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光と闇 〜終わりの始まり〜  作者: シラス王
学園編
32/34

学園編① 〜 編入〜 紅の工房

 「ようこそ。私の工房『渡り鳥の寝床』へ」


 キエラは一見普通の一軒家にしか見えない家を指差しながら、胸を張ってメリカに言う。

 しかしメリカはといえば、心なしか少し落胆している様に見える。


 「これが工房…?なんか想像と全然違うんだけど…」

 「こ〜〜〜れだからガキはダメなのよね。この普通の家にしか見えない建物の中に夢のような工房がある、って考えられないかねぇ」

 「第一印象って知ってる?」


 キエラはやれやれと首を振り、メリカは冷静にツッコミを入れる。

 中々に的確であるメリカのツッコミに、キエラは難色を示した…訳でなく、深いため息を吐いた。


 「表面しか見れないのがガキって言ってんのよ」

 「見れない物は見れないからしょうがないじゃ無い」

 「しょうがないで済ませるんじゃ無いわよ。成長ってもんを知りな、成長を」

 「私からすれば成長してないのはアンタなんだけど」

 「少なくとも目の前のお子様よりは大人な自信があるよ」

 「うっわ。基準低いわね」

 「一々揚げ足をとろうとするのがガキって言ってんのよ」

 「揚げ足とって何が悪いのよ」

 「コレだからガキは…成長ってもんを知りな、成長を」


 結局2人の会話は振り出しに戻ってきてしまった。


 「ウホ」


 突如、その場にこれでもかと言う程に似つかわしく無い声が響く。驚いたメリカがガバッと声のした方向に顔を向けると、ゴリラが一頭、キエラの家の中から顔だけをひょっこりと出していた。


 「?????」

 「何で出て来てんの、晩飯は作ったの???」

 「ウホ」

 「じゃあ道具の手入れは?」

 「ウホウホ」

 

 現在、メリカの頭の中は?で埋め尽くされている。当たり前だ。家の中にゴリラがいる事自体尋常ならざる事態だが、キエラとゴリラとで会話が成り立っているというのも中々に理解できない事態だ。


 「な、な、な、」

 「だからって出て来る事はないでしょうに」

 「ウホ…」

 「そう落ち込まないで。分かった。今度アンタの好きなセロリとブロッコリーを…」

 「ちょっと待ちなさい!!!何普通に話を進めてるのよ!!」

 「五月蝿いわね。何かおかしいの?」

 

 キエラはメリカを可哀想なモノを見る目で見つめる。余程常識のない子供だと思っているようにさえ感じる。しかしこの状況、メリカの反応は間違いでは無い。


 「おかしいことしかないわよ!なんで家からゴリラが出てきてんのよ!」

 「私のペットだからよ」


 そんな事も分らないのかと、キエラはため息を吐く。


 「ペットだとして何で会話が通じてるのよ!」

 「数年一緒にいりゃあ、それとなく分かるのよ、少なくとも私の場合は」


 その程度も分からないのかと、キエラはゴリラと顔を見合わせる。


 「数年一緒にいるペットに家事やらせてるって訳?!」

 「まあね。働かざる者食うべからず、って奴よね〜」


 そういうキエラに、ゴリラは唾を吐く。


 「何すんのよ!」

 「ウホ!ウホホホ!」


 続けざまにゴリラは唾を吐く。


 「お前も働けって?分かってないわねぇ。私は魔道具作りが仕事なの」

 「ウホ」


 ゴリラはどこから出したのかホウキと塵取りをキエラに差し出し、キエラの顔を睨みつける。


 「黙りな。アンタの餌代稼いでるのは誰だと思ってるわけ。家事なんて面倒臭い事をしたら、魔道具作りの腕がなまっちまうよ」

 「要するにサボりたいだけでしょ」

 「ウホウホ」


 冷静で的確なツッコミを入れるメリカに、ゴリラは腕を組んでうんうんと頷く。メリカとこのゴリラ、中々気が合いそうだ。


 「お黙り。あんまり生意気言ってるとお目当ての品は渡さないし、晩飯抜きにするわよ」

 「ちょっと!横暴よ!」

 「ウホホ!」

 「だったら文句垂れんじゃないわ」


 なんと言う暴君っぷりか。納得いかずギャアギャア言う1人と1匹を他所に、キエラはとっとと工房に入ってしまった。

 キエラが入ってしまったことで、工房の前に残された1人と1匹は互いに顔を見合わせ、ため息を吐いた後に互いの肩を軽く叩く。


 「アンタ、あんなのが主人で大変ね。あと肩痛い」

 「ウホホ、ウホ」

 「聞こえてるってこと忘れてるわね。私の気が変わらないうちにさっさと入るのが賢い判断よ」

 「はいはい、悪かったわね」


 内心凄く嫌であったが、メリカは致し方なしと工房の扉を潜る。しかしそんな気持ちを、メリカはすぐに忘れることになった。

 工房へ入ったメリカは思わず足を止め、室内を見渡す。

 材料の大きさ・性質・形状に応じた切断用の道具や設備、大小・形状が様々な無数の透明な容器、今は空の大釜、壁にかけられた十数本の三者三様の杖たち、棚に並べられた数多くの魔石、箱に無造作に詰められた大小様々なモンスターの牙・角・鱗や革、樽に詰められた様々な鉱石、瓶に入れられた葉や枝、極僅かに生活感を出すキッチンがメリカの目に飛び込んだ。


 「アンタ…ちゃんと職人なのね」

 「今まではなんだと思ってたわけよ」

 「横暴ババア」

 「本人を前にして涼しい表情で言うお前さんは将来大物になりそうだね」


 そして何よりもメリカの目を惹いたのは、大人1人分が寝転がっても頭と足の先にゆとりを持てる程度の直径の円を底面に、大人の腰ほどまでの高さを持つ円柱状に切り出された半透明の結晶と、その頂上面に彫られた緑色に光る円状の魔法陣だった。


 「コレ…」

 「お。それに目をつけたかい。ガキだと思ってたけど、中々どうしてお目が高いじゃない。この魔法陣は私の特製なんだけど、塗料に魔力伝導性と魔力保持性が一番高くてちょうど良くなるように独自に調合したやつを使ってんのよ」

 「へ〜」

 「分かってないわね?」

 「伝導性は良いとして、保持性って何よ」


 メリカの問いを受け、キエラは近くにあった板を一枚手に持ち、ナイフで太い切り込み線と細い切り込み線を一本ずつ入れた。


 「魔道具ってのは一朝一夕じゃ作れないわ。材料の仕込みは周りの道具でやるとして、作るには全部その台の上でやる。あと、作る時には魔力を使う」

 「そんなの誰でも知ってるわよ」

 「知ってなきゃ困るわ。で、魔力ってのはよく水に例えられるんだけど、この板にある2本の線に一方からもう一方へ同じ量の水を流したとしましょうか。どっちの方が早く全部流れる?」

 「太い方に決まってるわ」

 「ま、そうだろうね。けど早く流れる分、効果は一瞬。魔道具作りでコレほど不便な事は無い」


 そういうとキエラは板をゴミ箱に向かって投げ入れる。


 「意味がわからないわ。つまりどう言うこと?」

 「一瞬だけ早くまわる水車と、ずっと遅く回る水車。どっちの方が便利かしらね〜」


 当然後者である。メリカはそこでハッと気が付いた。


 「じゃあ、あの魔法陣で作業してる時に魔力を魔法陣に流して、魔道具を丁度良いスピードで組み立てる、ってこと?」

 「まあ正解に近いわね。丁度良いスピードってのがキモよ〜」


 キエラは棚から魔石を一つ、樽に入っていた鉱石を一つ無造作に手に取る。


 「魔道具作りってのは魔石と別の物質を組み合わせて色々な物を作ること。魔石ってのは魔力の塊なのよね。元を辿れば魔力だから、物質とは全く違う代物。全く違うもの同士を組み合わせるわけだから、まずは馴染ませるのに時間が掛かる。じゃあ時間ばかり掛ければ良いのかって思うかも知れないけど、何事にも適度ってのがあるわ」


 今度はキッチンから茶葉を取り出した。


 「コレに1時間ごとに一滴の水を垂らしてもすぐに乾いて殆ど影響はない。だけどコレを滝に突っ込んだら多分一瞬で散り散りになってティータイムなんて言ってられなくなるでしょうね」


 と、このタイミングでゴリラが2人にお茶を持ってくる。


 「ありがと」

 「魔道具作りはお茶を淹れるのと同じ。適度な水分量、適度な温度、適度な時間でやらなきゃ、出来上がるのは変な味の褐色の液体なの」


 そう締めくくると、キエラはお茶を一口飲む。


 「おい。なんかぬるいし薄味なんだけどコレはどう言うこと。何度言えばアンタはわかるの」

 「ウホォ…」


 ゴリラは萎れた茄子のようになってしまった。


 「とま、魔道具作りに関する講釈は以上。で、この魔法陣は私が一番作業しやすいように調節した優れものなの」


 そう言うキエラは文字通り胸を張る。そしてゴリラにお玉を投げられる。


 「何すんの!」

 「ウホ」

 「さっきも似たようなことを言ってた?バカね。さっきまでは材料の話。ここからは魔法陣そのものの構造を…」

 「ウホウホ」

 「ああ、懐かしいね。職人にこの魔法陣彫れって注文してブチギレられたのよね〜」

 「本当に何やってんのよ」

 「ま、今となっては気持ちは分からなくもないわ。この台、ミスリル製だもんね〜」

 「ウホホ」


 キエラは台を軽く叩いて苦笑いし、ゴリラもウンウンと頷く。

 そんな当事者達を他所に、メリカは1人ティーカップを口に付けたまま凍り付いていた。


 「……」

 「ん?お〜い。メリカお嬢ちゃ〜ん?」

 「ウホホ〜?」

 「アンタの淹れた紅茶が不味すぎて止まっちゃったよ」

 「ウホ」

 「いや、美味すぎるから?寝言は寝てから…」


 1人と1匹がメリカの顔を覗き込んで話していると、メリカは盛大に口に含んでいた紅茶を1人と1匹の顔に吹き出す。


 「いやあああああああ!!!」

 「ウホオオオオオオオオオオオ!!!」

 「ミミミミミ、ミスリル製ですって?!あの魔法金属で?!はあ?!」


 確かに、ミスリルといえば軽さ、頑強さ、魔力の通りの良さなどの特性から武器の素材として重宝される希少な金属だ。作業台の素材にするなどと言う使い道は聞いたことが無い。

 また、ミスリルはその希少性でも有名だ。100年に1度握り拳サイズしか入手できない、と言う訳ではないが、鉱脈はそうと言っても良いくらい掘り当てられない。その位には貴重な品だ。

 まさかそんな金属が、魔道具作りの為の作業台になっているとは誰も想像できないだろう。

 それはそうと、紅茶をかけられた1人と1匹はタオルで顔を拭いていた。


 「あ、ごめん」

 「なんでいきなり顔に紅茶吹きつけんのよ!」

 「アンタがビックリさせるからでしょ!」

 「ウホホ!」

 「だからごめんって!」

 

 その後も2人と1匹の口喧嘩は続いたが、やがて各々疲れたのか座ってお茶を飲んだ。


 「ま、ミスリル製だなんて聞いてビックリしない一般人は居ないわよね〜」

 「さっきからそう言ってるじゃない」

 「ウホウホ」

 

 ゴリラがメリカの言葉に頷いていると、キエラはメリカに石の様なものを投げて寄越した。


 「ちょ!いきなり何を…」

 「お使いの品だよ」

 「コレが?」


 お目当てのモノをメリカはマジマジと見つめる。灯に照らすとソレが藍色で正八面体の魔石だと分かった。八つの面にはそれぞれ別の模様の刻印が施されている。


 「アンタが持ってきた青色の奴は純度が低くて調整もされて無い数打ちなのよ。コレは藍色だから純度が高いし、ちゃんと保つように調節したから最低でも5年は持つわ」

 「この刻印が調整した証ってこと?」

 「そうよ。その刻印で出力の調整、加熱の調整、冷却の調整、あとは魔力回復を行えるわ」


 キエラの説明を聞いてフムフムと魔石を眺めていたメリカだが、とある事に気がつく。


 「ねえ、なんで八つも刻印があるのに四つしか機能がないの?」

 「ああ、ソレはね、二つの刻印で一つの調節をやってるからね。出力を上げる刻印と下げる刻印、熱を与える刻印と抜く刻印、冷気を与える刻印と抜く刻印、魔力を取り込む刻印と抜く刻印、それぞれ隣り合わせにして彫ってある」

 「これだけで一個の魔道具みたいね」

 「まあね〜。それは刻印を押せば、水が出る時にその効果が現れるって仕掛けよ」

 

 それを聞いたメリカは試しに熱を与える刻印を指で押してみる。すると、温かいお湯が魔石から溢れるように出てきた。


 「うわ!凄いわねこれ…これはタリアの家のキッチン専用?」

 「ええ。ソレは特注品。タリアの魔石が使い物にならなくなった時点で、コイツを受け取りに来る手筈だったの。だからタリアの家のキッチンもソレに合わせて作られてる。けど当時は肝心の純度の高い水属性の魔石が無かったから、市販のキッチン用の魔石で代用してたのよね」


 あの時は参ったとキエラは笑い、ゴリラもウンウンと頷く。


 「何?鞭で打たれでもしたの?」

 「まあ断ったらとんできそうだったけどね。市販の魔石用に改造しろって言われてね。ソレが大体2ヶ月前」

 「何?市販の魔石ってそんな早く壊れるの?」

 「そうよ。値段も精々銀貨2枚。温度の調節は出来ないけど、そんなのあとで沸かせば済むからね。あ、冷やしたりは出来ないからそこは利点かも。まあともかく、銀貨で2ヶ月の水が買えるなら庶民にはありがたいでしょ」


 そう言いつつもキエラはメリカから渡された魔石をポイっと作業机の上へと放り投げる。


 「ちなみに、この魔石ってどのくらいの値段?」

 「そうねぇ…それだけだったら入手さえしちゃえば刻印するだけだから、大銀貨2枚ってとこかしらね」

 「え〜と…5年は保つんだから…市販の魔石換算だと30個分…銀貨60枚だから大銀貨6枚…って、アンタの奴の方がずっとお得じゃない」


 円換算なら40万円分お得である。


 「算数が出来ると得よね。けど、その魔石に合わせたキッチンをってなると、ちょっと根が張るわね。普通のキッチンでも大銀貨2枚とか、高いと金貨がとんでも可笑しく無いのに、専用のってなったら金貨が2枚か3枚かは消えるわね」

 「まあ…話を聞いた感じ複雑な仕掛けが必要そうだしね…てか、これキッチンの値段と同じなのね…」

 「理解が早くて助かるよ。ま、私のは劣化も格段に遅いから、買い換えることも考えると、どっちにしろ私のがお得なのに変わりは無いけどね」


 またキエラは胸を張る。今度はゴリラからお玉ではなく拍手が送られてきた。

 そんな1人と1匹にメリカは呆れ顔を送る。


 「しれっと自慢してくるのね」

 「当たり前よ。あんなチビハゲの数打ちなんかに負けてるって思われたくないし」


 そう言うとキエラは作業机の上に放り投げた魔石を睨む。


 「そういえばタリアも言ってたけど、何かチビハゲに恨みでもあるの?」

 「恨み増し増しよ。名前はオルズベクア。赤扇せきせん商会の会長なんだけど、その商会が厄介でね。ここウルベモルティスで一番と言われる商会の内の一つだから、力があって厄介この上無い」


 やれやれとキエラは首を振るう。


 「で、恨むことにどう繋がるのよ」

 「まあ待ってね。で、赤扇商会のしてることが、法に触れない程度の粗悪品を、他よりも少し安い価格で大量に売ってる所」

 「やってる事セッッッッッッコ」

 「ま、質より量ってのは経営戦略上何も間違っていないよ。他より安いから買う。けど粗悪品だから壊れる。で、安いからまた同じ所で買うっていう循環が出来上がるのよ」


 理屈は間違っていないが、ソレではいずれ買う人がいなくなってしまうのでは無いかとメリカは疑問を抱くが、キエラも同じ事を考えたことがあったのか、補足するように話を続ける。


 「安い元手でいかに高い利益を出すかが商人の腕の見せ所ね。その辺の塩梅を十分に理解してるからこそ、赤扇商会はここまで大きくなった」

 「けど、粗悪品をいつまでも人が買い続けるの?」

 「そんな訳ないでしょ。だから定期的に見せかけだけの改良が施された新商品が出てくる。人って馬鹿なのよね。全く同じ料理でも、高い方が美味い、安い方が不味いと思うようになるのよ。ま、それを私は腕前で塗り替えられるけどね」


 そう言って再度キエラは胸を張り、ゴリラはどこに用意していたのかタンバリンを場を盛り上げるように鳴らす。

 

 「もう良いからそれ」

 「釣れないわね。ここは、よ!キエラ様!、って言うところでしょうが」

 「言わないし話が進まないから止めて」

 「はいはい」


 メリカのウザがりっぷりが伝わったのか、ゴリラはタンバリンを片付け、キエラは調子を変えるために咳を一つ入れる。


 「話を戻す前に、赤扇商会がやってる事の意味は分かった?」 

 「ええ」

 「じゃあ本格的に話を戻すわね。結構前に私の所に直接商会長様がおいでなすってね。なんて言ってきたと思う?」

 「自分たちの所にだけ売れ」


 自信満々にメリカは言うが、キエラはチッチと指を横に振る。


 「50点。それだけじゃなくて、質の良さはいいからとにかく大量に売れってね。はっきり言ってカチンと来たよ」

 「でも、その道を選べば沢山儲かるんじゃないの?」

 「バカ言っちゃいけないよ。私は世界最高の魔道具を作りたいと心の底から思ってこの道を選んだの。それにお金を沢山貰うって事は、それだけ雁字搦めになるってことなのよ。アナタは将来大成するかも知れないから忠告しておくけど」


 キエラの言葉にメリカは苦笑し、天井を仰ぐ。その顔には、諦めの影が差していた。


 「アンタこそバカ言ってんじゃないわよ。私はどんなに頑張っても平凡のまま。魔力も使えない、剣もダメダメ、誰かを思いやれもしないガラクタよ」

 「…」


 キエラは黙ってメリカを見つめる。

 場には静寂の気団が訪れ、時折吹く風でさえ、この静寂を持ち去ることは出来なかった。

 そんな静寂が少しの間続いた後、予期せぬ爆音によって取り払われた。

 工房の扉が少しくの字に曲がったかと思えば、そのまま室内へと吹き飛び、木製のそれは木屑を辺りにばら撒き、2人が座っている位置の玄関側の手前で停止した。


 「キエラ殿はおりますかな。おられるのであればぜひご同行願いたい」


 吹き飛ばされた玄関からズシンと姿を現したのは、工房の天井にまで頭が届きそうな巨漢であった。

 藍色のマントで顔は隠しているが、合うサイズがなかったのか、本来頭から上腕辺りを隠す布は首より上しか完璧に隠せてはおらず、首から腰まではその筋肉をダイレクトに主張している。


 「ウホ!ウホホ!」


 ゴリラは威嚇するためか牙を見せ、胸を叩く。メリカは剣の代わりに近くにあった、モンスターの真っ直ぐな紅い角を構える。

 で、肝心のキエラはというと、座ったままお茶を口に含んでいた。


 「聞こえませんでしたかな。ご同行お願いします」

 「いきなり乙女の家の扉をぶっ壊すとは感心しないよ。それに口説きたいなら路上でしてくれないかしら?」


 そう言ってキエラはティーカップを机に置き、静かに巨漢を見据える。

 

 「これは失敬。では次があればそういたしましょう」

 「じゃあ次は衛兵さんのお世話になってもらうとするよ」

 

 軽い雑談をするキエラと巨漢だが、場に張り詰めた空気が充満する。少しでも動けばこの平和な状態は崩れ、戦闘に突入するだろうと直感でわかる。


 「キエラ殿。アナタの才は我らが赤扇商会でこそ真価を発揮します。此度ついて来て頂けるのなら、前回の話し合いの件は水に流し、報酬も前回提示した額の3倍を…」

 

 赤扇商会。この単語を聞きメリカは角を握る手の力を強める。もし戦闘になればこの細い角こそ自身の命綱なのだ。

 キエラは巨漢の言葉を遮るように机を叩き、弾丸のように言葉を浴びせる。


 「金の問題じゃないのよ。アナタらがここでどんだけ強い力を持ってるか知らないけど、私は数打ちの魔道具作る為に今まで努力してきた訳じゃないの。分かったらお帰りいただける?」

 「…どうしてもご同行して頂けないのですね」

 「当たり前よね。話がしたいなら、初めにそっちのトップが頭下げに来るのが筋って物じゃないかしら?」


 話は終わりだとキエラはティーカップに手を伸ばす。しかし伸ばそうとした手は投げられたナイフと、割れたティーカップによって止められた。


 「誠に申し訳ございませんが、一度受けた依頼の完遂の為、無理にでも連れて行きます」

 「穏やかじゃないわね。ハッキリ言うけど、私はアナタらの事が嫌いだ。仮に連れて行けたとして、私が働くと思うのかな?」

 「さあ。その辺りの話については私の預かり知らぬ所…ただ、会長にも何か貴女を従わせる手段があるのでしょう」

 「だとしたら怖いわ」


 巨漢は一歩踏み出し、木製の床が軋む。

 木の軋む音は今までの部屋の停滞を崩すと同時に、戦闘開始の鐘を鳴らす音でもあった。


 「ウホ!」


 威嚇していたゴリラは巨漢の前に走り出て、自身の巨腕を振り下ろす。

 その勢いたるや正に巨岩が落ちるが如し。

 しかしその木製の馬車も一撃で粉微塵にできるであろう攻撃は、巨漢に片手で止められた。

 

 「ウホ?!」


 巨漢はそのままゴリラの腕を掴み、思いっきり家の外へとぶん投げる。途中でドアがあった部分にぶつかったが、そのまま玄関をさらに開放的にして外へと転がった。

 木片が家の中と外両方に広く散らばり、木片の荒野でゴリラは倒れたまま。この光景はメリカの戦意を削ぐのに十分過ぎるほど効果的だった。


 「かかって来ないのですか?」

 「っ…」


 いつもは何かしら言い返すメリカも、今回は口を開こうとすらしない。

 案山子となったメリカを巨漢はジッと見つめ、そしてメリカの手にある角を指差す。


 「貴女が手にするその角。それは危険度B+ランクのモンスター『ランデュニーレコン』の成体の角です」

 「…それが何か?」


 自分が持ってたのは危険度B+ランクのモンスターの物だったのかと内心驚きつつ、隙を見せないように平静を装う。

 少しでも隙を見せれば即座に自分の命が刈り取られる事をメリカは動物的な本能で理解していた。


 「ランデュニーレコンは馬型のモンスターで、外見はユニコーンによく似ています。しかし実際は、その気性の荒さから動くモノに見境なく襲い掛かる魔獣です。格上相手も例外ではありません」


 メリカは黙って巨漢の様子を伺う。角を握る手の圧力を強めながら。


 「襲って戦い、最後はその角で獲物を串刺しにします。襲って殺して襲って殺して。そうして数多の獲物の血肉を穿った角はやがて、突き殺した獲物の血で紅く染まりあがります」

 「さっきから何?授業でもしにきた訳?」


 メリカの挑発に、巨漢は口角を少し上げる。


 「まあ間違いではありません。実はランデュニーレコンの角には、ある曰くがあるのですよ」


 メリカは首を傾げ、手にある角に目をやる。灯の光を反射する紅の円錐体は、見れば見るほど吸い込まれそうな美しい色をしていた。


 「狂える魔馬の紅角を持つ者はそれを手放せなくなり、紅角に魅了された者はそれを打ち立て真紅のガーベラを捧げる」


 巨漢は今一度メリカを見る。そして上げた口角をさらに上げた。

 メリカの目は角の底面側から段々と頂点へと移って行く。やがて頂点に目の焦点が合わさった時、角の先端部は、巨漢の胸骨のメリカから見てほんの少し右、服と筋肉により隠された肋骨と肋骨との間に寸分違わず、吸い付くように向けられていた。


 「真紅のガーベラを捧げし者は幾多の花冠を大地にちぎり落とす」


「遅いわねメリカさん。どこで道草食ってるのかしら?」

「多分キエラさんって人にとんでもなく失礼なことを言っちゃって、お目当てのものを貰えずにいるとかあり得ますね」

「冗談でも冗談に聞こえないから嫌なんです…」

「しょうがないわね。あと30分待って来なかったら夜の散歩に行きますわよ」

「は〜い」

「あ、サガトさん。夜の街は悪漢もいるから出かけるまでに武器の手入れをしてくんなし」

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