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【完結】残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます  作者: 街のぶーらんじぇりー
第二章 アレフと第三王子
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飛行魔術(1)

 それは、副都に向かう途中の村で、暴兵を全滅させた直後の頃にさかのぼる。


 塩でこさえた妖精を舞わせて村の女達に生きる希望を与えたフェレは、夕食後のお茶を飲みながらも、塩粒でいろいろな造形を試しては空中に浮かせ、複雑な動きをさせる鍛錬をしていた。


 かつて自分でも「かくし芸」と自虐していた塩粒の小技であるが、使いようによっては多くの人を喜ばせ、救えることがわかったのだ。練習意欲もあがろうというものである。


 フェレの可愛らしい努力を微笑ましい思いで眺めていたファリドだが、彼女が飛び切り大型の蝶を浮かばせ、その翅をゆっくりはためかせた瞬間、脳裏に衝撃的なアイデアが閃いた。


「なあフェレ、試してみたいことがあるんだが?」


「……いいよ? 言ってみて?」


「その蝶の翅みたいに、塩粒で作った薄い膜みたいなものを、ここらへんで水平に浮かせてくれ。お茶を出すトレイくらいの大きさでいい」


「……そんな簡単なのでいいのか」


 瞬く間にファリドの眼前にすうっと塩粒が集まり、肩幅ほどの直径を持った円形の膜が形づくられる。しばらくその膜の様子をあちこちからためつすがめつ確認していた彼が、不思議な指示を出す。


「この膜にちょっと力を掛ける。動かさないように制御しておいてくれ」


「……うん」


 他人が見れば不可思議な命令でも、フェレがそれに対して疑問を呈することはない。ファリドの要求することには、全て意味があると信じている彼女なのだ。


 ファリドは、その膜を指で上から押してみる。それは押せば少しだけへこんだが、指を離せば弾力あるもののように元に戻る。うなずいた彼は、自分の飲みかけていたティーカップをとり、おもむろに宙に浮く膜の上に載せた。膜はほとんど沈み込むことなく、カップを支えて微動だにしない。


「どうだ? 何か違和感あるか?」


「……ううん、何ともない」


「よし、じゃあその膜を、左にゆっくり動かして見てくれ」


「……ん」


 塩の膜はカップを載せたまま、空中を水平に移動する。


「次は上に」「……ん」


「次は右だ」「……ん」


「俺の頭の上で、くるくる回してみな」「……ん」


 そして、ファリドの注文は全て実現された。彼は驚きを押し隠しつつ、ゆっくりとフェレに問いかける。


「なあフェレ。魔術学院では、念動ができなくてつまづいたと言ったな?」


「……うん」


「コーヒーカップすら動かせなかったって言ってたよな?」


「……うん」


「じゃあ、フェレが今動かしているものは、何だ?」


「…………」


 フェレの大きな眼がさらに大きく見開かれ、その視線は塩の膜に支えられているカップに釘付けになっている。そして彼女は恐る恐る「粒の集まりである膜」を、ファリドの指示なしで上下左右に動かし始める。もちろん、膜の動きにつれて、その上に載せられているカップが、自在に動く。いつしかフェレは、夢中になって「粒の集まりである膜の上に乗っかっているカップ」を操っていた。


「そうだ、フェレの念動は対象物が大きいと発動しない。だが、小さい『粒』ならどれだけ多くても操れるし、どんな無茶な動きだってできる。だから、こうやって『粒』の集まりで大きいものを支えるようにしてやれば、できるんじゃないかと思ったんだが……」


 そこまで説明したところで、ファリドは言葉を失ってしまった。彼の視界に、ラピスラズリの眼から止まることなく流れ落ちる透明な雫が、飛び込んできたからだ。


「……私にも、念動が……できたんだ。ずっとずっと……できなかったのに。これができなくて、学院にいられなくなったのに。できた……やっと、できたんだ」


 そしてフェレは弾かれたように立ち上がると、そのままファリドの胸に飛び込んできた。


「……リド、リド、リド……」


 ファリドがまとった麻布のシャツが、フェレの涙で濡らされていく。


「フェレ、落ち着いて……」


「……ありがと、ありがと……リド、大好き、大好き……」

 

 カップの念動は、フェレが学院から追放される原因となった魔術だ。いわば彼女が持ち続けていた、拭えない劣等感の根源である。


 だが、それをファリドは、あくまで「粒」を動かすことに発想を転換することで解決して見せた。十年来のトラウマだった問題をあっさり取り除いてくれたファリドの全能感が、フェレの中でいや増してしまったのは、無理からぬことである。


 いつもと違って盛り上がっているフェレの方から積極的に求めて、熱い口づけを交わす。若い二人がここで止められるわけもなく、ファリドはフェレの身体を柔らかく抱いて、寝具に押し倒す……いや、倒そうとした。


「うわっ、冷たっ!」


 気が付けば、これからその上で熱く大人の愛を交わす予定であった寝具は、小道具に使った塩と茶でぐちゃぐちゃになっていた。珍しく感情を爆発させたフェレが、その瞬間に魔術の制御を切ってしまったのだから、浮かせていたものが落ちるのは、当然と言えば当然である。


 無論、大人のあれこれは中止と相成る。生殺しのファリドは気の毒……いや、自業自得であろう。


そりゃ、大好きになるわな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ う〜ん。 久々のまったり回ですね。 まぁ、そんな中でもフェレのファリドに対する妄信は留まる事を知らず天元突破なわけですがきっと(笑) しかも、此れからしけ込…
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