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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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蛮族の地?

「よし、出発だ。今日は南へ進むぞ」


 ファリドの掛け声に、一同がゆっくりと立ち上がる。すでに夕日が落ちて、空は薄明から一面の星空に変わり始めている。


 見晴らしの良い半砂漠地帯で昼間に飛行することは、テーベの追手に見つけてくれと主張しているに等しい。まず追手を振り切ることを第一義として行動するファリドたちは、昼間は起伏の多い地形を選んで岩陰で休み、夜間だけ「砂の膜」で低空を飛行して移動することを、この二日ほど繰り返している。


「……やっと、干し肉を食べてくれた」


「外傷も塞がったようだし……無理をさせなければなんとか大丈夫そうだな」


 フェレが少しだけ目尻を下げてつぶやくのは、もちろんリリの様子である。傷の痛みはあるようだが、闇仕事をこなすために鍛え抜いていた身体は、致命傷に近かった肺の損傷を、徐々に自らの生命力で癒しつつある。兄オーランが処方する一族秘伝の、ファリドから見れば怪しげな薬湯も、ひょっとして効いているのかもしれない。


 ハディードがゆっくりゆっくり、壊れ物でも扱うようにリリの身体を横抱きにして、「砂の膜」に乗せる。その役目を最初は頑として譲らなかったオーランも、今やこのデスクワーク系貧弱王子が必死の形相で妹を運ぶのを、あきらめたような横目で眺めている。


 ふわりと「砂の膜」が浮き、地面からファリドの背丈三人分程度の高さを、滑るように進んでいく。


「フェレ、もう少しだけ、左に進路を変えて」


「……ん、これで、いい?」


「よし、そのまま頼む」


 やたらと細かい方角を気にしながら進路を指示するファリドに、マルヤムが不思議そうな視線を向ける。


「父さんは、こんなに真っ暗でも、方角が細かくわかるんだね。どうやっているの?」


「星を見ているんだ。時とともに星は動くけれど、あの星だけは動かない……海を船でゆく人たちは、あの星がある方角を『北』として進めば、迷うことがないんだ」


「そうかあ、今の私たち、『砂の海』を旅してるんだね」


 マルヤムの少し詩的な表現に、ファリドが頰を緩める。ランドマークとなるものが少なく、大きな木も生えていない平坦な乾燥地帯は、確かに海のようだ。


 ぶるっと、マルヤムが肩を震わせる。半砂漠地帯は日中極めて暑いが、陽が沈むと急速に気温が下がる。我が子に外套を手渡しつつ、ふとリリの様子が気になる。この寒さは彼女の体調を損ねかねない、せめて上着でも貸すべきかと。


 だが、ファリドが心配する必要は、なかったようだ。横たわるリリに外套を掛け、「砂の膜」が進む方向に立って彼女に風が当たらぬよう甲斐甲斐しく守る若者の姿が、そこにあったのだから。もちろんそれは、初めての恋に身も心も熱くしている、皇子様である。


「うまくいくといいね」


 ちょっとおませな台詞を吐く愛娘の黒髪にくしゃりと手櫛を突っ込んで、そのままかき回すファリド。マルヤムが気持ちよさげに目を閉じる姿を、ラビスラズリの眼を細めて眺める魔女は、少しだけ女神っぽく見えた。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


「ここはどこだ? 岩山を探して隠れるのではなかったのか?」


 皇帝アレニウスが、不審げな顔で問う。一行が降り立ったところは、砂の海にポツンと孤島のようにたたずむ、オアシスだ。かなりの住民が暮らしているらしく、百以上の家屋が見える。ここ数日のルーティンは、陽が昇るまでに身を隠して休める場所を探すものであったのだから、急にこんな人里を訪ねる選択をしたファリドへの疑問は、もっともなものである。


「陛下、いえ父上。ここは『蛮族地域』です」


「なんだと!」


 皇帝の驚きは、ゆえなきことではない。彼らはいつの間にやら、テーベ帝国の版図を出て、異民族が住まう領域に来ていたのだ。


 テーベの南西地方は、ごく一部のオアシスを除いて、砂漠地帯である。さらに南へ進めば強大な王政を敷くマーリ国があるが、テーベとの間にある不毛の地については、両国とも領有するメリットが感じられなかったのだろう。わずかな住民が自治を行っている、いわば緩衝地域のようになっていたのだ。帝国ではそこを少なからぬ侮蔑を込めて「蛮族地域」と呼んでいたのだが……。


「ここに立ち寄ることは、『軍師』殿ではなく、私の意見です。大回りすると方針が決まったときに、それならここを目指そうと、提案したのです」


「なぜだ、ハディード?」


「帝国では『蛮族』と呼ばれていますが、ここに住む民は特色ある高い文化を持っています。私は常々、テーベは彼らと交流すべきだと考えておりました」


「なぜわざわざこんな辺境の民と……」


 さすがに皇帝アレニウスは、住民を「蛮族」などという品のない呼び方をしない。彼とて辺境の民が文化とモラルを具えた者たちだと知っているのだ。皇帝がその手をここに伸ばさなかったのは、不毛の砂漠に経済的、軍事的価値を見出さなかったからに過ぎない。


「彼らに、マーリ国との交易を仕切らせるのです。マーリは黄金と宝石、そしてカカオの国。かの国の産物を北へ運べば、莫大な利益が上がるでしょう」


「う、うむ」


「ですがマーリは我々テーベを警戒しています。我々が直に赴いても、よき条件での取引はできません」


「で、あろうな」


「ですから、いにしえよりマーリと交わっている砂漠の民を仲介として使うのです。さすれば僅かの麦も獲れぬ貧しいオアシスは一大交易拠点となり、テーベにとって金の卵を産む鶏となるでしょう!」


 何かにつけ兄を立て、目立たぬよう目立たぬよう振る舞って自身を守ってきた皇子が、今や目を輝かせて胸を張り、朗々とその構想を説く。皇帝は、己の目が曇っていたことを、今さらのように悔いた。



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