚くことに、打てば響くように前向きな台詞が返ってくる。
「オーラン、しかし……いいのか?」
「もちろん良くはありませんよ。だが、女はいずれ誰かに嫁ぐもの。できれば戦いと縁のない、平和で無害な男と結ばれて欲しいと思っていましたが……あれだけ本気を見せつけられては」
いつも感情を外に出さないオーランが、少し照れたような風情で訥々と吐く言葉は、いかにも部族の男らしい、ぶっきらぼうなものだ。だがそこには妹の心をひたすら尊重し、その幸せを希求する普通の兄の姿が、確かにあった。
「まああれほど一途な男ならば、リリを不幸にすることはないと信じましょう。兄としては渋々ながら認めてやってもいいのですが……妹もかなりの頑固者です。フェレ様と遠く離れて男の許にとどまることなど、肯んじないでしょうな」
「……でも、策はあるのね?」
「ええ。リリには恨まれてしまいそうですが……ここから先はちょっと、お嬢には遠慮してもらいましょう、大人にしかわからない相談をしないといけませんから」
「ひどいオーラン、子ども扱いして……」
口をとんがらせつつも素直に部屋を出ていくマルヤムは、かなりいい子である。その足音が遠ざかるのを確かめて、大人三人が頭を寄せ合ってひそひそと相談を始める。
「おいおい、オーラン。いくらなんでも、そこまでやるのは悪辣すぎるんじゃないか……」
「手段を選んでいたら、リリは決してあの男と歩く人生を選ぶことはありませんよ」
「それはそうかも知れないが……」
「目的が正しければ、達成するための手段は選ばない、それが我が一族の教えです」
「むむむ……」
いつもは、主が立てる策に一つの疑問も挟まずうなずくオーランが、珍しくファリドをやりこめている。その様子を少し興味深げに眺めていたフェレが、そのラピスラズリの眼を一回大きく見開いて、やおら口を開いた。
「……オーランの策を採ろう。そうでもしないと、リリは私たちから決して離れないから」
決然としたその様子に、ファリドも反論する余地を失って……あきらめたようなため息を一つついて、静かにうなずく。
「わかった、俺も賛成する。いろいろ準備が必要だな」
「そうですね。リリを煽るのは私とフェレ様で何とかするとして……あの女慣れしていない皇子をうまく導くのは、主の役目になりますな。よろしくお願いしますよ」
「あ……ああ」
今日ばかりは、名高い「軍師」も、形無しであった。




