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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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壊すぞ!

「準備はいいか、フェレ?」


「……大丈夫、任せて」


 安定の仏頂面でフェレが答えるのを受けて、ファリドがムザッハルに目配せを送ると、指揮台の上に陣取った彼が「拡声」の魔術に乗せて全軍に演説を始める。


「諸君! 敵は神がテーベ帝国に与えたもうた侵さざるべき領土に砦を建設し、豊かなる港町アレキサンドリアを狙わんとしている。これはこの数十年来、最大の国難である!」


 兵士たちの間に低いどよめきが広がる。確かにこの百年と言うもの、これほど国の中枢に近い位置に、敵が拠点を築いたことなどなかった。未曾有の危機と言われれば、その通りなのだ。


「我々には、彼奴らを撃ち払い、帝国の安全と平和を守る責務がある! だが、我が軍は野戦部隊……あのような城壁を破壊することは向いておらぬ」


 今度は、明らかに落胆と困惑の声が上がる。まさにムザッハルが言う通りなのだ、砂漠を疾駆し、敵の部隊を切り裂くことこそ彼らの本分。なぜ自分たちがこのような任務につかされているのか、皆が疑問を抱いているのだ。


「諸君らが不安に思うこと、もっともである。だが、心配することはない。あの忌々しい壁を『女神』が取り払って下さるぞ。『女神』が我らの正義を嘉し、お力を振るわれるのだ。壁さえなくば、我々は無敵である! さあ、見よ『女神』の奇蹟を!」


 やたらと大げさで煽動的なムザッハルの言葉にいざなわれ、フェレがゆっくりと、指揮台に上がる。いつぞや王都でファリドに買ってもらった青いワンピースをまとい、ミディアムに伸ばしたストレートの黒髪を、自然に背中へ流している。その白い貌から感情は読み取れないが、あんな演説を聞いた後では、そんな無表情も世のあれこれを超越した神々しい姿に見えなくもない。


「あれが、イスファハンの女神様か? 確かにふるいつきたくなるような女だが……」

「あんな娘が奇蹟を起こせるっていうのか?」

「馬鹿野郎、あのお方こそ、戦象を一人で片付け、わが軍を救ってくれたのだぞ!」

「え! あれ、本当だったのか?」


 兵たちが、めいめい勝手にざわめきだす。無理もない、先日の大魔術で何が起こっていたかをつぶさに見届けた者は、百人もいなかったであろうから。


「おおっ『女神』さんが剣を抜くぞ!」


 すらりと抜いたシャムシールも、ファリドから王都で贈られた、彼女にとってかけがえのないもの。その剣尖がゆっくりと円弧を描き、敵の砦に向け静止するのを眼にして、兵士たちが息をのむ。


「……ふっ、ん!」


 いつもの通りフェレの魔術は、短い気合だけで発動する。最初は何が起こっているのか判然としないが、やがて一人の兵士が砦を指さす。


「み、見ろ! 砦のまわりが曇ってきたぜ!」


 実に、不思議な景色であった。城壁の辺りから、ゆっくりと茶色いもやのようなものが上がり、砦を包み始めたのだ。よくよく見ればそのもやは、地面から舞い上がる砂煙である。それはごくゆっくりと、砦が置かれた砂地を削り始める……但し、砦の右翼側だけを。


 しばらくその様子に釘付けになっていた兵士たちの耳に、不意に何かが崩れる轟音が響く。同時にその眼には、あれほど堅牢に見えた城壁が倒壊する衝撃的な光景が映ったのだ。


 正方形を形づくっていた城壁の右側は、城外に向かって無残に倒れている。そして正面の壁は真ん中からぽきりと折れたように崩れ落ち、その衝撃であらかた瓦礫となり果てている。


 そう、フェレの魔術は城壁が拠って立つ土台となっている砂地を静かに取り除いたのだ。石積みや煉瓦の城壁はその重量の恩恵で、正面からの力には極めて強い。だが足場が失われたその時、その重量は自らを崩壊させる力に変わるのである。


「うわっ、今度は反対側が……」


 兵が何かに気付いた。今度は砦の左から、茶色いもやが上がり始め……彼らが胸の中で百を数えた頃、先程と同様にあっさりと城壁は倒壊した。そして、大弓を備えた櫓や、見張り台も次々と傾き、崩れ始める。


「す、すげえ…」

「まさに、女神の奇蹟だ……」

「あのお方こそ、魔術の女神イシス様の化身に違いねえ!」

「そうだ、女神イシス様だ!」


 イスファハンでも、フェレは兵士たちから「女神」と称えられた。その「女神」は、水と生命を司る若き乙女の姿をとる神、アナーヒターのことである。


 だがテーベの兵士たちの間に、アナーヒター信仰などはない。代わりに彼らが「強力な魔術を操る女神」として崇めているのは、豊穣の象徴とされる、イシス神なのである。普段は慈母そのものであるが、いざ戦となればその家族を守るため、魔術をいかんなく振るって敵を撃ち払ったのだという。あれよあれよと言う間に破壊された城壁を眺めた兵士たちが、その奇蹟をなしたフェレを女神イシスになぞらえたのは、ごく自然なことであった。


「そうだっ! このお方は女神イシスの魂を受け継いでおられるのだ! 諸君も見たであろう、イシス神のご加護は我らに在り! そしてもはや敵の頼りとする城壁は失われた。いざ進め、選ばれしもののふどもよ! 諸君のいさおしを、女神に示すのだ!」


「うおおおおっ!」


 兵に向かい勇戦を訴えるムザッハルには、確かに指揮官としてのカリスマが備わっていた。その檄に応えて、一万五千の軍が左右に分かれ、雄叫びを上げながら砦に突撃した。



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