幼き日々2
シラス王です。3部分目と言う名の第二話目です。此れを読んで楽しんで頂ければ幸いです。
ある日、ユナは戦い方を教えて欲しいと、バロルにせがんだ。
バロルにしても唐突だったのか、返答に困った様だが、ユナの真剣な目に気圧されたのか、渋々了承した。何故ユナが戦い方を教えて欲しいとせがんだのか。兄であるカイザーの姿がカッコ良かったから、と言うのが最大の要因だろう。
カイザーの1日の始まりは速い。日の出前には目を覚まし、森の中で素振りを行う。子供が出来る事では無いが、妹を思う気持ちが故なのか、其れを可能としてる。
其れを偶然、本当に偶然、ユナが見たのだ。
兄が起きる気配を察知したのか、コソコソと付いて行き、素振りをしてる兄を見た。何時もは、脅かそうと後ろからそろりそろりと歩いても気付かれてしまうのに、今は気付かれなかった。
其れ程集中してると言う事なのだろう。そんな兄の姿を見て、ユナが思った事は、そんな兄の隣に居たいと言う気持ちだ。
隣で兄の様に戦いたい。守られるだけは嫌だ。初めて其の思いが心の中に浮かんだ。
当然、其れを知ったカイザーは止めようとした。だが、其処で徹底的に抵抗したのがユナだった。木剣を取り上げようとしても必死に取られまいとするその姿に、兄も致し方なく許可を出した。
だが、カイザーの中には少し嬉しいと言う気持ちがあった。明確に此れをやりたいと、初めてユナが自分に対して反抗したのだから。
もはや兄では無く、1人の親みたいな考え方だ。ユナが稽古を初めてはや2年…髪が伸びたユナと、背が伸びたカイザーが庭で模擬戦をしようとしていた。
「其れでは…初め!」
バロルの掛け声のもと、模擬戦が開始された。
「今日こそ勝たせて貰うよお兄ちゃん!」
ユナが剣を持って突進しながら兄に大声を発した。と言うか、ユナは兄との模擬戦では、全戦全敗である。
「ふん!」
特に何も言わないのがカイザーだ。
因みに、ユナは剣一本なのに対し、カイザーは二本。
ただし、ユナの剣の長さを10とすると、カイザーの剣の長さは8ぐらいだ。
一本の長い剣を使った範囲の広い一撃か、二本の短い剣を使った範囲の狭い連撃か。
ユナは間合いに入らせず、カイザーは間合いに入る事が求められる。
ユナは射程に入った兄に向けて剣を振るうが、余りにも其れは大振り過ぎる。間合いに入って下さいと言ってる様な物だ。
カイザーは空かさず剣を振るおうとするが、ユナも伊達に毎回負けては居ない。
直後に剣を振るう速度が上がった。其れを察知したカイザーは直ぐさま後ろに飛んで回避するついでに、ユナの剣を弾く様に後ろ側に空中回転したが、剣は上向きになったものの、手からは離れていない。
「チッ…」
カイザーは、蹴りが浅かったか、と舌打ちをした。
「あの状態から後ろに空中回転するのか…」
バロルが感心した様に呟いた。
「イタタタ…」
ユナは手を片方の手で押さえる。相当に強い蹴りだったかが窺える。
「隙有りだ」
そんな状態の相手を見逃す程、カイザーは甘く無い。が、其れが、カイザーをこっちに来させる為の半ば演技だったのは、カイザーは思いもしなかった。いや…実際にかなり効いてたのは事実なのだが…
「おりゃ!」
何とも可愛らしい声で剣を振り上げた。思いもしなかった方向からの攻撃に、カイザーは剣で咄嗟にガードした。
「ぐ…やるな」
「ふん!」
ユナは一歩下がり、突き攻撃を当てようとした。
(やった!勝った!)
そう思ったユナだったが、直後に剣を絡めとられ、手放してしまった。
「あ…」
「まだまだだな」
「其処迄!勝者カイザー!」
「もー!勝ったって思ったのに!」
思わず愚痴を零すユナである。
「勝ったって思った時が、1番危険なのよ?」
そう告げるのは、魔法の先生であるジョアンナ。
「思っちゃうのはしょうがないじゃ無いですか!」
「ダメダメ。思っちゃダメ。何度も言ってるでしょ?勝ったって思った時には、技の威力が落ち始めてるんだから」
「むう…」
「凄いじゃ無いかカイザー。両手に剣を持った状態で、しかもあんな不安定な体勢から後ろに空中回転するなんて」
ショウがカイザーを褒めた。
「其れはショウ兄さんとの特訓の成果だな」
「お?嬉しい事言ってくれるじゃねーか!」
ショウは人当たりの良い青年だ。年頃の男子達からは人気がある。嬉しい事を言われたショウはカイザーの頭をわしゃわしゃと掻いた。
「頭を掻くな」
「少し位良いじゃねーかよー!」
「やめてー」
そう強く言わないのは、日頃から世話になってるからだ。此のやり取りも、一種の見慣れた光景でもある。
「ショウお兄さん!お兄ちゃんが嫌って言ってるからやめてあげて!」
ユナは相変わらずだ。
「はいはい。ユナのお兄ちゃん大好き症候群は相変わらずだね」
ショウは此れを良く言われるのか、適当にあしらっている。其れでも面倒臭がらないのは、微笑ましく思ってるからなのだが。
「病気みたいに言わないで下さい!」
ユナの方は症候群と言われた事に怒ってる。
「まあまあ。ショウ兄さんもそんな酷い事言わないでくれ。ユナが泣いちまう」
「カイザーの妹好きも相当だな…」
カイザーも何も変わってない。いや…2年間で酷く消極的になってたりしたら、2年間で何があったんだ?って話になるが…
「そうだ。偶には外の話を聞かせてくれよ」
カイザーが突発的にショウに頼んだ。
「あ。確かに。私達、外がどんな世界か分からないから教えて!」
ユナも便乗した。
「…外か…」
「ショウ。まだ早い」
バロルが忠告を入れた。
「…そうだな」
「何だよショウ兄さん。勿体ぶらずに教えてくれよ」
「そうだそうだ!」
「うーん…良いか?お前達にはまだ早い」
「安心しろショウ兄さん。此れでもシスターとお風呂入ったりしてるんだ」
「テメエ巫山戯んな!」
「お兄ちゃんの浮気者!」
「まあまあ…風呂入ってると言っても、子供の頃の話だ。それこそ3歳くらいのな」
「何で3歳の記憶が8歳まで引き継がれてんだよ…」
確かに、マリーナの体は男受けする体だ。ショウの様な男にとっては、刺激が強い。
「其処は…まあ才能かな」
「才能で記憶力って良くなるのか?」
「知らん。子供の戯言って奴だ」
「そんな言葉を何処で覚えたんだ?」
「シスターが」
「…ああ…」
何故か納得した様な顔をショウはした。
「何かあるのか?」
「…子供には早い」
「また其れ?」
「ああ」
此の世は知らない方が幸せと言う事もあると言うが、正しくその通りなのだろう。実際問題、マリーナは若干性悪な性格をしてる。子供好きなのは間違い無いが、時々変な言葉を教えたりしてるのも事実。
「まあ、シスター云々は如何でもいい」
「如何でも良く無い」
「今日はお前達にとっておきのプレゼントを持って来たんだ」
「なに?!なに?!」
ユナは興味津々だ。
「此れだ!」
そう言ってショウが出したのは、小さな、それこそ手のひらサイズの笛だ。白と灰の笛が一つずつある。
「…笛だな」
「笛だね」
「少しは驚けよ」
「いや…ただの笛じゃん」
「ああ。ただの笛だ」
「要らなーい」
「うおーい!」
とっておきと言いながら、ただの笛だったら落胆するのは仕方無い。子供だし。
「確かにただの笛だ。だが、特別な木で作られた笛なんだ」
「特別な木?」
「さあな」
「何だよそれ」
カイザーも少し落胆した口調でそう言う。
「何でも、白の笛を持ってる人と黒い笛を持ってる人を引き寄せ合うのが、此の笛なんだ」
「へえー…私達みたいだね!」
「ああ。だから、頑張って手に入れたんだ」
「けどそれって、騙されたとかじゃ無いの?」
カイザーは念の為そう尋ねた。
「…あ…」
「騙されたんだな」
「あー!!!俺の銀貨が!」
ショウは物凄くガッカリした。
「そんなー…」
「…けど、もしかしたら本当に、引き寄せ合うのかもね」
「かもな。良し」
俺は白の笛を、私は灰色の笛を取った。
「ありがとなショウ兄さん。大事に取っておくよ」
「うん!」
「お前達は本当に良い子だな!!兄さんは嬉しいぞー!」
そう言ってショウは二人に抱きついた。
「やめろってショウ兄さん」
「くすぐったいよ!」
「うおーん!こんなに良い子達は絶対に居ないぞ!なあバロル!」
「まったくだ。お前のバカの尻拭いをしてくれるしな」
「此の子達をトイレットペーパーみたいに言うなー!」
「私達は紙じゃ無いもん!」
ショウとユナが反論した。
「其れもそうだな。…日も傾いて来たし、俺達はそろそろ行かないとな」
「またな良い子達!いっぱいお土産を持ってきてやるからな!」
「やめなさい。みっともないわよ」
そう言いながらユナ達に見送られて3人は教会を後にした。
「…お兄ちゃん。其の笛、ちょっと貸して?」
「ん?ああ」
「ちょっと待っててね」
ユナは教会の方へ戻って行った。数分後に、白い笛に赤色のリボンを付け、自身は髪を結んで、その髪留めとしても赤色のリボンを付けている。
「何処で貰ったんだ?」
「ジョアンナさんが少し前にくれたの。はい、どうぞ」
「何で赤色のリボンを?」
「…何処に居ても、ずっと一緒って事。そう教えてくれた」
二人ともしばらく黙った。
カイザーは白い笛を、ユナは兄の手にある灰色の笛を見つめている。
「…なら何時迄も、側に居てやるよ」
「本当?」
「ああ。約束だ。偶には離れちまう時はあるかも知れないけど、絶対に側に居てやる。そして悪い奴から守ってやるよ」
「…お兄ちゃんも此れに何か付ける?」
「どうしようか…」
カイザーはユナから灰色の笛を受け取り、しばらく笛を眺めた。が、特に何をするでもなくユナに返す。
「いいや。そのまんまで良い」
「なんで?」
「俺が何か付けてるか?」
「うーん…無いね」
「だろ?」
「…お兄ちゃんは何も付けない方がカッコいいね!」
「かもな」
「にしても、此の笛鳴らしても良い?」
「良いんじゃないか?」
「じゃあ行くよ!」
ふうふうと頑張って吹き込む様はとても可愛い。が、灰色の笛は鳴らない。
「うわーん!ガラクタだよ!」
「そうか?」
カイザーも白い笛を吹いてみると、綺麗な笛の音が響いた。
「ずるーい!」
「ふーん!」(゜∀゜)
「あらあら?実の妹とイチャイチャですかー?」
アリアンナが茶々を入れて来た。
「アリアンナお姉さん!今は来ないで下さい!」
「そろそろ夕食の時間だけど?」
「食べる!」
「リーダーも、来るわよね?」
「勿論。今日のご飯は?」
「昨日狩った猪のステーキよ」
「そりゃいいや」
「お鍋食べたかったー!」
「まあまあ。我慢しなさい」
何時もと変わらない日常。其処に当然にあるかの様に思われる幸せは、一瞬で崩れ去る。此れから食べる夕食が、みんなが、教会で笑顔で食べる、最後の夕食となってしまうのは、誰も知る由も無かった。
其の日の夜。不意にカイザーは目を覚ました。
何かを察知したのだ。瞬間、目付きが変わる。パジャマから着替え、何時もの動きやすいシャツを着て、真剣二本を持ち、ユナを表す赤色のリボンが付いた白い笛をポケットに入れる。
そして教会の裏口からそっと出て、森へと入った。空は満点の星空。だが其れでも、森の中は暗い。木々の太い枝を足場にして走って行く。其の速度は速く、一般人が見れば、黒い影が目の前を通り過ぎた程度にしか思えないだろう。
そうして森を探索していたら、不意に風切り音が聞こえ、体を捻った。そしてさっき迄カイザーの体があった場所を矢が抜けて行った。次の瞬間、カイザーの胴部を黒い何かが刺した。
枝では無い何か。森の中のせいで、其の黒いのが何なのかは、一般人には分からない。が、夜目が慣れ始めたカイザーには、其れが何か見えた。が、其れを口にするよりも速く、地面に体を打ち付けられ、意識が途絶えた。
其れから少し経った教会では…修道女であるマリーナは、カイザーが居なくなった事に気付き、教会の中を探して回って居た。すると不意に、焦げ臭い匂いを嗅いだ。其れは煙と共に迫って来た。マリーナは直ぐに子供達を起こしに向かった。
「みんな!起きて!」
「にゃー…どうしたにゃ?シスター…」
「火事よ!早く逃げなさい!」
「か、火事?」
「何か焦げ臭い様な…」
「早く逃げるのよ!みんなを起こして!」
「う、うん!」
「(何処に居るのカイザー!お願い!無事で居て!)」
「シスター!お兄ちゃんが居ない!」
ユナが叫んだ!其の手には笛が握り締められてる。
「ユナちゃん!カイザーは私が探すから早く外に!」
「嫌!お兄ちゃんを探すの!」
「ダメです!クラウス!」
「すまんユナ!」
「離してクラウスお兄さん!離して!」
「アリアンナ!ヨバル!ソワー!ミー!手分けしてカイザーを探すのよ!」
「分かってますシスター!」
「何処に行ったんだリーダー!こんな時に!」
「お願いだから無事で居てくれ…」
「神様…どうかリーダーを救って下さいにゃ…」
其れでも見つからず、最終的に皆、教会の本堂にあたる部分に集まった。
「居ましたか?!」
「何処にも居ませんでした!」
「…そうですか…」
「不味い!もう火の手が!」
「シスター!逃げようにゃ!」
「リーダーならきっと何処かに逃げてるさ!直ぐに見つかるよ!」
「…そうね。早く此処から逃げますよ!」
「そうは、行かんな」
「な…」
其の頃のカイザーはと言うと、意識を取り戻し、自信の傷を回復魔法で応急措置し、何とか動ける状態に迄戻した。
「早く戻らないと!此の事をシスターに…みんなに伝えないと!」
カイザーは走った。身体能力上昇の魔法を自身に掛けた。少しでも早くシスター達に、見た物について教えねばと。治した傷が傷もうが走った。走って見えたのは、燃えてるノスティム教会だった。
「ああ…ああ…」
手遅れだった…そうカイザーは心の中で思い、自身を激しく非難した。
が、あの何でも出来るシスターなのだ。今頃避難してるはずだ。少しでもポジティブな思考をしなければならなかった。
と、不意に、カイザーは、教会の扉が開いている事に気が付いた。裏口では無く、教会と連想したら思い付く大扉。其れが少しだけ開いているのだ。カイザーは扉に駆け寄り、開け放った。
炎の熱よりも、シスター達の安否を気にしたのだ。そうしてカイザーの目に飛び込んだのは…
「お、お前…」
ワナワナと震え出した。
「…ふざけるな…その手をどけろ…」
目の前の光景を見てそう呟いた。
「お前ぇぇぇぇぇ!!!!!」
カイザーは咆哮しながら、我武者羅に突進し、次の瞬間には胸に熱さを感じながら、倒れた。刺した際の痛みは、熱いと感じるようになると言う。きっと其れだろう。そうして少し経った後に壁が崩れ、黒い何かが姿を見せ、少女が叫んだ。
「来るなバケモノ!死んじゃえ!シスターを…みんなを…お兄ちゃんを殺す様なお前なんか…」
少女の心にドス黒い感情が噴き出す。
「絶対に…許さない…殺す…殺してやる…地の果てまで追い詰めて殺してやるっ!」
叫んだ少女の名前はユナ。白髪で金色の瞳を持つ、後に勇者となる少女の名前だ。
そしてユナは蹲りながら泣き叫んだ。炎のゴウゴウとなる音さえも掻き消すことが出来ない程の悲痛な叫びだ。うずくまった際に、ユナの悲しみを受けたのかは分からないが、其の手に握られている、彼女の兄、カイザーを表す、何の飾り気もない灰色の笛にはヒビが入った。
ユナの握力では木でできた笛にヒビを入れる事は叶わない。だが、兎も角ヒビが入ったのだ。こうして、彼女、ユナの物語は最悪の形で始まる事となる。
やっとプロローグの所に来た…此れからユナは如何するのか…
あと、第一話は少し長かったので、第二話からは少し短くなります。此れからはもしかしたら長くなるかも知れませんが、其の辺りは特に決まってません。無計画で申し訳ないです。