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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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囚われのメフランギス

 黄土色の荒野に、紅い血潮が大きな染みを作る。それは、武運つたなくテーベに捕らわれた将軍たちの、頭のない首から止めどなく流れ出ているもの。


 二万の敵軍を壊滅させ意気あがるテーベ軍は、さすがにたまらず主力を出してきたモスル軍の前に堂々と布陣し、将軍らを含む高級将校捕虜を、見せつけるように次々と斬首していた。


 荒野に並べられた捕虜の中で殺されていないのは今や、主将として出陣したメフランギスのみ。武装を剥ぎ取られ後ろ手に縛られ、跪かされた彼女の豪奢な金髪には、赤黒い血がこびりついている。


 こんな派手なデモンストレーションを行いつつも、テーベ軍は同時に、今更のこのこ陣頭に出てきモスル王の元に、使者を送ってきている。その要求は、メフランギスを返還して欲しくばカヴァ渓谷以南の領土割譲を認めろというものだ。本来ならここに賠償金だの何だの無理難題の要求を加えるのが交渉術というものであろうが、テーベの側とて先般の戦で主力ラクダ騎兵部隊をほぼ壊滅させられている。これ以上の被害を出さずに「勝利」という形を掴んで、早く帰国したいという意志が感じられる。


———そうなると、領土要求のほうもかなり値切れるだろう。南部カルバラとその周辺の割譲程度で手を打ち、終戦だろうな。


 ファリドがそう考えたのも、無理のないことである。外交的に言えばモスルは、ここでメフランギスを見捨てるわけにはいかない。すでに彼女はモスルの王女ではなく、最需要同盟国であるイスファハンの王族なのだから。もちろん南部の要衝カルバラを奪われるのは痛いが、いずれイスファハンが本格的に参戦すれば、取り戻すことは難しくない。


 だが、テーベの使者を迎えたモスル国王の言は、衝撃的なものであった。


「領地は寸土たりともやれぬ。不肖の王女メフランギスがその生贄になるならば、それは止むを得ぬ」


「お待ちください、国王陛下。メフランギス殿下を不肖の王女と呼ばれましたが、今の殿下はイスファハンの王族です。そもそも我々の承諾なく殿下に前線へ出撃することを命じた行為自体、同盟関係を損なうもの。この上彼女を見殺しにするならば、イスファハンとしても今後貴国との関係を考え直さねばなりませんが?」


 ファリドは「国王特使」として全権を委ねられた身だ。ここはやや脅しめいた言辞も用いて、モスル王室の妄動を諫めなければならない。だが、この国王は、ファリドの常識では計れないほど、愚かで傲慢だった。


「ふん、成り上がり者が。一回戦勝を得たくらいで、随分と大きな口を叩くものだな。同盟国に差し向けるのに部族の兵と平民上がりの特使とは、イスファハンこそモスルを軽んじているのではないか? メフランギスと領土ならば、余は迷わず領土を取る。あやつも国のために死ねることを喜ぶであろう、本来なら夫が死んだ時に後を追うべきものを、未練がましく生き残りおって……」


 あまりの暗愚さに、もはやファリドも言葉を失うしかない。「女神」とも称される最高の魔術師フェレを伴ったイスファハン軍の介入なかりせば、今頃王都も陥落していたであろうに。そもそもここでメフランギスを見捨てたとて、占領されている領土を返してもらえるわけでもないのだ。


 この国は完全にダメだ、もはや同盟関係を維持する意味もない。ファリドがそう思い詰め、最後通牒をモスル国王に突きつけようと口を開きかけたとき、これまで黙然としていたテーベの使者が、思いもかけぬ提案をしてきた。


「そうですな。そう簡単に領土を渡すわけにいかぬ王の心境、実によく理解できます。であれば代わりに……イスファハンの誇る『軍師』と『女神』に我が陣をお訪ね頂けるなら、メフランギス殿下をすぐにでもお返し致しますが、いかがですかな?」


 この言葉には、イスファハンの者だけでなく、モスルの高官たちも耳を疑った。先般テーベ軍を徹底的に破った戦は、「軍師」が「女神」の魔術を最も有効に使った故にもたらされたもの、いわばこの二人は、イスファハン-モスル連合軍の切り札である。その最重要人物を、なぜモスルのために実質的な捕虜として引き渡さねばならないのかと。


 だが、本当の敵は、こちら側にいた。


「ふむ、それも良いかも知れんの。この者らはメフランギスを『イスファハンの王族』と申した。ならば交換する質は、イスファハンから出してもらわぬとのう」


 飽食に肥った身体を醜く揺らし、モスル国王が言い放つ。その眼は小狡く細められ、唇は卑しい感情に歪んでいる。


 あまりの礼を失した態度に、憤然と立ち上がったのはシャープールであった。そのまなじりは怒りに吊り上がり、右手はすでに剣の柄にかかっている……が、その逞しい手を、細く白い手がぎゅっと押さえた。


「め、女神様……」


「……私とリドがそちらの陣に行けば、ギース様を解き放つと言うのか。だが、リドはイスファハンの代表だから行くわけにはいかない。だから私だけは、あなた方の虜になる。それで許してくれないか?」


 フェレの爆弾発言に、その場が凍りついた。


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