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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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殺人兵器マルヤム

「もう少し見つからずに済めば良かったが……」


「上出来じゃよ。嬢ちゃんの砂嵐のお陰でここまで無傷で逃げられたのじゃ。後は、我々の仕事かの」


 アフシンは落ち着いているが、あまり良くない状況であるのを、一行は皆承知している。


 空はすでに、白み始めている。東の地平線から射しつつある薄明かりが、これまで彼らを利してきた暗闇を、吹き払おうとしているのだ。闇の中であれば、アフシンやオーラン、そしてリリは抜群の強さを発揮する。だが互いの姿が見える世界にあっては、もっとも近接戦闘に強いオーランであっても、せいぜい三人くらいを相手取るのがやっとであろう。


 そして、敵は数十人。おそらく当てずっぽうでいろいろな方向に何隊も出した追手のうち、たまたま当たりを引き当てた者たちなのだろう。ようやくファリドたちに気づいたらしく、大声で罵る兵士の声、追捕を命じる指揮官らしき声が交差する。


「先に行っておれ、ここは年寄りが時間を稼ぐとしようかの……」


 珍しく自己犠牲的な言葉を吐くアフシンは、むろん孫娘を気遣っているのであろう。だが、追手に向き直ろうとするこの魔族の腕を押さえたのは、その孫娘マルヤムだった。


「お爺ちゃん、ありがと。でもここは、私が得意なところだと思うの」


「じゃがな、儂はマルヤムに人間を殺させたくは……」


「でも、私が戦わないと、私が大好きなフェレ母さんやファリド父さんが危ない目にあう。もちろん、大好きなお爺ちゃんも」


「マルヤム……」


 黒髪が風にそよぎ、黄金の瞳に強い意志の光が宿る。アフシンはあきらめたように、その場所をオーランに譲った。孫娘が何をやろうとしているか、そしてそれを教え仕込んだ者がだれなのか、アフシンも知っているのだ。


「オーラン」


「はい、お嬢」


「アレ出して」


 無言でオーランが革袋を開けると、マルヤムが一つ、大きく息を吸いこんだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「賊どもを見つけたぞ!」「捕らえろ!」「仲間を殺した奴らを許すな!」


 ファリドたちを見つけた兵士たちの口から、次々と怒りの言葉が飛び出す。当然といえば当然だ、これまで彼らは見えぬ敵に一方的に引っ掻き回され、本陣を突破されて高貴な虜囚を奪い取られ、戦友を惨殺されてきたのだから。姿さえ見えれば数の力でもみつぶすことは容易、そういう彼らの考えは、一般的には間違っていない……相手が「一般的」な敵である限り。


「よしっ、まず男から潰せ、抜剣してとつげ……」


 指揮官らしき男は、命令を最後まで言い切ることができなかった。彼の喉を、ものすごい速度の何かが突き抜けて行ったからだ。


 倒れた指揮官を見て一瞬ひるんだ兵士たちも、すぐ士気を取り戻した。何しろ敵の戦力はわずか数人、しかも半分近くが女なのだから。もちろん女を捕らえれば、兵士たちにはしばらくご無沙汰だったお楽しみも待っている。


「何か暗殺技を持っているぞ! 左右に散開して進み、包囲しろ!」


 下士官らしき男が大音声で命令を下す。指揮官を殺されても指揮が円滑に引き継がれるあたり、さすがは軍事強国のテーベが擁する軍隊といえよう。


「了解!」「承知!」「わかりまし、ぐぶっ……」


 命令に応える声の中に、奇妙な音が混じる。それは兵のどてっ腹を、また何かが突き抜けたゆえ。


「何だ? 飛び道具か?」「わからんっ!」


「落ち着け! 一発でせいぜい一人やられるだけだ! これだけの人数で素早く接近すればこちらの勝ちだ、進め!」


「お、おうっ!」「そうだなっ、行くぞ!」


 乱暴な命令だが、明確な指示は兵士たちの混乱を抑えるのに有効であったようだ。兵士たちは再び前進を開始する……彼我の距離は、二百メートルほど。


「ぐわっ」「うぐっ」


 だが、意味不明なうめきとともに倒れこむ兵士は後を絶たない。見る間に十数名が、自分の身に何が起こったのかわからぬまま、崩れ落ちていく。


「くっ、全力突撃せよ、全員はやられ……」


 命令を下そうとした下士官の頭から脳漿が噴き出す。今度こそ兵士たちの前進は、ぴたりと止まった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「次っ!」「はっ……」


 少女にしては低い声に合わせ、オーランが小指の先くらいの鉄球を一個、宙に弾き上げる。マルヤムが短く気合を入れればそれが一瞬で向きを変え、超高速で敵兵に向かって飛び、その身体に吸い込まれていく。彼女は、弓矢の届かぬ遠距離から、抵抗手段のない敵を次々と狙撃しているのだ。


「……あんな技をマルヤムに教えるなんて」


 不満げなフェレから、リリが視線を不器用に逸らす。そうこれは、暗殺術のデパートであるオーランとリリが、マルヤムの類まれな才能を見て考え出した新暗殺術なのである。


 マルヤムは、フェレと違って数千数万の粒子を動かすことはできないが、その代わりフェレには不可能な大きさの粒……例えば石礫や鉄球を、思いのままの方向に超高速で飛ばすことができるのだ。その射程は、彼女が目視で標的を認識できる限り。


 それはまるで科学技術の滅びたこの世界に、突然狙撃銃と小銃が出現したようなもので……マルヤムはおそらく、中距離戦闘最強の、凶悪娘になるであろう。


「マルヤムに人を殺させたくない気持ちは俺も同じだが……大丈夫、あの子は優しい。強い力を手に入れたからと言って、闇に堕ちたりはしない」


「……うん、信じる。リドがそう言うなら」


 フェレのレスポンスは、相変わらずの鉄板であるのだが……彼女がそれを言い終わる頃、立っている敵兵は、もう一人もいなかった。



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