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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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空襲(2)

 頭部から流血した騎兵の悲鳴がムザッハルの耳に届いたのと時を同じくして、砦の周囲に陣を張っていたラクダ騎兵隊のあちこちで、混乱が起こり始めていた。


 無言のまま血を流し、ラクダから崩れ落ちる者。ラクダがいきなり横倒しになり、下敷きになる者。なぜか突然怪我を負ったラクダが暴れまわり、振り落とされる者。


「何だ、これは!」

「分からぬ……うわぁ! こら、静まれ!」

「おい、空から、何かが降ってくる! これは……石だ!」

「石だって?」


 そう、混乱の中でも、落下してきた物体を冷静に見極める兵もいた。兵が拾い上げたそれは黒く光沢を帯び、河砂利のように滑らかな、大きさの割には重い石ころであった。


「あの空の絨毯から、石が投げ落とされているんだっ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 上空では、フェレの「砂の絨毯」から、兵士がせっせと「黒砂利」をスコップで投げ落としていた。


 この「黒砂利」は、ファリドたっての希望で、メフランギスが手配したもの。モスル特産の鉄鉱石が産出する山から流れ出す川で採れる、滑らかで、大きさの割に重い砂利だ。密度の高い鉄鉱石が川の流れの中で削られ磨かれてできたものである。


 兵士は、数百メートルの高さから、狙いもつけずただ砂利を放り出すだけ。それだけで勝手に砂利は重力で加速し、地面に到着する頃には、鎧すら突き破る威力になるのだ。


 もちろんある程度加速すると重力が空気抵抗に負け、それ以上速度は上がらなくなる。最高速度を高めるには石ころを大きく重くすること、そして表面を滑らかにすること……大きくすると弾数が減ってしまうことになるので避けて、出来るだけ重く滑らかという条件に合致したのがモスルの「黒砂利」なのだ。これもファリドが日々読み込んでいる大陸各地の地誌に関する書物から得た知識である。


「何の技巧も必要なく、敵の精鋭がどんどん斃れていく。確かにすごいがこれは……」

「嬢ちゃんの魔術あってこそできることじゃが……毎度毎度、坊主の戦術は悪辣じゃの」

「確かにいつもの悪辣ぶりですわね。フェレ様がご自分で手を下さずに済むところだけは、良い戦術と言えるでしょうが……」


 人の見ないところでは何人殺したか数えきれないはずのオーランやアフシンはファリドの発想に感心しつつ、こちら側に危険のない一方的な殺戮戦術に、居心地悪さを感じているようだ。リリがファリドを敬しつつ落とすのは、ここのところいつものことである。


「……大丈夫。リドが道を示してくれれば、私は進むだけ」


 そしてフェレの価値観は、最近益々単純になってきている。人を傷つけるたびに自分の心を同じくらい傷付けて来た彼女だが、「ファリドのために戦っている」と割り切ることで、精神のバランスをとることを覚えたのだ。


 一方マルヤムは、真剣に石を撒いている。それも、はるか下の地面を見て、最も有効なダメージを敵に与えられるような場所を、わざと探してそこを狙っているのだ。その狙いは、ファリドの見るところ、かなり的確だ。


「マルヤム様は、お辛くないのでしょうか?」


 気遣わし気な視線を向けつつ、聞きにくいところをズバリと突くリリ。祖父アフシンとファリドは、思わず背筋をこわばらせる。こんな子供に殺人行為をさせることに関しては、本人の希望とはいえ、忸怩たるものがあるのだ。


「うん? ああ、他の人を殺すってことね。うん、平気なわけじゃないけど……私たちの足元にいる人たちは、この国の人を殺してここまで来て、このまま放って置けば私の親しい人たちを殺しちゃうんだよね。罪もない人ってわけじゃ、ないんだよ。だから私は、私の大事な人を守るために、少しでも役に立ちたいと思う」


「まだお小さいのに、立派な考えをお持ちなのですね」


 まるで大人のような合理的論理で割り切ったマルヤムに、感嘆の声を漏らすリリ。そう、リリたち「ゴルガーンの一族」も、割り切って人殺しをしている。但し彼らの場合は「大事な人を守る」ためではなく「大事な人を食わせる」ためであるのだが。


「ありがと、リリ。私の『大事な人』には、リリも入ってるよ?」


 くりくりとした黄金色の瞳を向けられてそんなことを言われれば、ぐっとこない大人はいないだろう。リリはマルヤムの黒髪を、ぎゅっと胸に抱え込んだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 投石による空襲は、まだ続いている。ファリドの指示で、一気にバラ撒くのではなく、断続的に時間をかけて攻めることで、混乱を長引かせる戦術をとっているのだ。


 上からほぼ垂直に落ちてくることが分かれば、盾持ちの騎士はそれを頭部にかざせば、被害を小さくすることができる。しかし主力の騎兵が乗るラクダは、その身に何も防御手段をまとっていないのだ。


 超高速で落下してくる石が当たればその皮膚を破り、肉に深々と食い込む。当たり所が悪ければ一発で死に至るが、問題は手負いになった時である。激痛に我を忘れたラクダが暴走を始めれば、熟練の騎士もこれを止められない。一頭が暴走を始めれば、驚いた周囲の十数頭が、乗り手のコントロールを受け付けなくなる。


 こんな攻撃を少しづつ位置を変えながら延々と続けることで、騎兵自体の戦死はまだ百騎程度だが、全軍の八割ほどが、混乱に陥って組織的戦闘ができない状態に陥っている。


「よし、タイミングよく、間に合ってくれたようだ」


 ファリドがつぶやいた時、東方から怒涛のような騎馬の蹄音が響いた。


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