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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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本当の想い

 それからの回復は、周囲が驚くほど早かった。鍛え抜いた若いリリの身体は、胸の傷さえ癒えてしまえば、日に日に力を取り戻してゆく。


 今日も朝から干し肉とラクダ乳をたっぷり摂っていたかと思えば、今は何やらスクワットのような筋トレに勤しんでいて……すっかり元気になったかに見える彼女の姿に、フェレが優しげに目尻を下げて、言葉をかける。


「……無理はよくない。リリはまだケガ人」


「自分でも、信じられないのですが……身体のどこにも違和感が感じられないのです。数日前までは、息をすることさえも苦しかったというのに……マルヤム様の神の如きお力には、驚くしかありません」


「……そうだね。私もびっくりした」


 無理もないことだ。どこから見ても子供にしか見えないマルヤムが、並の魔術師が習得するに少なくとも数年はかかるという治癒の業を、術者の老婆に触れただけで会得し、その場でリリの傷を直してしまったのだから。死んでもおかしくない深傷を、痕すら残さずに。「神の如き」と彼女が讃えるのは当然だが……その子はもちろん神などではなく、魔族である。


「……私は魔術を覚えるのがとても苦手だったけど、あの子は魔力の流れを読んで、それを再現できる。多分、天才……私より、ずっとずっとすごい魔術師になる」


 マルヤムの才能を絶賛するフェレから、親バカオーラがどばどばと出まくって止まらないように見えるのは、気のせいではないだろう。


「このご恩は必ずお返しせねば……生涯をかけてフェレ様とマルヤム様にお仕えいたします」


「……リリは、それでいいの?」


 フェレの言葉に、リリが意外そうな表情で振り向く。だが、ラピスラズリの眼が真剣な光をたたえていることに気付いて、その背筋がびくっと緊張する。


「も、もちろんですわ。フェレ様は我ら兄妹が人生を捧げると誓ったご主人。そしてマルヤム様はその大切なお嬢様……そして私にとって、いまや生命の恩人となられたお方。お二人に尽くすことが、私の願いであり、運命でもあるのです」


「……ハディードのことはどうするの?」


「な、なぜここに、あの方が出てくるのです……で、殿下はこれからテーベの主になられるお方です。フェレ様とともにイスファハンに帰る、私の人生とま、交わることはございません」


 いつも冷静なリリにしては珍しく、その返答は嚙み気味だ。


「……あの子の気持ち、リリにも聞こえていたよね。ハディードは真剣に、リリと手を取り合って人生を歩みたいと願ってる」


 そう、傷の痛みと熱にうなされるリリのそばで……ハディードがフェレに向かって、チェリーボーイらしい熱い想いを吐露したのは、それほど昔のことではない。もちろん、彼にとって黒歴史になりかねないクサい告白も、聞こえていたはずだ。


「あ、あれは……私が殿下をかばって傷ついたことに動揺されて、責任を感じておっしゃったことで……一時の気の迷いに違いありませんっ!」


「……本当に、そう思うの?」


「…………」


 敬愛する主人から眼をそらし、下を向いてしまうリリ。見ればその白い首筋が、桜色に染まっている。言葉は返ってこなくとも、その想うところは明らかで……フェレは、小さくため息をついた。


「……ねえ、リリ。私は、リリが大好き。妹みたいに可愛いのに、お姉さんみたいに世話を焼いてくれて、話を聞いてくれて、優しく包みこんでくれて……そして、危ない時には助けてくれる。とっても大切な、家族」


「ありがとうございます、ですから、これこらもずっとご一緒に……」


「……大切な家族だから、必ず幸せになってほしい。好きな人と一緒に暮らして、その人の子供を育てる喜びを、リリにも味わってほしい」


「わ、私は、ハディード殿下のことを、男性として意識することなど決して……」


「……嘘は、だめ」


 短い言葉に、やたらと強い圧が乗っている。二十を数えるほどの間、沈黙を守っていたリリが、熱い息を大きく一つ吐いて、ようやく言葉を絞り出す。


「申し訳、ありません。わ、私は……ハディード様を、お……お慕いして、おります……」


 桜色だった頬が、ぽうっと真紅に染まる。その様子を確かめたフェレが、ふわりと微笑む。優しい姉のように……というより、まるで慈母のように。


「……じゃあ、するべきことは決まってる。私たちはリドの言うことを聞いて、この国をハディードの手に取り戻すの。そして、リリはその隣に立つ、いい?」


「わ、私のような卑賤の者が、殿下と共に歩くことが、できるのでしょうか?」


「……身分なんか関係ない。お互いが大切に思えるかどうか、それだけ」


「そんな、簡単なことでは……」


「……簡単。リリはハディードが好き、ハディードはもっと……ちょっと気持ち悪いくらい、リリが好き。それだけだよ」


 返事は、なかった。だが、リリの眼からとめどなくあふれる透明なしずくが、何よりも雄弁にその心を物語っていた。フェレは、リリの小さな頭蓋を右手で引き寄せて、己の薄い胸にぎゅうっと抱き込んだ。



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