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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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白昼の襲撃

「うわあ、このフルーツ、すっごく美味しそう!」


「マルヤム様は本当に食いしん坊なんですから……仕方がありませんね、フェレ様たちのぶんも含めて、三つほど買っていきましょうか」


「やった! リリ大好き!」


 小さく息を吐きつつも、幼い半魔族の娘に優しい視線を注ぐリリ。今日は二人で、街の中心にある市場に食料を仕入れにきたところだ。野菜と珈琲豆だけを目当てに来たはずだが、食べ盛りのマルヤムにあれこれねだられ、リリの持つ籠はいろいろな食べ物で一杯になりつつある。なんだかんだ言って、フェレの甘母ぶりが、リリたちにもすっかり伝染してしまっているのだ。


「さあ、そろそろ帰りましょう、お昼ご飯の準備をしませんとね」


「うんっ!」


 ファリドの館は、貴族や大商人が主に住まう高級住宅地にある。庶民街の市場からはかなり離れているが、魔族の血を引くマルヤムの体力は人間の子供よりはるかに高い。鍛え抜いているリリと一緒に荷物をぶら下げつつてくてく歩くことは、遊びの一環のようなものだ。


 いつもの近道である街路に踏み込んだ時、リリが表情をぴりっと引き締めた。


「マルヤム様、戻りましょう」


 闇の者に特有の鋭い感覚で違和感を察知したリリだが、振り返った路地の入り口から、見るからに怪しい男たちが五人ばかりなだれ込んでくる。反対側からも、隠れていたのであろう男が十人ほど現れて、彼女たちの逃げ道をふさごうとしている。


「くっ……マルヤム様、私から離れないで下さい!」


 リリが買い物籠を投げ捨て、脚に括り付けた短剣を握り締める。暴漢の二〜三人くらい彼女の敏捷性にかかれば片付けるのは容易いが……相手は十五人。いくら何でも多勢に無勢というものである。リリはぐっと奥歯を噛み締める。


「ふっふっふ……勇ましいお嬢さんだ、だがこの人数を相手に戦うのは、無謀というものだな。さっさとその物騒な武器を捨てて、そこの小さな魔族を渡すのだ。さすれば生命だけは助けてやろう」


「主人を敵に渡すくらいなら、死んだ方がましです。このお方を守って死ぬことが、我が誇り」


「ほう……イスファハンには闇仕事をなりわいとする一族がいると言うが、お前もそれか。ならば、魔族と一緒に捕らえてやろう。生かしておけば部下たちの慰み者くらいにはなろうよ」


「……」


 リリが、無言でチラリとマルヤムに視線を走らせる。半魔族の少女は左手の指を器用に操り、腰に付けた革袋をなぜか開けているところだった。それを見たリリは短剣を投げ捨て、驚く襲撃者たちの前で、まとったブラウスの胸ボタンを、ゆっくり外し始めた。


「おいおい、自分の身体を差し出して主人を守ろうってのか。心掛けは殊勝なもんだが……今度ばかりは見逃せねえんだよな。俺たちにも主人がいて、そのお方がそこの魔族を連れて来いっておっしゃっているからなあ。まあせっかくだからお前さんにも一緒に来てもらおう、よく見ればいい女だ、楽しませてもらえそうだが……」


「リリっ、伏せて!」


 マルヤムの少女にしては低めの声が耳に届いた瞬間、男たちに肌をさらすことで時間を稼いでいたリリは、街路に身を投げ出し石畳の上に伏せた。


「ふ、うんっ!」


 フェレそっくりな気合いに続いて、何か不思議な、うなりのような音が聞こえる。そして襲撃者の眼には、少女の周囲にうっすらとかかる、黒い靄のようなものが映る。


 次の瞬間、最もマルヤムに近づいていた男の手首から、血が噴き出した。それは肩から、太腿から、そして胸からも噴き出し、最後には頭から脳漿を振り撒きながら、石畳の上に倒れた。


「妙な術を使う! 一旦距離を取れ!」


 襲撃者たちは長の指示に従って、俊敏な動きで飛びのく。だが少女は表情も変えず、少しだけ唇の片端を上げた。


「逃がさない」


 その言葉通り、彼女に近い者から次々と、無残に体液を撒き散らしながら斃れていく。三人、五人、そして十人……残り五人ばかりになった時、リリが低く注意を促した。


「マルヤム様! 一人だけでいいので、殺さず残してください!」


「うんっ」


 暴漢の長は、混乱する。得体のしれない不意討ちで多くの仲間が斃されたが、こちらは五人も残っており、数的にはまだ優位を保っている。だがこの年端もゆかぬ小娘は、庭先の掃除でも言いつけられたかの如く、残る襲撃者など何とも思っていないかのように首肯したのだ。


「舐めるな!」


 長は、後退をやめて少女に向かって突っ込んだ。未だこの子供の使う術は何なのか知れぬが、このまま押されるわけにはいかぬ。おそらく飛び道具か魔術なのであろうが、その手の遠隔攻撃はすべからく、攻撃する者との距離を詰めてしまえば無力になるはず。活路を見出すには接近戦に持ち込むしかないと、限られた情報から判断して。


 襲撃者の長は、一面では正しかった。マルヤムの術はあくまで、遠隔攻撃である。だがそれは、それが無効になる距離まで接近することを許すほど、甘いものではなかったのだ。


 決死の突撃を敢行した長は、自らの頸を何かが貫通する感触を感じ取った。そしてその感触が右脚に及んだとき、彼は無様に倒れ込むしかなかったのだ。


「そうか……見えたぞ……」


 彼は、マルヤムが何を行っていたのかを悟った。だがその悟りを活かす機会は、二度と与えられなかったのである。長の意識は、闇に沈んだ。


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