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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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女神の珈琲

 それからというものフェレの淹れる「魔法ローストのネルドリップ」珈琲が、ファリド屋敷の定番メニューになった。フェレとマルヤムは砂糖とミルクをたっぷり入れて、リリはミルクだけ、男たちはストレートで。時折ファリドとアフシンは蒸留酒などをちょこっと入れたりしつつ、変化を楽しんでいる。


 ある日、激務に疲れた顔をしつつもいそいそと訪れたハディード皇子にフェレの珈琲を振舞ったところ、彼は眼をむいた。


「珈琲とは、このように洗練された味わいであったか!」


 彼も、煮出しタイプの珈琲が持つえぐみや粉っぽさがあまり好きではなかったようで、澄み切った雑味のないそれに、いたく感心するのであった。もちろん、フェレが眼の前で魔術を無駄遣いしつつ絶妙の焙り加減で仕上げるパフォーマンスにも、大いに魅せられたのであろうが。


 かくして、王宮に帰った彼がその感動を官僚たちにやや大げさに語ったことで、それを目当てにファリドの寓居を訪れるテーベ高官がやおら増えたのだ。彼らは皆、魔術で豆を踊らせるフェレの神技に歓声を上げ、香り高いその液体を絶賛する。


 ファリドは苦笑せざるを得ない。もちろんフェレの手練や焙煎の塩梅が優れていることは確かだが、そもそも彼ら王宮勤めの高官たちは煎ってしばらく経った珈琲しか味わったことがないのだ。眼の前で焙煎したばかりのものが経験したことない美味さに感じるのは、当たり前なのである。


 だが、高官たちがこの珈琲を切っ掛けにファリドやフェレに友誼を感じ、彼らの安全を強化せしめてくれるであろうことを思えば、無粋な種明かしは言わぬが花である。そして何しろ、今のファリドは暇人である。面白い話を聞かせてくれる客人は、大歓迎なのだ。


 いずれにしろそんなこんなでファリドの住まう館は、ちょっとした官僚たちのサロンのようになっている。実務派の彼らは、大貴族の方ばかり向いて猜疑心強く権威主義のアスランより、内政に通暁したハディードにもともとシンパシーを感じていた。そして究極の実務派でありハディードの盟友と見なされているファリドと親しく会話を交わすうちに、シンパシーは明らかな支持に変わっていくのである。


 いつの間にやら「女神の珈琲」を味わうことが、高級官僚たちの間でステータスになっていると知ったフェレは、ラピスの眼を大きく見開いて驚きつつも、褒められる喜びに頬を緩め、さらに焙煎と抽出の技に研鑽を重ねるのであった。


 そして、ついに我慢できなくなったものか、意地っ張りのムザッハルも軍師ラージフを伴って「女神の珈琲」を味わいにやってきた。どうも頼み事があるらしいとあらかじめハディードから聞いていたファリドだが、俺様マインドのくせに今日ばかりは借りてきた猫のように大人しいムザッハルに、違和感を禁じ得ない。


「最初に……貴殿らに謝らねばならぬ。俺は……完膚無きまでに敗れた悔しさを忘れられず、貴殿らに礼を欠く態度をとってしまった。皇族として恥ずかしい狭量、水には流せぬだろうが、今後も付き合いをお願いしたい」


 フェレが注いだ珈琲に口を付けるのも忘れ、深々と頭を下げる。


「ありがとうございます殿下。俺……いや私たちが実質のところ殿下の虜囚であることは間違いないのですから、そんなに詫びて頂くと逆に申し訳ありません。殿下が私たちの立場を守るために陛下に口添えされたことも漏れ聞いておりますし、感謝もしているのです。よろしければ今後もお越しください」


「すまぬ、いや、ありがとう」


 もう一度頭を下げようとして思いとどまり、少しばつ悪げな笑みを浮かべる皇子。直情的ではあるが、決して悪い奴ではないのだよなと、ファリドも微笑みを返し、どちらからともなく差し出した手を、ぐっと握りあう。


「殿下が今日お越しになったのは、珈琲だけのためではないでしょう。何かお困りと推察いたしますが、御用の向きを聞かせていただけますか?」


「う……うむ。さすが『軍師』、察しが早くて助かるのだが……できれば客将や部下としてではなく、友人としての助言が欲しいのだ。だから……俺に対しての敬語は、やめてもらえないだろうか?」


 ファリドが水を向ければ、ムザッハルがよくぞ聞いてくれたというような表情を見せる。だが、皇子に対してタメ口を叩けとは、ずいぶんハードルの高い注文だ、さすがに躊躇せざるを得ない。


「ファリド殿、ムザッハル殿下の望む通りに為されるが良いでござる。殿下はこれまで、対等の友人というものを持っておられませなんだからな。若い者たちの言う『ぼっち』という奴でござるな」


 軍師ラージフの無礼極まるフォローに、整った眉をひん曲げるムザッハルである。だが抗議の言葉も叱責のそれも出ないのは、二人の間に主従でありながらある意味師弟のような信頼関係があるゆえであろう。そんな様子を眺めたファリドは、微笑を浮かべる。


「では……ムザッハル殿、僭越であるが友人になろう。イスファハンに害が及ぶことでなければ、友のために助言しよう」


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