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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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チョコの皇子様を……

「ムザッハルが……」


 さすがのファリドも、言葉を失う。もちろん皇太子争いに行き詰まったアスラン派が暴挙に出ることは彼の想定にあったのだが……往来で堂々と襲撃され討ち取られるなどとは、信じられないのだ。ファリドの眼から見てもムザッハルの個人的武勇は王族の枠を超え、武人として最強のカテゴリに入るものであったのだから。


「護衛に付いた近衛が、裏切って背後から襲ったらしいのです。兄とは付き合いも長く、信頼していました、まさか彼らが背くとは……」


 悲報を届けたのは、第三皇子ハディードであった。彼の表情も、最悪の事態に混乱を隠せない。


「おそらく、家族の安全とか、そういう深刻な脅迫を受けたのだろうな。闇の仕事を請け負う者たちにとっては、ある意味常套手段ではあるが……」


 そう言葉にしつつ、ファリドも後悔を禁じ得ない。その可能性があることを承知していながら、なぜもっと強くムザッハルに注意喚起をしなかったのだろうと。


「そうなると、皇室は今、どうなっているんだ?」


「私にも、よくわからぬのです。出仕を止められてしまいましたので。意を通じている文官から聞いた話によれば、父皇帝は謁見に姿を見せて居らず、兄アスランが我が物顔に玉座に座り、勅令と称して整合性のない指示を乱発しているとか」


「いきなり皇帝を弑するとも思えないな。そうなると、病気と称していずこかに監禁し、頃合いを見て強制的に譲位させるとか……」


「はい、恐らくは」


 ファリドは考え込む。本来ならあと二週間も経てば皇帝との約束の期限が切れ、彼とフェレはイスファハンに帰れる権利を得られるはずであった……あくまで皇帝とムザッハルが、健在であれば。


 しかし、今の状況はおそらく最悪だ。彼らの帰国を全力で後押ししてくれるはずのムザッハルは凶刃に斃れ、「言ったことは曲げない」とされていたアレニウス皇帝も、どうやらその権力を失ったらしい。代わって立つ第一皇子アスランは佞臣におだて上げられ担ぎ上げられた小物感漂う愚かな男であり、しかも一連の戦でムザッハルを支えたフェレとファリドに、個人的な恨みまで抱いている。


「帰国させてもらえるどころか、誅殺されかねないな……」


「そのようなことは決して許しません。この生命に代えてもフェレ様とマルヤム様をお守り致します」


 ファリドのつぶやきに、リリがその身体を固くする。この娘にとっての優先順位は一にフェレ、二にマルヤム、三四がなくて五にやっぱりフェレなのだ。一応主人であるはずだが、彼女の視界から除かれているファリドは、苦笑いをするしかない。


「……生命に代えては、だめ。逃げるのも戦うのも、一緒に。みんなで生き残る」


「しかしフェレ様、もはや周囲は敵ばかりでございます……」


 落ち着いて優しくなだめるフェレに、涙しつつも抵抗するリリ。彼女の敬愛する主は大きなラピスラズリの瞳を優しく緩め、その薄い唇から安定の台詞を吐き出した。


「……大丈夫。リドが何とかしてくれるから」


―――おい、結局、俺任せなのか?


 ため息を付きつつ、愛する女の無条件の信頼に勇気を奮い起こす。軍師と称えられるファリドとて所詮若い男、実に単純なものである。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「それで……ハディードはどうするつもりなんだ?」


「わ、私は……正直、どうしていいのかわかりません。ムザッハル兄が君臨し外敵を打ち払い、私が民を安んじることが理想と思ってここまでやって来ましたが……もはやその未来はなし。アスラン兄が皇位についても内政で国に貢献する覚悟はあったのですが……どうやらムザッハル兄だけでなく私も、かなり疎まれている様子ですね」


「そのようだな」


 ハディードは賢い。直接ムザッハルと連携していると悟られぬよう、いろいろ気を使ってきたはずだ。愚かなアスランは本来ハディードに疑念を抱いてはいなかったはずだが……彼が内政のトップに就くことを良しとしない取り巻きどもにあれこれ吹き込まれたのだろう。


「佞臣どもの小遣い稼ぎをずいぶん潰したらしいな、それで嫌われたんだろう?」


「だって、民に還元すべき税を不当に懐に入れるなんて……」


「わかっているさ。ハディードは正しい。だがその正しさゆえ、排除されようとしている」


「くっ……」


 眉を寄せ、視線を伏せるハディード。彼とてわかっているのだ。彼が持ち続けていた信念が、たった今彼の居場所をなくしてしまっているということを。


「俺たちはもはやこの国に未練はない、このまま座して捕まる気もないからさっさと逃げ出すつもりだが……ハディードはどうしたいんだ? 俺たちと一緒に亡命しないか?」


「私は……国を率いるべき皇族として、この国の民に責任があります。国外に逃げる選択肢はありません」


「血を分けた兄弟から、断罪されてもか?」


「ええ、覚悟はできています」 


 多少声を震わせながらも、きっぱりと言い切る皇子には、確かに選ばれし青き血が流れる風格があった。これ以上説得しても無理かとため息をついたファリドの袖を、遠慮がちに引っ張る者がいる。振り向けばそこに、黄金色の瞳が何かを訴えていた。


「ね、父さん。チョコの皇子様を助けて」


「いや、マルヤム。それはこの国の一番偉い奴と戦うということだ。フェレ母さんやお前の安全を、守ってあげられないよ」


「父さんは、今まで正義を守って、可哀そうな人を助けてきた。私、そんな父さんが好き、だからお願い……」


 マルヤムの必死な訴えに戸惑うファリドの腕に、ひんやりした感触が絡み付く。振り向くまでもない、フェレの両手が包んでいるのだ。


「……リドが私たちのことを第一に考えているのはわかってる。だけどこのままじゃ、この国の人たちが不幸になる。どうしても……だめ?」


 ラピスラズリと黄金の上目遣いダブルコンボに、耐えられる男がいるはずもない。ファリドは、今年一番の深い深いため息をついた。


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