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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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続く逃亡

 それから十日間、ファリドたちはその洞窟にとどまらざるを得なかった。そしてそこを去るのも、自らの意志ではなかった。


「二百人ほどの武装した男が、岩山を登ってくる。おそらくテーベの正規軍だ」


 偵察と食糧調達から帰ってきたオーランの報告に、ファリドは溜息をつく。


「いつかは気付かれると思ってはいたが……できればもう一週間、リリを休ませたかったな。仕方ない、逃げ出すとしよう……傷は大丈夫か、何とか動かせるか?」


「……『砂の膜』でなら」


「よし、すぐ準備だ。陛下とハディードも、よろしいですな?」


「もちろんだ」「大丈夫です、どうかリリさんを……」


 皇帝は簡潔に、ハディードは大事な女を気遣いつつ、同意した。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


「この感覚には、なかなか慣れぬものだ」


 皇帝アレニウスがつぶやく。自らを支える「もの」が見えない状態で、身体が浮遊し急速に上昇していく不安感は、剛毅な武断派であるこの男の中にも、本能的な恐怖を呼び起こすものであるらしい。


 もちろんこれは、おなじみの「砂の膜」だ。フェレにとって「粒」である砂を極薄のシート状に成形し、その上に人でも荷物でもたっぷり乗せて空を飛べる、この世界では画期的な移動手段である。


「……リリ、平気?」


「大丈夫……です。申し訳ありません、お守りすべきご主人に、このようなご迷惑をおかけして……」


 健気に答えるリリだが、その息遣いは本来のものからほど遠く、苦しげだ。さもありなん、胸を撃ち抜かれた傷を治療する手段など、イスファハン王都の教会まではるばる出かけ、「カーティスの奇蹟」でも願わぬ限り、この世界には存在しないのだ。さすがに博覧強記を武器とするファリドにも、医術の心得などない。できることは、フェレの能力で傷口の化膿を防ぎ、リリ自身の強靭な自然回復力に任せることだけだったのだ。


「あの深手で、傷が腐らなかったのは驚きであったな」


「傷が腐るのはそこに『悪い生き物』が宿るゆえです。フェレには傷を治す力はありませんが、その『悪い生き物』を身体から取り除けて、傷を綺麗に保つ能力があるのですよ」


 それは、フェレがかつてマシュハド族の若者を救い、イスファハンの全部族軍を心服させた際に使った業だ。血液の中にある細菌を「常にはない粒」と認識し、その「粒」のみを取り除くことで、化膿や炎症を抑えてみせた、その魔術である。


「なるほど、素晴らしい魔術だ。しかし……そこまで儂に手の内をさらすのは、なぜだ? 確かにたった今の儂は、貴公らに頼らねば生きられぬ身だが……こと成って帝都を奪還した暁には、裏切って敵対するかもしれぬのだぞ?」


「ムザッハルが言っておりました、陛下は一度口に出したことを曲げないと。私たちは『友』が残した言葉を信じます」


「そうか、『友を信じる』か……」


 そうつぶやいたきり、皇帝は黙り込んだ。代わってハディードが口を開く。


「フェレ殿の魔術で脱出はできましたが……これから我々は、どこへ向かうのですか?」


「とにかく我々を支持してくれる軍事勢力と合流しないとな。そうなると、あてにできるのはとりあえず、サフラー皇兄殿下が赴かれた南方軍団しかない。彼らとコンタクトしたいところだな」


「ですが……たった今、我々は西に向かっているのでは?」


 そう、南方軍団との合流を目指すなら、文字通り南へ向かうべきだ。しかしフェレの操る魔法のカーペットは、山の尾根を越えて西へ向かおうとしている。西に駐留する軍は、アスラン支持勢力であるというのに。


「まあ、たった今敵が南東側から迫ってきているからなあ。もちろん俺たちは空を飛んでいるから、奴らの頭上を越えて逃げることもできるのだが……逃げた方向を特定されれば、いずれ追いつかれてしまう」


 そう、フェレの「砂の膜」による飛行は、一見無敵のようでも、いくつかの弱点がある。


 まず、速度が遅い。歩くよりは早いが、せいぜいロバに乗っているくらいのもので……将来は風防などを工夫して速度を上げようと思っていたファリドだが、現時点はその程度だ。地上の敵から馬やラクダで追跡されたら、振り切ることができない。


 そして、あくまでフェレ個人の魔力で飛んでいる以上、連続で浮いていられる時間には、限りがある。攻守とも主力を務めるフェレを消耗させないためには、半日も飛んだら、たっぷりと休息をとらせなければならないのだ。くたくたに疲れた身体で降りた場所を敵に特定されたら、一発で詰んでしまう。


 つまり結局のところ、飛んでいる姿を敵に見られたら負けなのだ。ゆえに敵が迫る方向を避け、山塊の尾根を利用して視線を遮り、進まねばならない。


「もちろん、南へ真っ直ぐ進むのはダメだ。敵だって当然、俺たちが南方軍団と接触しようとしていることを予想してる。常に哨戒の手が伸びていると思った方がいい」


「では……」


「一旦大きく西へ向かって、それから大回りをして南へ向かうしかないだろうなあ。何日かかるかわからないけど、捕捉されるリスクは絶対避けたいからね」


「だけどリリさんの傷は……」「儂は『軍師』に賛成だ」


 リリを早く医療の整った拠点に運びたいハディードのつぶやきにかぶせるように、皇帝が決然と言葉を発した。そこには侵すべからざる威厳があり、ファリドも、そしてハディードも、黙然と頭を垂れた。


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