表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

喫茶店「シエスタ」

作者: 空野太陽

フロアタイルを磨くようにしてモップをかけていく。ただただ無心に。かれこれ二時間ほど同じ作業をしているため、床はとっくに綺麗になっていた。木目調のタイルは鏡面のような艶を見せ、やや明かりを抑えた店内の様子をぼんやりと映している。

「…………おっと」

 尻が無垢材の机とぶつかる。いつの間にかカウンターのところまで戻って来ていた。十坪ほどのあまり広い店内ではないため、掃除なんてすぐに終わってしまう。今ので本日四回目の掃除だった。

モップで床を突くようにして、重ねた手の甲に顎を乗せる。足元に映る自分の顔を見下ろしたが、その不鮮明な像から表情は読めなかった。

 だが、自分が今どんな表情をしているかは分かっている。脱力するように溜息を吐きながら、視線を床から窓の外へと向ける。

「弱ったなぁ……」

 暗く淀んだ空から、途切れることなく雨が降っていた。

 地を打つ雨の音は大きな壁のような存在感を持っており、まるでその壁にこの店が閉じ込められたような錯覚に陥る。

いや、実際に閉じ込められてしまったのかもしれない。自分以外誰一人としていない店内を見回し、そんな妄想をしてしまう。

「普段から客が少ないとはいえ、まさかゼロ人とは……」

 また溜息を吐いて、もう今日は店を仕舞おうかと思ったその時、入り口のドアベルが慎ましく鳴った。慌てて姿勢を正しながら、入り口へと体を向ける。

「いらっしゃいま―――」

 言葉に詰まった。

「…………」

 十歳くらいだろうか。入り口に立っている少女は、この雨のせいか全身が濡れていた。薄い空色のワンピースが肌に張り付き、ところどころ透けている。

 彼女は何度か口をパクパクさせたが、すぐに口を噤んでしまう。それから小さなバッグからノートを取り出すが、雨に濡れたせいでぐしゃぐしゃになってしまっていた。

「………」

 困り果てた様子で、こちらを見る。

「えぇっと……。紙がいるのかな?」

 そう言うと、彼女はふんふんと首を縦に振る。裏からメモ用紙を取って来て、ついでにボールペンも渡す。

 彼女は覚束ない手つきで何事かを書き、その文字をこちらに向けた

『泊めてください』

「…………………ん?」         

これが、彼女との出会いだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ