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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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またも女神様

「すごいね、この水、どこまであふれるんだろう?」


 マルヤムが黄金の瞳を輝かせて、流れの行方を目で追う。


「砂漠の表面はカラカラに乾燥しているけど、まわりの山に降った雨雪がしみ通って、地下には豊かな水脈があると言われている。だけどあの岩盤がふたをして、出てこられなかったんだ。フェレ母さんの魔法で岩盤にひびを入れたから、地下水があふれてきたんだろうね。たぶん、千人やそこらじゃ使い切れないほどの水が出てくると思うよ」


「ふうん……やっぱりファリド父さんは物知りさんだね」


「父さんは、たくさん本を読んだだけだよ。本当にすごいのは、フェレ母さんだ」


「うん、母さん、すごい!」


「……私は、リドの言う通りにしただけ」


 娘の無邪気な賛辞に、白い頬を桜色に染めるフェレ。ファリドがその肩に手を回せば、マルヤムが華奢な腰にがばりと両腕で抱きつく。少しばかり若すぎる両親だが、その姿はまさに本当の親子のようである。子供の頭に、角があるのを除けばなのだが。


「実に絵になる親子だな」


「ええ、そして私は今日、『女神』の奇蹟をまたひとつ、この目で見ることができました……」


「うむ、まさにあの美しい娘は『女神』。崇め奉れば慈愛の光で包んでくれようが……敵に回せば苛烈な神罰が下ろう。彼らに対して、お前とムザッハルが紳士の振る舞いをしていたことを、感謝するしかないな」


 すでに「女神の奇蹟」を知っている皇帝父子は落ち着いたものだが……砂漠の民たちは命の水を得た喜びと、彼らの理解の外にある豪快な業を目にした驚きに、ざわめいている。


「この豊かな水量……これで麦畑を復活させられるかも……」

「子供に濁った水を飲ませずに済むぞ……」

「毎日洗濯ができそうだよ!」


「あれは、あの若者の力なのか?」

「いや、手順を考えたのは男だが、すげえ力を持っているのは、女の方らしい」

「素晴らしい、いやむしろ恐るべき力……まるで洪水と戦いの女神、サティスのような」

「あの静かなたたずまい、そして宝石のような目の輝き……まさに女神サティス」


「サティス様!」「おお、水の女神が降臨された!」「ああ、なんと尊い……」


 フェレが目を丸くしている間に、砂漠の民たちは勝手に突っ走る。


「こうしてはいられねえ、今日は祭りだ!」

「そうだね、神様がこんな辺境にお越しになったんだ、精一杯おもてなししないとね!」


 民たちは、口々に喜びの声を上げつつ、時ならぬ祝祭を準備するためなのか、一斉に散っていく。ファリド一行は、その暴走を呆然と見守るだけ。


「それにしても、イスファハンではアナーヒター神、テーべではイシス神、そしてここではサティス神か……あの娘はどこへ行っても、無自覚に女神の奇蹟を振りまいて行くのだろうな」


「そうですね、父上。ですがそれは、優秀な神官が導いてこその奇蹟でしょう」


 その女神と神官のもとへ、まだ驚愕から戻り切っていない族長ジャミルが、ふらふらと歩み寄る。


「フェレ様……と仰られたか。それとも、女神様とお呼びすべきか……」


「……フェレにして」


「枯れかけたこのオアシスに、もう一度未来を授けてくれたこと、感謝の言葉も見つかりめせん。めがみ……いや、フェレ様がおいでにならなければ、我々の多くは流浪の民にならざるを得ないところでありましたが……」


「……うん。みんなが喜んでくれたのは、嬉しい」


「この上は……我が一族、ことごとくめが……いや、フェレ殿に従いますぞ。われらとその子孫すべて、サティスの化身であるフェレ様の命ならば、いかなることでも成し遂げます」


 ジャミルの目が感動に潤み、その瞳には憧憬と信仰の光が宿っている。左右の住民も同じような表情になっていることを認めて、ファリドはため息をつく。若干やりすぎたような気もしないでもない彼だが、砂漠の民の支持を短期に勝ち取るためには、これより良い方法はなかっただろう。そしてその「女神」が口を開く。


「……私に従うというなら、ハディードと仲良くして。それが私の望み」


 相変わらずのもっさりスローな口調だが、信じる者の目にはそれが思慮深いがゆえのものに聞こえるらしい。族長ジャミルの表情に、尊い存在からの言葉を直接受けるよろこびが満ちてゆく。


「はっ、は……承知いたしました。私とその一族はフェレ様の意に従い、帝国、いやハディード殿下の傘下に降りましょう。そしてマーリ国との間を交易でつなぎ、殿下に富をもたらすことをお約束いたしますぞ……女神サティスの名に懸けて」


 そこまで一気に宣言すると、ジャミルがハディードに向き直る。


「聞いての通りだ。我々は貴殿に従おう。将来はテーベの一部として働くが……まずは貴殿らをテーベの権力中枢に戻すために、力を尽くすとしよう」


「ありがとう。この助力、決して忘れません」

「儂もテーベ皇帝として、感謝申し上げよう」


「ふむ……貴殿らに『感謝』を示す気持ちがあるならば、ここにおわす女神さまに。女神さまとその神官が望むことを、ぜひかなえて差し上げてほしい」


 族長ジャミルの言葉に、皇帝父子は納得したような視線を交わした。フェレとファリドが願うこと……それは、平和裏にイスファハンへ帰国することだ。


「わかりました、必ずその望み、実現して差し上げましょう」


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― 新着の感想 ―
初登場の頃はもっさり口調の上にアタマ悪そうだったような気もするから これでもフェレも賢くなったのかもしれない
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