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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
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拾った子供?

「アフシン殿、その……子供は?」


「いや、まあ……拾ってきてしまっての」


 拾ってきたはないだろう、そう突っ込みたいファリドだが、珍しく歯切れの悪いアフシンの応答に、何か複雑な事情があるのだろうと察し、問いただす代わりに子供の様子を慎重に観察する。


 半袖からにょきっと出ているその腕は、棒か何かのように細い。破れ汚れているズボンに包まれた脚も、似たり寄ったりの細さである。背格好から判断すれば、年の頃は十歳くらいであろうか。その貌には前髪がうっとうしくかぶさって、眼まで隠れているが、汚れてさえいなければすっきりした顔立ちや鼻筋は、きっとまともな容貌なのだろう。茶髪に見えるほど埃にまみれた黒髪が眼を完全に覆って、その表情は窺えないが……ぶわっと膨らんだ髪の間に、ファリドの眼は見逃せないものを捉えた。


「これは角……アフシン殿、この子は、魔族か?」


 そう、子供の頭には、まだ小さいが山羊のような角が二本、まるで髪飾りのように乗っかっているのだ。


「そうじゃ、半魔族じゃがな。儂に、縁のある者……実のところ、孫じゃ」


「……アフシンに孫……想像できない」

 

「嬢ちゃん、儂とて木石ではないゆえ、若い頃は浮名を流したものじゃ。そうしたうちに思わぬ事故が……いや子ができてしまうこともあっての」


 いつも優しい視線をアフシンに注ぐフェレであるが、今日の眼はジトっと冷たい。


「まあ、事故かどうかは別として……なぜ子供が、このような姿に?」


「娘……これの母が数年前に死んだのじゃが……この子を大事に育てると連れ合いの男が言う故、時折送金をして、あとは任せておった。二年前に会った時はごく普通だったのじゃが……一年半ほど前から手紙がぱったり来なくなった故、不思議に思って訪ねたら、この有様じゃ」


「父さんに……あたらしい奥さんが、できた。でも、そのひとは、魔族がきらい」


 初めて子供が、口を開く。年の割に低い声なのは、魔族の血がなせる業なのか。その言葉は平板で、あえて感情を込めずに話しているように見える。


「毎日下働きにこき使われ、残飯を食わされていたようでの。それだけならまだしも、気に入らないとこの通り……」


 そのむき出しの腕には、明らかに鞭で打たれた青黒い痕が何条も刻まれている。額のどこかが切れているらしく、こめかみから頬にかけて、赤黒く固まった血が痛々しい。


「そんなわけで、思わず連れて来てしまったのじゃが……」


 アフシンは明らかに、当惑している。肉親に対する愛着こそあれ、今まで放縦の限りを尽くしてきた彼は、子供の養育などに指一本出したことがないのだろう。連れてきたはいいが何をすべきか、さっぱりわからないのだ。


「さすがに半魔族では、教会も世話してくれないだろうな」


 ファリドが真っ先に思いついたのはカーティス教会だ。教会は慈善事業として孤児院も営んでおり、そこでは虐待や搾取は固く禁じられており、教育は厳しいが清潔で、信頼度は高い。カネを積めば特別扱いで神官の見習いとして、良い教育を与えることもできる。だが、そこはあくまで至高神カーティスを崇める集団、魔族の血を引く者を邪悪とする組織なのだ。見た目で半魔族とわかる子供など、預かるわけもないだろう。アフシンも教会関連でイヤな思いをしたことが数あるのだろう、眉間に皺を寄せている。


「う〜む、アミールやアレフに頼むわけにはいかないし、メフリーズにいる母上にでも、相談するべきか?」


 困った時の実家頼み。何かと許容範囲の広い義父母を思い浮かべ、隣に立つ愛しい女に意見を求めようと振り返ったが、そこにフェレはいない。


 いつの間にか物音も立てずに子供に駆け寄っていたフェレは、膝立ちになって子供と眼の高さを合わせ、その身体をしっかりと抱きしめていた。


「……辛かったね。もう、大丈夫」


 しばらくは無言だった子供の頬に、いつの間にか透明な雫がつたい、小さな嗚咽が漏れる。やがて子供の腕がフェレの背中におずおずと回され、彼女が抱き締め返せば、堰が切れたように本格的な泣き声が上がる。おそらくこの数ケ月表現することを禁じられてきたであろう感情を、一気に解放するように。


「……決めた。君は今日から、うちの子にする」


「え?」「なんじゃと?」


「……アフシンは、もう家族。家族の家族なんだから、この子はうちの子。何かおかしい?」


「いや、おかしくはないが……」「じゃが、だれが面倒を見るのじゃ……」


「……大丈夫、アフシンが子育てなんか向いてないのは知ってる、私がみるから心配しないで。メフリーズ村の農繁期には領民の子供を十数人世話してた、それに比べれば、こんなおとなしくていい子、なんてこともない。アフシンは、この子の安全を護ってくれればいい」


 そう勝手に宣言すると、フェレは子供のうっとうしい前髪をさらっとかき上げて、その珍しい金色の瞳を、じっと見つめる。


「……ねえ、お姉さんの子供になってくれない?」


 しばらく、返事はない。フェレは、ひたすら真っすぐ、視線を合わせ続ける。ファリドが胸の中で五十を数えた頃、ようやく子供が、重い口を開く。


「いいの? 魔族だよ?」


「……こんな可愛い子が欲しかったから、嬉しい」


 フェレはそう言って、もう一度子供の小さな頭を、その胸にぎゅうっと抱き締めた。



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