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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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オアシスの危機

「オアシスを放棄とは……いったい、何が起こったのですか?」


 意外な族長の言葉にまだ混乱しているハディードである。さもあろう、オアシスは砂漠の民にとって彼らを産み育ててくれた父であり母であり、何物にも代えがたい宝である。余程の事情がなければ、それを捨てることなど考えられない。


「まあ一言でいえば、ここがオアシスと呼ばれる意味……つまり水が枯れかけているのだ」


「何ですって!」


 こればかりは、情報収集力と博覧強記を武器とするハディードも知らなかったことだ。驚きに、声がワントーン高くなる。


「まあ、外に対しては『最近、井戸の調子が悪い』程度でごまかしているからな、テーベにまでこの窮状が伝わっていなかったのだろう。だが実際のところは、この街に二十四ケ所ある井戸のうちすでに十三が枯れ、残りも水位が下がり続けていてもはや時間の問題だ。畑を縮小して水の使用量を抑えてきたが、これ以上減ると住民の生活に使う分までなくなるだろう」


「皆さんは、どうしようと?」


「水がなくては何もできんさ。もう一つのオアシスに本拠地を移すしかないが、そことてそれほど潤沢な水があるわけじゃない。かなりの住民が、砂漠を出るしかなくなるだろうな」


「そんな……」


 思わぬ事態に、ハディードの表情が曇る。


 ファリドは、このやりとりを黙って見守っていた。これはあくまで、テーベと砂漠の民の間で話し合われるべき問題。下手に第三者が口を出すと、将来に禍根を残す羽目になるというのが、彼の認識である。


 だが、そのファリドの袖を、控えめに引いてアピールする者がいる。もちろんそんなことをするのは、愛娘のマルヤムである。


「父さん、助けてあげられない?」


 少女にしては少し低いトーンで上目遣いのお願いなどされると、ファリドは弱い。しかもマルヤムの後ろから、ラピスラズリの視線が何かを訴えるように、彼に突き刺さるのだ。


「……リド」


 ため息をつきつつ視線を回せば、ハディードが期待の色を浮かべた目で、ファリドを見ている。皇帝アレニウスまで、興味深げな表情で、成り行きを眺めている。親指と人差し指で眉間を数回もんだ後、彼は大きく一回ため息をついた。


「力になれるかどうかはわからないが、その枯れた井戸をいっぺん見せていただきましょう」


 マルヤムがぐっと拳を握りしめ、フェレと視線を交わし合う。頼られているのは嬉しいが、次から次へと降ってくる面倒に、もう一度大きくため息をつくファリドであった。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


 作物がもはや枯れ草に成り果てた畑地の真ん中に、ぽっかりと大きな縦穴が開いている。真っ先に枯れた、農業用の井戸だという。


 街中の井戸ではなく、こんな街外れの小高い丘にあるそれに案内されたのは、ファリドの「人家からできるだけ離れた井戸」という要望に従ったものである。もっとも、彼が人家を避けた意図は、周囲を取り囲む人々の誰も、理解していない。


 ふと気がつけば、百人以上の住民が、彼らを遠巻きにしている。


「なんでもよお、帝国の技師が来ておらたちの井戸を直してくれるらしいぞ」

「いんや、技師じゃなくて王様がきたんだとさ」

「テーベの王様ってのは、井戸も直せるのかねえ」

「おらあ信じられねえな。あの国は戦に強いだけで、民のことなんか考えちゃいねえ」


 いつの間にかおおごとになっている。御利益には半信半疑でも、彼らにとって井戸の水は、まさに死活問題なのである。これでは「現場を見せてもらったが、こりゃあできません」とはいかないだろう。ファリドの背中に、冷たい汗が流れる。


「ずいぶん、深く掘ったようですね」


「ああ。大人の背丈二十人分くらい掘り下げたが、そこでめちゃくちゃに硬い岩盤にぶつかってな。俺たちの持っている掘削道具では、歯も立たねえ」


 族長が手のひらに載せて差し出す岩の欠片は、黒く光沢を放っている。その質感はガラスか水晶のようで……互いに打ち合わせれば高いトーンの音が鳴り、極めて硬い岩質であることを窺わせる。


「確かに人夫を下ろしてツルハシを振るうのでは、ぶち抜くのに何年かかるかわかりませんね」


「だからあきらめた。街中の井戸もみんなこの岩盤にぶつかって、それ以上深く掘れない。これを貫通できれば、豊かな水脈があると占い婆さんが断言してはいるのだが……」


 占い婆かよ、と思わず頰を緩めるファリドだが、その託宣は彼が読んだ古い地誌書に記された知識と、一致している。とにかくこの黒水晶のような一枚板を、掘り抜かねばならないのだ。


「どうだ、望みはありそうか?」


 族長ジャミルが、強い視線を向けてくる。彼とて帝国が井戸掘りに長けているなどと思っているわけではない。生まれ育ったオアシスを捨てねばならない住民たちの悲哀を思うがゆえ、一縷の望みを目の前の若者に託しているのだ。


「専門家ではないですから、やってみないとわかりません。だが試してみる可能性はあるでしゃう。族長殿、桶に水を満たして二十くらい、ここに運ばせてくれませんか。貴重な水を無駄遣いするようで申し訳ありませんが……」


 ジャミルは首を傾げつつ、ファリドの要望に応えた。もはや「毒を喰らわば皿まで」の心境である。


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