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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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魔術コピー?

 オアシスは、時ならぬ祝祭に浮かれ騒いでいる。さもあろう、オアシスの放棄まで考えねばならなかった水資源問題が、一気に片付いたのだから。


 岩盤がフタをしていたため地表に湧き出ることができなかったが、この地域の地下水位は、かなり高かったらしい。井戸から絶え間なくあふれ出る清冽な水はその勢いを緩めることなく、街はずれの高台から小川となって流れ下り、荒れ果てていた窪地を、大きな池に変えた。すでにオアシスの民たちは、小川の水を家々に、さらに畑地に配るための用水図面をさっさと引いて、明日から作業に入る構えだ。


 そして、深刻な悩みを解消して見せた若い女が、彼らが崇めるサティス神の化身であるらしいという勝手な創作が、民たちの気分を数段上げている。ファリドたちはあずかり知らないことだが、不思議な光沢を放つ黒髪と深い蒼の瞳というフェレの容貌が、砂漠の民に伝わるサティス神の姿にたまたま似ていたことで、民たちの「女神降臨!」という突飛な妄想が、確信に変わってしまったのである。


 そんなわけで、その「女神」は熱狂するオアシスの民に囲まれ、どんちゃん騒ぎの中心にちょこんと座って、遠慮なく飲み食いに勤しんでいる。フェレはそのスレンダーな身体から想像できないほどの健啖家であり、かつ「うわばみ」と呼ばれるくらい酒に強い。


 会話が苦手な彼女は一言も発していないのだが、その分オアシスの料理を幸せそうにぱくつき、強烈な蒸留酒の盃を民たちに注がれるままに飲み干す。その姿を見て「女神様が喜んでおられる!」と盛り上がる民の表情も、幸せに満ちている。


 だが、フェレの隣には皇帝アレニウスが座っている。本来彼女の隣にいるべき男は、祝祭の賑わいから離れた家で、一人の老婆を迎えていた。


「砂漠の民に治癒魔術を使える者がいるとは、助かる。リリを頼みたい」


「まあ、気休め程度じゃよ。この婆の魔力では、ちょっとした切り傷程度しか癒せぬからのう」


 魔術というよりも、巫術や呪術とでもいうべきものかも知れない。「女神の化身」フェレへの帰依を明らかにした族長ジャミルは、ちょっとした戦の負傷程度なら治せる老婆が一族にいるという秘密をファリドたちに明かし、フェレの懇願に応じてその力を振るうことを約束してくれたのである。


「ほう……傷がまったく腐っておらぬし、少しずつふさがっておる。生命の危険は、もはやあるまいのう。この婆が力を注げば、多少は治りが早くなるであろうが……なにしろ重い負傷じゃ、完治させるには日を要するであろうの」


「それでも、ありがたい。ぜひお願いする」


「ふむ。では早速、始めるとしようかの」


 老婆は、質素な寝台に仰臥したリリの肌着を脱がし、その胸をあらわにする。控えめな白い双丘を目にしたハディードは頬を真っ赤に染め、ファリドは眉も動かさない。この辺は、経験値の差といえよう。老婆がその痩せた手を右胸の貫通創に当て、ファリドたちには理解できない言語で、何かつぶやきながら力を込めていく。


「う……」


 リリのうめきにハディードが思わず立ち上がろうとするのを、どうしても立ち会いたいと希望してここにいるマルヤムが抑える。そしてこの少女は老婆にゆっくりと近づき、小さな声でささやいた。


「おばあ様、触れても良いですか?」


 老婆がうなずくと、マルヤムは施術を行っている骨ばった腕に、静かに手を触れて目を閉じ、何かを探っているような表情になる。術はそれから五分ばかりも続いただろうか、老婆が大きく息を吐いて、そのこめかみに冷たい汗が流れる。


「婆の魔力では、ここが限界じゃ。少しは役に立ったと思うが、まだ治るには程遠いの」


 その言葉に、ハディードの顔が曇る。もちろん彼とてすぐに画期的な効果が出るわけがないと理屈では納得しているのだが……恋する女のことが絡むと理性より感性が優先されてしまうのが、未経験の男というものである。


「わかった気がする、私がやってみる」


 考え込んでいたマルヤムが顔をあげ、唐突に宣言する。そして彼女は大きく深呼吸するなり、その小さな手をリリの胸にあてた。


「おばあ様の魔力は、こういう風に流れていたと思うの」


 そう言うなり、マルヤムは眉をきゅっと上げ、真剣な表情でなにやら魔力をコントロールしているらしい。ハディードやファリドはその様子をポカンとして見ていることしかできないが、巫術師の老婆は驚いたように目を見張った。


「ま、まさに、この婆の術を再現して居るわ……このお嬢は天才じゃ」


「触れたら、魔力の流れ方が分かったから」


 ファリドは、はっとする。フェレがマンツーマンでマルヤムに魔術を教えていた時、フェレは優しくマルヤムを胸に抱いて、身体を触れ合った状態で自らの魔術を使って見せることで、魔力の流れを体感させていたのだ。そして、一日そうしただけで身体強化の魔術を覚えたマルヤムも、おそらく魔力感知の天才であったのだろう。加えて彼女は、百を超える鉄球を宙に舞わせ意のままに飛ばす、師たるフェレには及ばぬまでも抜群の魔力制御能力がある。


 そんな彼女が、治癒術を使う老婆に触れれば、その魔力の質やパターンを読み取り、再現することは、決して不可能ではない。そして何より、彼女は半魔族……この老婆とは、保有魔力が比較にならないほど多い。


「つまりそれは……リリさんを治せるということですか?」


「ああ、多分な。うちの子はとても優秀で、いい子だからな」


 いきなり親バカに変身する、軍師である。



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