幼き日々3
あの火事の夜の次の日、ユナは騎士達の陣地のテント内の、簡易的ではあるが、寝心地の良い布団に寝かされていた。
「…ん…此処は…」
「やあお嬢さん…目は覚めたかい?」
そう優しく問いかけたのは、布団の側に正座をしている、神秘的な輝きを放つ法衣に身を包んだ老人だ。
「は…え…あ…はい…」
起きて突然声を掛けられた事に驚いたのか、何とも気の抜けた返事をユナはした。
「そ、そうだ…シスターは…みんなは…お兄ちゃんは…」
「…残念だけど、シスターと幾人かの子供、そして騎士達は殺されてしまったよ…あの化け物にね」
「化け物…」
「黒い何かさ」
其の単語を聞いた瞬間、ユナの目つきが、一気に鋭くなった。
「…ふぅー…ふぅー…」
火事の夜の事を思い出して来たのか、ユナは怒りがふつふつと湧いて来た。声にならない叫びと言うものか。唇を噛みながら、体を震わせ、布団のシーツを握り締めた。
「…あの黒い何かは…」
「逃げられてしまったよ…神託を受けて事前に察知していたのにも関わらず…本当に申し訳無い…」
そう言うと老人は深々と頭を下げた。
「…えーと…其の…お爺さんが謝る事じゃありません…助けて頂いた事に、感謝の気持ちで一杯です…」
此れはユナの紛れも無い本心だ。兄に教えられた事では無く、心の底から思ってる事だ。
「そう言って貰えると助かるよお嬢さん。死んでいった騎士達も、お嬢さんの様な優しい子を守れて、本望だっただろうね…」
「…」
ユナは今、其の騎士達への申し訳無さで一杯だ。私なんかを守る為に死なせちゃった、と…
「…お嬢さん…お嬢さんは本当に優しい子だね。そんなに悲しい顔をするなんて。けど、誰かを守るのが騎士なんだよ。死んでも守れたなら、其れが騎士達にとっては最高の事なんだ。だから、そんなに悲しい顔をしてたら、騎士達も天国に行けなくなっちゃうじゃないか…一言、ありがとうと言えば良いんだよ」
「…ありがとうございます…騎士様方…」
ユナは震えた声でそう言った。
「…其れで…私達は此れからどうなるんですか?」
「お嬢さん達は、このまま私達と一緒に聖都アルターに向かうんだよ」
「…聖都アルター…主神アルター様と同じ名前…」
「自己紹介が遅れたね。私の名前はピーヨップ。アルター教の教皇を任されてる者だよ」
「きょ、教皇様?!」
ユナはかなり前に、マリーナから、教皇様や聖女様がどれだけ偉大な人柄かを聞いたことがある。まさか目の前に居る人物がそうだとは思いもしなかった。
「ご、御免なさい!」
何を謝ってるのかは分からないが、謝らないといけないと思ったのだろう。そう言ってユナは頭を下げた。布団から出てこないのがまた子供らしい。
「謝る事なんか無いよ。私なんて、教皇と言う座が無ければ、タダの年寄りだからね」
「そ、そんな事ありません!教皇様は偉大な方だって、シスターから聞きました!」
「…そうか。こんな年寄りを偉大だと思ってくれててありがとうね」
そう言ってユナは頭を撫でられた。
「わ、私はもう大丈夫なので、他のみんなの所に行ってあげて下さい!教皇様に頼み事なんか出来ないって分かってますけど…けど!一度で良いから会って下さい!みんな教皇様が偉大な方だって信じてますから!」
「ほっほっほっ。其れは良かった。では、私は此れにて失礼するよお嬢さん」
「有難うございました!」
教皇が出て行くと、ユナは呼吸を整える様に深呼吸した。そんなに偉い人と会えると思ってなかったからだろう。
呼吸を整えたら側に置いてあった、ヒビが入った黒い笛を握り締め、布団から出て、テントから出た。テクテクと歩いて行く其の様に、騎士達も微笑みを浮かべてる。そんな事には気付かず、ユナは陣地内を歩き回った。もしかしたら、本当にもしかしたら兄が居るかも知れないと言う、淡い期待を込めながら。
兄なら必ず生きてる筈だと。色々なテントを探し回り、みんなが居る所にも行ったが、結局兄は見つからなかった。
見つからなかった事がトドメとなり、ユイナは陣地の中でポツンと立ち、俯きながら大粒の涙を流し始めた。兄が本当に死んでしまったと言う現実を、無残にも突き付けられたと同時に、やっと実感が湧いたのだ。声は出てなくても、耳を澄ませば、涙の落ちる音と、鼻をすする音が聞こえる。
「1人は嫌だよう…お兄ちゃん…」
いつもはそう呟けば、自分の名前を呼ぶ、兄の声が聞こえてくる。が、聞こえてくるのは騎士達の甲冑が擦れる音と話し声だけ。どんなに耳を澄ませても、兄の声は聞こえない。
「お兄ちゃん…お兄ちゃん…」
お兄ちゃんと呟く毎に、涙の量は増えて行く。試しに握り締めていた笛を吹こうとしたら、ヒビが入ってる事に気が付いた。
「…お兄ちゃん…」
そんな事は構わないと、笛にふうふうと息を吹き込んだ。が、相変わらず音は出ない。其れどころか、少し空気が抜けてる様な音が出てる。もはや笛としては機能してこなくなってきている。
「…嫌だ…1人なんて嫌だ…」
助けを求める様に何度もそう呟くが、今度は騎士達が居心地悪そうにその場を離れていった。相変わらず兄の声は聞こえない。騎士達が居なくなったせいで、1人と言う事実はより明らかな物となった。
「…」
不意に、ユナは後ろからそっと抱かれた。
「寂しいよね…私も分かる…1人だけになった時、どれだけ心細いか…よーく分かるよ…」
そうユナに語り掛けたのは、1人の女騎士だ。藍色の髪と目を持ち、鎧は脱いで、動き易い服装をしてる、胸が大きい女騎士だ。ユナの姿を見ていてもたっても居られなくなった様子でユナを後ろからそっと抱きしめた。
「私も、家族を全員殺された。だから、お嬢ちゃんの気持ちは痛い程分かる…けど、泣いちゃったらダメ。泣いちゃったら、其のお兄さんは、安心して旅立てないからね」
普通の子供なら、其の言葉で泣くのをやめるだろう。が、ユナは其の言葉に納得出来なかった。
「嫌だ!行っちゃ嫌だ!私が泣くと行けなくなるんだったら、ずっと泣くもん!」
「…」
「お兄ちゃんは何時迄も私の側に居るの!絶対行かせなんかしない!ずっと…ずーーーーーーっと一緒だもん!」
「…本当に…お兄さんが好きだったんだね…」
「お兄ちゃんは途中で何かを止める事はしないんだもん!やると決めたらやる…そんな凄いお兄ちゃんなんだもん!約束は絶対に破ら無いんだもん!だって約束したもん!何時迄も側に居るって!偶には何処かに行っちゃうかも知れないけど、絶対に側に居るって約束してくれたもん!」
下を向きながらも、其の声は周りに良く響いてる。此の声を聞いた騎士達は、自身が少女の周りから去ってしまった事が追い討ちを掛けてしまったと気付き、罪悪感を覚えた。
「だから離して!きっとまだ何処かにお兄ちゃんは居る!絶対に居るんだもん!」
「…自分にとって最も大事な人は、何時迄も居るって、そう思っちゃうのが、人間なの。けど、もう、お兄さんは居ない。其れは事実よ…」
「嫌だ!嫌だ!」
女騎士はユナを自分の方に向けさせこう言った。
「苦しいかも知れないけど…!受け入れるしか無いわ…!お兄さんは死んじゃったかも知れないけど、お嬢ちゃんの心の中でお兄さんは生き続けてるわ!お嬢ちゃんがお兄さんの事を忘れない限り、お兄さんはずっと生き続ける!」
「…本当?」
「ええ。私も、家族の事は一瞬たりとも忘れた事は無いわ。だから、私の家族は私の心の中で生きてる」
「…嘘だったら?」
「そうねえ…」
女騎士はユナの小指を自身の小指と結んだ。
「え?え?」
「指切りゲンマン嘘付いたらハリセンボン飲ーます♪指切った♪」
ユナの方はポカンとしてる。
「私の住んでた所で、約束する時に必ずやるおまじないよ。もし嘘を付いたら、針を千本飲ましてやるってね」
「…あはは…指切りゲンマン…お兄ちゃんとしとけばよかった…」
「…大丈夫だからね」
「…最後に…本当に最後に…泣いて良い?」
「…良いわよ」
ユナは女騎士の胸に顔を潜らせた。
「お兄ちゃん…お兄ちゃん…今まで…わがままを聞いてくれてありがとう…苦しい時、いつも側に居てくれてありがとう…わがままばかり言ってごめん…迷惑ばかり掛けてごめん…最後まで…悪い妹で…ごめん…うっ…うっ…グス…エグッ…ヒッグ…」
「(…本当に優しいお兄さんだったようね…兄の事でこんなにも泣けるなんて…最高のお兄さんじゃ無い…)…私も、お嬢ちゃんが持ってたお兄ちゃんが欲しかったな〜…」
不意につぶやいた其の言葉は、ユナの気持ちを回復させる大きなきっかけとなった。
「其れはダメ!お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんだもん!」
一瞬で何時もの…とは言えないが、其れなりの調子に戻った。
「あらら…残念ね」
「…えへへへ…」
最後に少し、照れ臭そうにユナは頭を掻いた。他の人に欲しいと言われる程、兄は凄い人だったと思ったからだ。
「もう大丈夫そうね。ごめんねお嬢ちゃん。そろそろ行かなくちゃいけないの」
「お姉さんこそ、私の為に時間を使ってくれてありがとう!」
ユナは笑顔で女騎士にそう答えた。
「…良い子ねー!このまま会議さぼっちゃおっか!」
お姉さんと呼ばれた事が余程嬉しかっなのか、ユナの頭を撫でながら、地味にとんでもない事を女騎士は口にした。
「さぼっちゃったらダメだよお姉さん!サボりは1番いけない事なんだからね!」
此の辺りは、小さい頃にマリーナに言われた事を忠実に守ってる。
「えー!こんなに可愛い子を1人で置いて行くなんて、お姉さん嫌よ!」
「わがまま言っちゃダメなの!メ!」
「可愛いーーー!!!」
実は此の女騎士…此の騎士団の団長なのだ。何時もは騎士達の前でとても厳しく、頼りになるのだが…此れを見せられると首を傾げざるを得ない。
微笑ましい光景ではあるのだが。
後に、此の出来事は騎士団の間で広まり、何かに遅れた時は、泣いてる子供を宥めてたと言えば、軽めの処罰で済むと言う、根も葉もない噂が広がるのだが…其れはまた別の話。
「もう!良い?知らないおじさんに声を掛けられても、ついて行っちゃダメだからね!今はテントの中でゆっくりしてなさい。いざと言う時は…ねえ?」
彼女が周りに視線を送ると、騎士達は目を逸らした。
「?如何したの?」
純粋なユナには、彼女が何をしたのか分からなかった様だ。
「大人のやり取りよ。其れじゃあ、また後でね」
そう言うと彼女は去って行った。
「…ん!」
ユナは頬を両手で叩いた。
「…お兄ちゃん。空の上から見ててね。私…色々な人達を助けたい。もう誰も、私達みたいな思いをしなくて済む様に、私が頑張る。お兄ちゃんが私の為に強くなろうとしたみたいに、私も強くなって、色々な人達の為に頑張る。お兄ちゃんとの、一生の約束だよ」
そう言うとユナは笛をもう一度吹いた。相変わらず空気が抜けてる音がするが、耳を澄ませば、其の中から、本当に、本当に小さいが、綺麗な音が聞こえてくる。其れが何を意味するのかは定かでは無い。が、少なくとも、悲しい意味が寸分たりとも含まれていなかった事は確かだ。
其の後、騎士団に保護されながらユナ達は十何日も掛け、聖都アルターが見える位置まで来た。
「あ!お姉さん!」
ユナが女騎士…正確には女団長に話しかけた。
「見えて来たよ。アレが聖都アルターさ」
「大きくてなんかピカピカしてるね!」
「あれがシスターの言ってた、大都市って奴じゃないか?」
「よくぞ言った!偉いぞ少年!聖都アルターは此の大陸で最も栄えてる大都市の一つなんだ!食べ物も美味しいぞ!」
騎士の1人がそう1人の少年に教えた。
「ステーキとかもあるの?!」
「勿論!」
「サンドウィッチは?!」
「あるに決まってる!」
「よっし!」
ステーキ好きの少年とサンドウィッチ好きの少女が同時に感激の声を上げた。
「けど、お金を持ってないと食べられないけどな」
「オカネ?」
「ああ。ほれ。此の7枚の硬貨がお金だ」
騎士の手のひらには、銭貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨があった。
「此のキラキラして無いのが銭貨。此の茶色の物は銅貨と大銅貨。俺達が来てる鎧の色をしてるのが、銀貨と大銀貨。そして、目を奪われるのが、金貨と大金貨だ」
「へえー…」
「銭貨百枚で銅貨一枚。銅貨十枚で大銅貨一枚。大銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で大銀貨一枚。大銀貨十枚で金貨一枚。金貨十枚で大金貨一枚だ」
さらにその上は、大金貨十枚で白金貨一枚、白金貨一万枚で光金貨一枚となる。白金貨や光金貨レベルになると、庶民や爵位の低い貴族では到底お目にかからない代物となる。
「????」
2人はポカンとしてる。
「…まあ、彼処に着いたら計算を教えてやるよ」
「勉強やだなぁ…」
「ヤダヤダ言うな。計算出来たらモテるぞ?」
「是非とも教えてくれ!」
何ともちょろい少年である。だがしかし、今迄はカイザーが女子達の間では大人気で、自分達は蚊帳の外と言った空気があった。なら、少しでもモテるチャンスがあるならば、藁にも縋る思いで掴むだろう。そう…モテたいが為に。
「さ!あと少しよ!」
「おお!!!」
女団長の掛け声に、子供達は返事をした。其れから1時間して都市の前に着いた。子供達は騎士達の近くで待機し、手続きは女団長が済ませ、都市の中に入った。そうしてユナ達の目に飛び込んで来たのは、立派な大聖堂や高い建造物、沢山の人々に、沢山の屋台、活気に満ち溢れた大通りだ。今迄見た事もない物達が、ユナ達を圧倒し、興奮させた。
「す、凄い…」
「凄いでしょお嬢ちゃん?みんな、アルター様の御加護を得る為に此処に居るのよ」
「ア、アルター様も大変ですね…こんなに沢山の人達と会わないといけないなんて…」
ユナにとっては、神と言うのが凄い何かだとは分かるが、具体的には分からない為に、此の様な言葉が出たのだろう。
「違うわよ。アルター様は神様。神様が私達人間と会う訳じゃないの」
「え?会って話してみないと、其の人の性格が分からないじゃ無いですか」
「神様は人を見るだけで、其の人がどんな人かを理解するの。そうして、加護を与えるに相応しい者に、其の御加護をお与えになるの」
「えー?!神様って凄いんですね!」
「そうよ。逆に、悪い人にはきつーい罰をお与えになるけどね」
「あはは…怖いですね…」
「怖い?よしよし」
若干からかうように女団長はユナの頭をポンポンと叩いた。
「む!怖くなんか無いです!」
子供扱いされるのが嫌なユナであった。
「そう?ゴメンね。ちょっと待ってて」
女団長は近くの屋台から甘い飲み物を買って来た。
「はい。御礼に、リンゴのジュースよ」
「わあ!リンゴが水になっちゃってる!」
「リンゴを絞ると水が出るのよ?」
「いただきまーす!」
ユナは半ば話を聞かずにゴクゴクとジュースを飲んだ。
「ぷは!美味しい!」
「うふふ。やっぱり子供ね」
意地の悪そうな表情を浮かべながら、女団長はそう言った。
「あ!卑怯です!」
引っ掛けられた事に気付いたのか、大きく頬を膨らませてユナは怒った。プンスカ怒る其の様子からは、何処か幼さが感じられ、通行人達の表情を緩くする。
「もう!本当に可愛いわね!もっと膨れちゃっても良いのよ!」
ユナに抱き付いて、自分の頬をユナの頬にくっ付けてスリスリしてるのを見ると、やはり此れは団長か?と思ってしまう。元々、妹や弟の類が居なかった女団長だ。こうして自分を慕ってくれるユナは、実の妹の様に思えるのだろう。これでもかと言うくらい可愛がってる。最も、此れを何処かの妹バカの兄が知ったら、猛ダッシュで間に入って、接触させない様にするだろうが。
「やめて下さいー!」
「そんなに遠慮しないで!」
「シャロン様。みっともないのでやめて下さい」
女団長の名前はシャロンと言うらしい。
「げ…シュゲール…」
そしてシャロンに声を掛けたのはシュゲールと言う男で、シャロンの右腕だ。
「げ、とは何ですか。我々聖騎士隊の名に相応しい、節度ある行動を心掛けて下さい」
「こんな可愛い子の前で、そんなことできないわよねー?」
如何やら、公の場では頼りになる雰囲気を出してるが、プライベートでは何時もこんな感じらしい。と言うか、シャロンとしては、こうして息抜きをしてる訳だが。
「しっかりとしたお姉さんも見てみたい!」
純粋なユナには、シャロンの密かなる思いは伝わらなかった。
「そ、そう?」
だが、此処でユナの要望を聞かない訳にはいかない。お姉さんとしてユナに見られたい団長としては、引き下がる訳には行かなかった。
「行くわよユナ。此処から見える大聖堂で、騎士達がユナ達を守ってくれるからね」
「お姉さんカッコいい!」
ユナは目をキラキラさせてそう言った。
「やっぱり良い子ねー!」
「カッコ悪ーい」
「着いて来なさい。キチンと守ってあげるから」
恐るべき切り替えの速さだ。其れを見たシュゲールが、此の手は使えるな、と考え、シャロンの態度が崩れそうになる度に、此れをダシにしようと考えて黒い笑顔を浮かべてたのは、また別の話だ。
シャロンを先頭に、子供達は騎士達の馬に乗せられ、教皇は馬車の中に居て、一行は大聖堂へと着いた。道中、教皇様に一目でいいから会いたいと言う民衆が押し掛けて来たが、聖騎士隊の者達が今日は無理だと伝えると、仕方無いかと道を開ける辺り、教皇の人柄の良さが窺える。
大聖堂に着くと、ユナ達は客人を泊める建物に案内され、大勢が入れる部屋へと入れられた。14人の子供達が入るには充分な広さの部屋だ。
ベッドはフカフカで、ユナ達はベッドの上で跳ねたりしてる。まだまだ子供だ。そうしてその日は夕食を食べ、そのまま寝た。何人かは、シスターの名を寝言で言ってたが。
翌日…子供達が大聖堂の一角に集められた。前方には巨大な天使像がある。シャロンやシュゲール、そして教皇も居る。最初に口を開いたのはユナだ。
「すみません…此れから何をするんですか?」
誰もが思ってた事だ。
「なに。此れからお嬢さん達に職業を授かるんだ」
答えたのはシュゲールだ。
「職業?」
「職業とは、其の人の人生とでも言おうかな」
「えー…」
「職業は神様方が授けて下さる。きっと、みんなに合った職業を授けて下さるだろうね」
「…一個だけ質問があります」
「どうぞお嬢さん」
「職業って…授かったら変えられないんですか?」
「そうだよ。神様から貰った物を捨てるのはよく無いからね。ああ。けど安心して良いよ。転職は出来ないけど、上位職に参加する事は出来るよ」
「上位職?」
「レベルが高い職業の事だね」
「わ、分かりました…」
「じゃあ、年齢が高い順で行こうか」
職業の授かり方としては、天使像に祈りを捧げる事だ。無職の者がそれをすると、職業を授かるのだ。
そうして授けられた職業は多種多様だ。戦士や魔法使い、狩人、木こり、農民、手芸者、芸者、料理人など様々だ。そうして、ユナの番が来た。
「…不安かい?」
シャロンがそう問い掛けた。
「ま、まあ…」
人生が決まってしまうのだ。不安がっても仕方ない。
「安心しなさい。ユナちゃんみたいな優しい子を、アルター様が見放す訳が無いからね」
「そうだと良いんですけど…」
少し不安を抱えながらも、祈りを捧げた。すると、ユナが白い神秘的な光に包まれた。流石に此れには、教皇も驚いた。
「こ、此れは…」
其の光は10秒程で消えた。
「…あ、あの…」
「…ユナちゃん」
シャロンが深刻そうな顔でユナに話し掛けた。
「ど、如何したのお姉さん?」
「…ユナちゃんの職業は…」
「…」
何か本当に酷い職業を受けてしまったのかと思い、ユナは思わず強張っている。
「…勇者よ」
「…へ?」