表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第三部 いざテーベへ
163/292

遠征

「うむ、やはり女神様の手になる料理は、鳥の丸焼き一つをとっても、格別の味わい。こたびの遠征に志願した甲斐があったというもの」


「……たくさんは作れないけど、褒めてもらえて嬉しい」


 部族軍を束ねるシャープールが激賞すれば、フェレが生来の白い頬をぽうっと桜色に染める。背中の半ばまで伸びた黒髪が風になびけば、その毛先と頭頂部で、モルフォ蝶のような構造色が鮮やかに揺らぐ。ラピスラズリの大きな瞳がくりくりと輝いて……芸を褒められてしっぽを振る犬のようだなと、失礼なことを考えるファリドである。


 もっとも、フェレの肉料理が独特の風味を持っていることは、ファリドも十分承知している。羽をむしった鳥に丸ごと塩や香辛料をまぶし腹に香草を詰め、その周囲の空気の温度を魔術で上げてやるだけのシンプルな調理法なのだが、直火焼きとも蒸し焼きとも、炒め物とも違うその食感は、すっかり彼のお気に入りになっている。脂っこさも水っぽさも抑えられ、焦げることもなく、素材の旨さが純粋に堪能できるのだ。今日のメインは部族兵が狩ったキジに似る野鳥だが、引き締まった肉を噛み締めるたびに濃厚な汁が溢れてくる。


 もちろん、魔術でこのような繊細な熱量調整を為すことは、彼女しかできない業である。普通の魔術師が火魔術を使えば、あっという間に食材を炭に変えてしまうであろう。天性のものである抜群の魔力制御センスと、愛する男を喜ばせたいという執念のような想いが絶妙に絡み合い、このレベルまで到達させたのである。


 もともとは、冒険者として火の使えない隠密行動をすることが多かった二人である。そんな時にもファリドに暖かい食事を与えられないかと、フェレが真剣に悩んで編み出した調理法なのだが、結果として得られた風味は絶品であった。かくして今日のように堂々と野営できる環境であっても、ファリドに近い少数の者に振る舞う「特別なまかない」として、安定の仏頂面で「女神の料理」をこさえるフェレなのである。


「今日は少し香草の種類を変えたみたいだけど、これも美味しいな、ありがとうフェレ」


「……うん、工夫した。褒めて欲しい」


 そう言いながらいつも通り、その黒髪をこてんと男の胸に預けるフェレである。そしてその髪をファリドが柔らかく撫でれば、心地良さげにまぶたを閉じる猫のような仕草も、いつもと同じである。


「はい、いつまでもお二人の世界に浸っていたら、出発できませんよ!」


 そう言ってジト目のリリに引き離されてしまうのも、すでにお約束である。闇仕事をなりわいとする「ゴルガーンの一族」の彼女はファリドにも堅く忠誠を誓ってはいるが、それ以上に忠誠……というより崇拝しているフェレの愛が、彼一人に注がれるのを見るのが、面白くないのだ。


「娘よ、まあ良いではないか。今回の遠征はゆっくり街道をゆけばいいのだ、急ぐ必要もないだろう」


 シャープールがにやりと笑いつつ、リリをなだめる。


 彼の言う「ゆっくり行く」ことは、ファリドの戦略に合致するものである。今回の軍旅は、イスファハン西部に大軍を動員する余力が十分あることをテーベに見せ付け、無用な侵略を思い留まらせるためのものなのだ。焦らず、堂々と自軍の存在をアピールしながら進めば良い。敵にまともな戦略家がいれば、戦端を開くことをためらうであろう。あくまで一旦はあきらめる、と言う程度の効果であろうが。


「おそらく軍師の言う通り、このデモンストレーションでテーベの侵攻を避けることは出来るであろうな。だがその鋭鋒が代わりに向かうのは……」


「ああ、イスファハンより弱く、侵略に旨味のある国といえばおそらく……モスルだろう」


「……ギース様が」


 フェレがつぶやいたのは、彼女がギースと愛称で呼んだメフランギス妃が、今まさにその国に帰っているからである。好意に敏感なフェレは、自身を愛しんでくれるメフランギスにすっかり飼い慣らされ、あたかも姉のように慕っているのだ。


「……ねえ、リド……」


「うん、当然それも考えてる。同盟国たるモスルが危うき時は俺の判断で救え、と言うのがアミール……いや陛下のおっしゃったことだから」


 何やら仔犬のような眼で見上げてくるフェレに、つい優しく応えてしまうファリドだが、お人好しのアミールからそう言う命が下っていることは事実である。


「ふむ、いずれにしろ我々は名高いテーベのラクダ騎兵と一戦交えるわけだな。それは望むところだが……モスルと言う国は、救うべき価値のある国なのか? 聞くところによると腐敗が目立つと言うが」


「うん、シャープール殿の言われる通り、あの国の治政はいま、かなり微妙であることは確かだ。冷徹に判断したら、放っておいた方がいいのかも知れない……だけど、メフランギス妃の故国であり、百年来の同盟国であったこともまた事実なんだ。テーベがこれ以上勢力を拡大するのを認めるわけにもいかないし……今度ばかりは、共闘しないといけないと思うよ」


 ファリドの言葉に、小さなため息をつくシャープールであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ う〜ん。 やはりフェレは戦争よりも日常風景の方が似合う(*´ω`*) とはいえ、結局はまたアミールの思惑通りに便利屋扱いで戦争に駆り立てるのが何とも世知辛い…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ