動かぬ第三軍団
かくして、王太子を排すが如き不穏な動きは一掃された。要因は若手将校を中心とする野心と青臭い愛国心によるところが大きかったのだが、真の火元はそこではないことを、アミールを含む首脳陣は無論知っている。
「やはり、キルス兄の手の者が煽動していたんだね……」
「ああ。もはや軍事的に不利になったキルス派としたら、アミールと兄殿下を仲間割れさせることが、一番効果的な戦術だろうからな。ま、主だった煽動者は排除したから、まあ今後は大丈夫だろう」
アミールが、その眉に安堵の感情と同時に、苦悩も浮かべる。彼ももちろん「排除」の意味を知っているのだから。
「何人くらい……いたのかな?」
「意外に多かったな、四十人ちょっとだ。ほんのちょっと前まで敵として戦っていた連中をそっくり自軍に取り込んでいるのだから、ネズミがある程度潜り込んでくるのは、仕方ないだろうな」
「そうか……」
その四十人の運命については、あえて口にしないファリドである。煽動の声に気づいた頃すぐに、彼は闇の仕事を司るオーラン達「ゴルガーンの一族」に命じ、煽りの出どころはどこか、調査を続けていたのだ。一時のノリで煽動者に同調していた者は見逃すが、ある意図を持って声を上げていた者は、人知れず闇の中に消えてもらうことになる。それを為すのもオーランらが、得意とするところなのだから。
だが、自らに害なすそんな間者の死にすら胸を痛めるのが、お人好しのアミールなのだ。支える立場のファリドにしてみれば深くため息をつきたくなる時もあるが、この性格なかりせば、出撃した時二万だった軍がこの短時日に倍以上に膨らむことも、恐らくなかっただろう。もはや受け止めるしかないと、割り切る彼である。
「こうなると一日でも早く王太子殿下率いる第三軍団と合流したいところだが……まだ連絡はつかないのか、ちょっと遅いな」
「うん、なかなかうまくいかないんだよね。これだけ、距離があると……」
アミールが珍しく口ごもる。彼も第三軍団の行動に、疑問を抱き始めているのだ。
副都、三都という大都市をその版図に置く第三軍団が、遅れて王都へ進軍してくること自体は、予想通りの事象である。三都と王都を結ぶ直線上には険しきザルド山塊が聳え立っており、小規模の隊商や旅人ならば狭い峠を越えられるが、大軍を通すことはできない。国軍規模の軍団は三都を発した後大きく南に迂回して副都の軍を併せ、万全の体制で王都に向かうというのが常道である。急いでも二週間、慎重な指揮官なら一月をかける者も居よう。
しかしすでに王都で異変が起こってから二ケ月だ。いくらなんでも遅いのではないかと、多くの者が考え始めている。
「第三軍団主力は、副都にとどまったままみたいなんだよ。恐らく商人や冒険者から、我々がキルス兄を打ち破ったことは伝わっていると思うんだよね。それでもカイ兄が進軍してこないって、どう言うことなんだろう?」
「普通なら、考えにくいな。何か不測の事態が起こっていると思う」
「不測とは?」
問い返すアミールの眼に、不安の色が濃い。
「まず考えられるのは、第二軍団がすでに王都を囲んでいることを知った兄殿下が、アミールに王位への野望があるのではないかと疑っていること。だが、お前たち兄弟の親密さを考えると、この線は薄いんじゃないかと思うが」
「もちろんだよ! 僕は決してカイ兄に背かないし、兄さんだってそれをよく知ってる。兄さんが僕を疑うくらいだったら、太陽が東から昇ることすら疑うと思うよ!」
いつもになくムキになって反論するアミールの姿に、ファリドは頬を緩める。冷酷な青い血を引いて生まれた者の間にも、こんな無条件の信頼と親愛が育つこともあるのだと。
「あとは、動きたくても動けない状況があるとか。キルス派があちこちで破壊工作なんかを仕掛けていて対策に忙殺されているとか、兄殿下が病気で動けないとか……これも可能性は薄い気がするな」
「王都の外で自由に動ける第一軍団兵はせいぜい三千程度だから、工作といっても大したことはできないよね。カイ兄は自分が動けなかったら代理を立ててでもやるべきことを必ずやる人だから……病気の線もない気がする」
アミールは、自信なげに首を傾げる。
「そうなると最後の可能性は、第三軍団を現在掌握しているのが王太子ではないということ。そしてその指揮官はこっちの勢力に与する気がない……最も考えたくない絵だが、ありうることだ」
「そんな! それはカイ兄が殺されていると言うことなのか?」
「そうとも限らん。キルスに同調する者が王太子を拘束しているのかも知れん。いずれにしろ早くコンタクトする必要があるだろう」
ファリドの言葉に考え込むアミール。
ここから副都に至る領域は、兵力が減ったとはいえキルス派の勢力範囲だ。使いを出すといっても無事で通れる保証はない。
この領域を平定するために大軍を出すのは彼にとって、やりたくない行為である。勢力逆転したとはいえ、まだ王都に残る第一軍団は一万数千を擁しているのだ。彼らがこもっている王都に背を向けるのは論外だし、二正面作戦ができるほど圧倒的な戦力を持っているわけではない。王都をさっさと陥としてから副都に向かうのが常道だが、それをやってしまうと王太子カイヴァーンが健在であった場合に、アミールの立ち位置が微妙なものになってしまうだろう。
「う〜ん、やっぱりここは、ファリド兄さんにお願いするしかないと思うんだよね」
ーーーおい、やっぱり丸投げか!
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