887 無茶する光一とドクターストップ
地球:202X年11月11日
火星:1年6月3日
~ブリタニアの視点~
「ふふっ。ブリタニアさんも孝次さんもありがとう。さて、来たわ」
(ピンポーン)
「……失礼します。お二人に生体情報モニタを装着しに参りました」
「看護師長さん。何回もごめんなさいね。皆さんも。よろしくお願いするわ」
「いえいえ、我々の事はお気になさらずにです。我々に出来る事なら最大限、協力をさせてください」
「ありがとうね。先程、伝えたけど再確認ね。ナースステーションにある生体情報モニタ……セントラルモニタね。これで心電図等の情報を見ても構わないわ。こちらとしては、状況を把握してもらえるのは助かるの。だけど対応は不要よ。アラームが鳴るのが迷惑なら無効化して」
「イブさん。先程、申し上げた通りです。我々の事はお気になさらずにです。迷惑だなんてとんでもありません」
「そう。ありがとう。よろしくね」
「はい。承知しました」
「おっと、それじゃ僕は見ないようにするね。紗也華さんに怒られちゃうからね」
「あなたやっぱり良い人ね。紗也華、聞こえるー?安心してね。病院のスタッフさんも含め女性しか見ていないわ」
「お二人共、上半身を少し良いですか?ごめんなさい。失礼しますねー」
2人共、現在、前開きできるパジャマを着ている。
看護師さんなのかな?病院のスタッフさんが紗也華と光一の上のパジャマのぼたんを外そうとした時だ。
光一が首を横に振った。そして口が動いた!
「ごめ…ん……イブ…身内だけ……紗也華…にわりぃわ。病院の…かた……ごめん…ね」
「光一さん!聞こえているの?光一さん!聞こえているのなら頷くか返事をして!」
「光一!ブリタニアよ!疲れていると思うけど頑張って!」
「我が……愛する…………ブリタニア…イブも…………ごめんな……結婚…式……延期…して。む……りぽ」
「光一!諦めないで!延期しない!会話出来ているじゃないの!頑張って!」
「頼むよ……頑張って………いる。いるから……会話…出来てる……の。延期…………して。ね?僕は……紗也華と…会話してる」
「マズイ!心室細動よ!光一さん!光一さん!」
「……時間…ない。詳しく……は…紗也華から…………聞い…て」
「マズイ!マズイ!心静止!看護師長!光一さんの意思を尊重して、私達で生体情報モニタを装着するわ!ごめんなさい。後は任せて!」
「了解です!あなた達、急いで退室するわよ!」
病院のスタッフさん達は返事をすると部屋から出て行った。光一、なんで?
「……生命神だよ。早く心臓マッサージを!僕は見ないから!」
「ウィンドウがします!」
「なんで?光一は戻ったんじゃないの?」
「ブリタニアさん。光一くんはね。また無茶をしたんだよ。愛する妻の為にね。今、光一くんはボロボロだよ。僕はね。紗也華さんと会話をしているという言葉もだけど、この状態でブリタニアさんと会話をした事も信じられないよ」
「光一はボロボロなの?」
「魂の損傷が特に酷い。例えるならヒビが入りまくったガラス。少し触るだけで粉々に砕け散るよ。いや、フッて息を吹きかけるだけでそうなるかな?」
「そんな……何でなのよ」
「光一くんは頑張りすぎているんだよ。もうさ。コイツすぐに無茶をするから休ませてあげて」
「兄貴は相変わらず変わらないな。社畜で身体を壊しただけある。困ったヤツだよ」
「紗也華は?紗也華は大丈夫なの?」
「ブリタニアさん。紗也華さんは大丈夫だよ。安心して」
「そう。それなら良かったわ」
~約3分後~
「……心室細動だわ!イブお母さんお願い!」
「アクアオーラ分かったわ……ショックを行うわ。近付かないで!……ショック完了よ。アクアオーラお願いするわ」
「イブお母さん、ありがとう。心臓マッサージを再開するわね」
「うん、お願い」
~約1分後~
「反応を確認!」
「そうだね。アクアオーラさん、お疲れ様。僕の出番だ。服、直してあげて。緊急性はないから、焦らなくて良い」
「分かったわ」
アクアオーラが服を直すと、生命神さんが治療をした。
治療時間が長かったから本当にボロボロだったのね。
「皆、お疲れ様。後はよろしくね」
「生命神さん、対応ありがとう」
「良いんだよブリタニアさん。それじゃまたね~」
生命神さんは去って行った。
そして、ウィンドウとアクアオーラが協力をして、光一と紗也華に生体情報モニタを装着した。
この病院は医療機器もイブが管理しているみたいだ。だから深夜にイブが充電の為に不在になり、深夜に光一か紗也華に何かがあればイブはすぐに気付けるとの事。
だから、もう2度と無いとは思うけど、最悪、ウィンドウとアクアオーラに障害が同時に発生しても、イブが気付いて来るか、ナースステーションのスタッフにイブが連絡をして、対応可能になったらしい。
「ねぇ?イブ、結婚式だけどどうする?」
「そうね、ブリタニアさん。紗也華さんから話を聞きたいわ。紗也華さんが今日中に意識が戻るか分からないけどね。例え今日中に意識が戻っても今日は様子を見る事にする」
「分かったわ。皆の様子はどう?状況は伝えているの?」
「伝えているわ。殆どの子は不安と心配で眠れなかったみたい。疲れているわね。午後に大体5人ずつ様子を見に来る予定よ」
「そっか。そうね。眠れない気持ちも分かるわ。午後に来る件も了解。ぼたんは大丈夫?明日以降はどうするの?」
「ぼたんさんは頑張っているわ。だけど、はぁ……精神的に参っているわね。本人は明日以降、働くと言っているけど無理よ」
「藤咲ちゃんに代わってもらうのは?」
「それも考えたんだけどね。1日か2日ならそれで良いと思う。長期戦となると駄目よ。影武者だと発覚しかねないし、ぼたんさんは本当の意味で心が休まらないわ」
「今、ぼたんを呼べる?様子を知りたいわ」
「連れて来るわ」
「お願い。彩花もね」
「そうね。そうするわ。すぐに戻る」
そう言うとイブは天界に向かった。
「はぁ……そりゃそうよね。いつ意識が戻るか分からないというのが一番の不安材料だわ。あまり光一のいる所で言うと、また無理させそうだから言わないでいたんだけどね」
「まぁそうだね。本当に困ったヤツだよ」
「光一。聞こえるー?私が悪かったわ。ゆっくりで良い。だから無理しないでね。でも分かっていると思うけど、必ず戻って来るのよ?良いわね」
「……ただいま。戻って来たわ」
「おかえりなさい。ぼたん、それから彩花もよく来たわ。疲れているでしょ?」
「いえ、私はまだ大丈夫です。光一さん、紗也華!彩花です!来ましたよ!」
「……ブリタニア。私、中身はいい歳したオバサンなのに何やってんだろうね。頑張ったんだけどやっぱり駄目」
「彩花。本当の事を言って。あなた達、眠れなかったんじゃないの?」
「……そうですね。正直、心配で眠れませんでした。ぼたんさんも同じです」
「そう。ぼたん、年齢は関係ないわ。仕方ないわよ。眠れなかったから余計に心が弱っているの」
「うん。紗也華も心配だけどね。光一が……夫がね。意識不明で心臓が止まるというのがね。それも意識がいつ戻るか分からない。分からない事程、不安な事はないわ。私の心臓も止まりそうよ。ごめんなさい。2人がいる場で言う事ではないわよね」
「ぼたん、気持ちはよく分かるわ。私は孤独な状態でそれを経験したから今、こうしていられるだけなの。気持ちは分かる」
「ぼたんさん、ウィンドウも分かるわ。でも1つだけ覚えておいてほしいの。あなた1人だけじゃない。皆、同じ気持ち。仲間がいるの。それだけは忘れないで」
「うん。そうね」
「アクアオーラもよ。気持ちは痛いほど分かる。私からはね。もう1つ忘れないでほしい事がある。光一さんは必ず戻って来る。時間がかかるかもしれないけど、必ず戻って来るの。もう邪神はいない。妨害さえなければ光一さんは大丈夫」
「そうね。認識はしているわ。頭では分かっているけど、心がね……駄目なのよ」
「ぼたん、確認だけど明日以降の仕事はどうするの?」
「ブリタニア、私は働くわ。その方がもしかしたら気が紛れるかもしれないし、大統領としての職責があるから」
「ぼたん。よく聞いて。第一王妃として命令するわ。あなたも入院すべきよ。仕事は休みなさい!」
「そんな命令には従えないわ。私は大統領だから国民の為に働かなくてはいけないの」
「あなたね。国民と意識不明の家族、どちらの方が大切なの?」
「それは……家族だけども」
(ピンポーン)
ん?誰だろう?
「……失礼します。心療内科の佐藤美香と申します。皆様、よろしくお願いいたします。大統領、少しお話をさせていただけますか?」
「私?良いけど……あっ!ごめんなさい。佐藤先生よろしくね」
「私の事は美香とお呼びください。先生は不要です。研修医ですし」
「研修医なの?でも研修医も医師免許を取得しているし、先生だと思うけど?」
「研修医と言っても後期研修医です。うちの病院ではシニアレジデントと言っています。ご存知だと思いますが、医師免許を取得後、2年間、研修医として病院で実地の研修を受けます。これが終わると勤務医として働く事が可能です。しかし、更に3年間の研修を受け、専門分野を学ぶ研修医もいるんです」
「そうなの?それは知らなかったわ」
「はい。最初の2年を初期研修医。うちの病院ではレジデントと言っています。その後の3年は後期研修医と呼ばれています。シニアレジデントですね。まぁ簡単に言いますと、シニアレジデントの私はまだまだ新米なんです。本来ですと教授や准教授、助教が来るべきだと私は思いますが、イブさんが『女性にするように』とおっしゃったので私が来る事になりました」
「教授や准教授、助教は全員が男性なの?」
「はい。そうなんです。大統領、新米が来る事になり申し訳ありません。大変、恐れ多く思いながら頑張ってお話しています」
「謝る必要はないし、恐れ多く思う必要もないわ」
「ありがとうございます。それでですね。可能でしたら距離を縮めたくてですね。私の事を美香とお呼びください。先生はなしです。その代わり、ぼたんさんとお呼びしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「そういう事ね。分かったわ。美香さんよろしくね」
「私の事は呼び捨てで良いですよ」
「いえ、あなたはちゃんとした先生だわ。せめて『さん』と付けさせて」
「分かりました。ぼたんさん、改めてよろしくお願いいたします。早速ですが質問をさせていただきますね。正直にお答えください。嘘をついても分かりますからね。ぼたんさん、昨夜は眠れましたか?」
「はぁ。そういう事ね。イブ?あなたドクターストップをかけるように指示をしたんでしょ?美香さん、残念だわ」
「私はドクターストップをかけろなんて指示はしていないわ。職務可能かを確認してほしいとお願いしたの」
「ぼたんさん。落ち着いてください。私はそのような指示はされておりません。本当です。私は虚偽の診断や虚偽の診断書を作成する気はありません。職務可能な状態かを確認させてください」
「ごめんなさい。あなたに失礼な事を言ったわ。分かった。正直に答えるわね。昨夜は眠れなかったの。夫が心配でね」
「お気になさらないでください。私は平気ですから。そうですか。まったく寝ていない認識で合っています?今日は眠れそうですか?」
「美香さん。正直、一睡もできなかったの。今日も眠れそうにないわ」
「ぼたんさん。食事は摂れていますか?美味しく感じられているか教えてください」
「昨日はちゃんと食べたし、美味しく感じられたわ。でも今朝は食欲がなくてね。でも頑張って夫が好きなホットケーキを食べたわ。美味しく感じられなかったけどね」
「身体のダルさはどうですか?頭痛がするとか、胃が痛いとか何か症状があれば教えてください」
「寝ていないからね。ダルいわ。頭も胃も痛い。吐き気もする。後は肩こりかしら?めまいもするわね」
「ぼたんさん。心の調子はどうですか?不安感とか焦りとか、落ち込み等の症状がありますか?」
「特に朝から不安感や焦燥感、落ち込み、イライラの連続よ。もういっそ……ごめんなさい。気が狂いそうでつい。泣きたくなってきたわ」
「謝る必要はありませんよ。それだけ辛いんですよね。答えられる範囲で良いので仕事の様子を教えてください」
「仕事は大変だけど特に問題ないわ。人間関係もね。だから、もしかしたら気が紛れるかもしれないし、大統領としての職責があるから働くわ」
「そうですか。趣味はどうです?気が紛れるかと思いますが」
「趣味は読書、テレビや動画を観る事だけど……はぁそんな気分になれないわ」
美香さんは質問を続けていった。家族についてとか色々とね。
なにかしら?つい色々と話したくなる不思議な雰囲気のある女性ね。
そして質問が終わると雑談が始まった。面白い人だわ。
「おっと。つい話が長くなりましたね。失礼しました。ぼたんさん」
「良いわ。少し気が楽になったから。ありがとう。美香さん、何かしら?」
「少しでも気が楽になったのなら良かったです。ですが、ぼたんさん。あなたは今、うつ状態です。仕事が出来る状態にありません。今、あなたに必要なのは心身を休める事です。そして、光一さんと紗也華さんの傍にいる事です」
「いや、でも。仕事をしていた方が気が紛れるかもしれないし……」
「先程も申しましたが、仕事が出来る状態にありません。それにです。もしも気が紛れなかった時、ぼたんさんは耐えられますか?私は悪化する事を懸念しています」
「それは……でも私には職責があるの」
「ぼたんさん。何のために『副大統領が大統領代行として大統領職の権限と義務を遂行する』という規定が憲法にあると思っているの?自分の身体を大切にしなさい」
「しかし、イブ……」
「あのね?アメリカ合衆国は、大統領の大腸内視鏡検査を理由に一時的に副大統領が大統領代行になる事例が結構あるのよ。イギリスでは首相が病気になり、外務大臣が代行した事例があるわ。快復して執務復帰するまで約1カ月を要した。私に任せて休んで」
「マスコミに仮病だって叩かれるわ」
「それはあり得ないわね。憲法の条文を忘れた?『大統領が、その職務上の権限と義務の遂行が不可能であるという文書による申し立てを、参議院議長および衆議院議長に送付する時は、大統領がそれと反対の申し立てを文書により、それらの者に送付するまで、副大統領が大統領代行として大統領職の権限と義務を遂行する』となっているわ。診断書も一緒に提出すれば良いのよ」
「診断書が嘘の内容だと言われない?」
「ぼたんさん。公務員が職務を行うために設けられた場所に提出すべき診断書に、虚偽の記載をしたら虚偽診断書等作成罪になるんです。ですから私は診断書に虚偽の記載をしません。今回の場合は、場所ではなく議長に送付するものではありますが、法解釈次第では罪に問われる恐れがあります。マスコミにはそれを指摘し、あり得ないと言えば良いのではないでしょうか?」
「そもそも公務員である大統領が職務に関連して、虚偽の文書を作成したら、虚偽公文書作成罪になるわ。ぼたんさんも知っているでしょ?」
「そうだったわね」
「ぼたん!うるさい!私の命令も無視して、更に医師の指示まで無視するの?」
「分かったわ。美香さん。指示に従うわ。私はどうすれば良い?」
「ぼたんさん。入院してください。それから薬を1日3回服用してください。朝食と夕食と寝る前です。気分を落ち着かせる薬、意欲低下を改善する薬、不安や緊張を和らげる薬、熟睡できるようにする薬です。夜はしっかりと寝てください」
「でも光一は夜中に心臓が止まるかもしれないわ」
「それは眠れなくて当然です。すみません。やはり私はまだまだ未熟ですね。言い方を訂正します。『眠らなきゃ!』と思う必要はありません。眠れなくても焦ったり、不安になる必要はないんです」
「そうね。昨夜は変に寝なきゃって焦ってしまって逆効果だったわ」
「それですね。光一さんも紗也華さんも傍にいます。大丈夫です。安心してください。お二人はいつか意識が戻ります。光一さんも紗也華さんも、焦らずにゆっくりと休ませてあげてください。時々、手を握って声をかけてあげると良いかもしれませんね。お互い安心出来るのではないでしょうか?」
「分かったわ」
「最後にです。何かあれば気楽にいつでも私を呼んでください。すぐに来られないかもしれませんが、出来るだけすぐに来ますから。私はまだまだ未熟です。私以外でも構いません。男性でも良ければ私よりも優秀な医師はいますからね。教授を含め皆、穏やかな性格なのでご安心ください」
「いえ、私はあなたが良いわ。お言葉に甘えて何かあれば呼ぶわね」
「ありがとうございます。是非、お願いします。あっ!大切な事を忘れていました。最低でも1週間は入院してください。来週の同じ曜日にまた来ます。様子を見させてください。18日の木曜日ですね。都合の良い時間に私を呼んでください」
「そんなー。光一が明後日、退院可能になっても私は入院しないとなの?」
「はい。お大事にしてください。イブさん、他に心配な方はいますか?」
「いるけど大丈夫よ。本国のスタッフで対応可能だから。ぼたんさんは大統領という立場上、それが出来ないからお願いしたの」
「そうですか。質問等はありますか?」
「大丈夫かな?」
「それじゃ失礼します」
「美香さん、ありがとう」
「はい。ぼたんさん、お大事にしてください」
そう言うと美香さんは部屋から去って行った。





