表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光と闇 〜終わりの始まり〜  作者: シラス王
学園編
29/34

学園編① 〜編入〜 鬼ごっこ

「ハァ…ハァ…ハァ…」


日も登り切り、子供はおやつをねだるであろう時、アシリカとメリカ、そして嵯峨徒の3人は冒険者区画を走っており、道ゆく冒険者達は何事かと視線を向ける。体力を付けるためのジョギングの類なら微笑ましいだろうが、3人の走るスピードと表情はとてもでは無いがジョギングのソレでは無い。寧ろ、何かから逃げてるように思える。

冒険者達が首を傾げていると、すぐにその答えがやって来た。


「ウフフフフ…良い表情…さあ、逃げ惑うのですわ!!!でなければもっとキツイ仕置きが待ってるのではなくって?!」


鞭をしならせながら、1人の女が3人の後を追う。その女は冒険者ギルドの職員である事を示す制服を着ているが、その手に持つ鞭は彼女が職員である事を忘れさせる程のインパクトを放っていた。

そんなインパクトを放つ鞭を持つ彼女…金髪縦ロールに紫色の瞳を持つ女、タリアから逃げるように…というか逃げるために3人はこの通りを走っている。

一生懸命に走る3人の姿を見て、タリアはうっとりとした表情を浮かべる。


「ンフフフ…良いわねぇ…幼気な少女達が頑張って逃げる姿…ゾクゾクしちゃうわ…♡」


周りの冒険者達は一斉に顔を背ける。下手に見て関わっては、何か良からぬことになると考えたためだ。

当のタリアはと言えば、周りの態度など気にせずに恍惚としている。


「…け、ど〜…私に従順になった時の姿の方も見てみたいわよね〜…」


タリアが危ない事を言い、再度3人を追い掛け始める。



さて、なぜこんな事になっているのかというと、話は昨日の夕方ごろまで遡らなければならない。



アシリカが金を無断で渡して、メリカと嵯峨徒が自爆したのち、3人はミネルバと共に連行される囚人が如く冒険者ギルドへと向かった。


「あ〜。お帰りなさいませ〜。如何でした…か〜?」


3人に気づいたフェニが声をかけるも、ミネルバが居ることに首を捻る。


「おいフェニ。このバカ3人に報酬を支払いな。あと、タリアは何処だい?」

「ちょっと〜?ミネルバさ〜ん?話が見えて来ないのですが〜…」


フェニの問いを無視し、ミネルバは受付カウンターへと入り、とっとと奥に行ってしまった。勿論、通常はこんな事は許されない。ただ、ミネルバの勢いに止める事を忘れてしまっただけだ。

その場にいた者は暫く呆然とし、いち早く我に帰ったフェニが3人を呼ぶ。


「…え…え?え〜と…3人とも〜、報酬を支払いますのでコッチに来て下さ〜い」

「…はい…」


何とも形容し難い微妙な空気の中、フェニは依頼完了の手続きを進める。


「で、では〜…報酬として…大銅貨6枚になりま〜す…」


アシリカが代表して無言で受け取る。

そうしてギルド内では沈黙の時間が続く。やがて、タリアが奥から出て来た。


「…話は聞かせて貰いましたですわ。3人とも下手を打ったようですわね」

「…はい…」

「本来であれば罰を与える所でありますけど、依頼主のミネルバさんの話から、罰は与えない事になりましたわ」


本来であれば喜ぶ場面なのだろうが、3人はなにか嫌な感じを覚えており、素直に喜ぶ気にはなれなかった。

そして、それは正しい。


「その代わり、3人には『新人研修』を受けて貰いますわよ」

「ブホ?!」


タリアの口からそんな言葉が出た矢先、遠巻きに眺めていた冒険者の1人が咳き込む。

普通そんな事が起きれば皆が怪訝そうな視線を向けるだろうが、ギルドに居る者はそんな視線を向けず、3人に同情の視線を送る。それだけで『新人研修』が如何なるものなのかが分かる。嫌な予感しかしない。それを3人とも感じていた。


「安心なさい。特別厳しいものでは無いわ。新人に対して行われる研修なのよ?厳しい訳ないじゃ無い」


本当にそうならば3人に向けられる視線をどう説明すれば良いのだろうか。


「ぐ、具体的になにをするのでしょうか…?」


嵯峨徒が恐る恐る質問する。そんな嵯峨徒の様子に、タリアは微笑みを浮かべながら答える。


「簡単よ。1週間かけて行われるんだけど、1日目は日が落ちるまで鬼ごっこ、2日目から6日目まで訓練、最後の日にクエストよ」

「い、1週間…」


アシリカが悲壮な顔を浮かべる。

タリアの言葉から察するに、1週間はランク上げを行えない。つまり、それだけユナを救出するまでの時間が掛かるという事だ。しかし、後悔している暇は無い。後悔するという事はすなわち、あの男に金を渡した事は誤りだった、つまり自身の施しは無益なものだったということになるのだから。


「本当なら今すぐやりたいけど、疲れてると思うから明日からで良いわよ」


そういうとタリアは奥に引っ込んだ。それを皮切りに、ギルドに賑やかさが戻る。


「おいおい…登録して早々に何をやらかしたんだ?」

「ミネルバ婆さんの依頼を受けてたらしいから、アルター教の連中と小競り合いを起こしたか?」

「じゃあなんでミネルバ婆さんが来るんだよ」

「…まさか、ポーションをちょろまかしたとか?」

「はあ?あの子達が?無い無い。特にあの氷属性の魔法の子なんか見てみろよ。そんな事見逃すような子じゃ無いって」

「それもそうか」


そう言って2人の冒険者は笑う。

実はその子が原因なんです、とは口が裂けても言えない。


「なあ。あの子達の中で誰が最初に脱落すると思う?」

「…うーん…難しいわね。普通に考えれば…アシリカちゃんだろうけど…案外メリカちゃんかもね」

「ほう?何で?」

「だって…あの子怒りっぽそうだもん。挑発されたら間違いなく突っ込んで行くわよ」

「確かに」


女性冒険者の言葉に周りの冒険者達は苦笑するが、当の本人は、落ち込みつつ額に青筋を浮かべるという、何ともまあ器用な事をしていた。


「…叩き潰す…」

「メリカさん落ち着いて…」

「…すみません…」


嵯峨徒が宥め、アシリカは謝る。その様子は、少しばかりいつもの調子が戻ったようにも見えた。


そしてギルドを後にし、雑談しつつ寮に戻り3人は寝た。

翌日、学園での授業が終わり次第急いでギルドに向かった訳だが、その時にタリアから衝撃の事実を告げられる。


「昨日は言い忘れましたけど…鬼ごっこで私に捕まった人は、1週間私の命令に何でも従って貰いますからそのつもりでいなさいですわ」


断言しよう。言い忘れたのではなく、わざと言わなかったのだ。

さらに、新人研修において、研修の教官を務める者に研修者をどうこうできる権限はない。本来であればタリアの言動は色々と不味いものがあるのだが、今回は少しばかり事情が違う。なぜなら…


「タリア。そのバカ3人はこき使って良いからね」


ミネルバだ。ミネルバがタリアに、鬼ごっこで捕まった奴をこき使えと『依頼』したのだ。


「と、ミネルバさんに依頼されたのですわ。諦めてくんなし」

「し、失礼ながら…タリアさんは職員なんじゃ…」


アシリカが当たり前のことを尋ねようとするも、帰って来たのは、風を切る音と共にギルドの床が少し壊れる程の威力をもって振るわれた鞭だった。


「あ〜ら…口答えする余裕があるだなんて…活きが良いですわねぇ…」


『口答えでも何でも無いじゃ無いか!』誰しもが同じ事を考えていたが、そんな事を言えば、今度は自身の体に鞭が飛んで来るのは明白であるため、誰も口にしない。

というか、タリアに変なスイッチが入ってしまったようだ。


「さあさあ…逃げ惑うのですわ子猫ちゃん達!鬼ごっこはもう始まってるんですわよ?!」


その言葉共に、鞭が飛んで来る。3人とも半ば反射的にギルドから飛び出し、逃げるために走り出した。


「な、何よあれ?!何であんなのが職員なんかやってるのよ?!」

「分かりませ〜ん!けど、今は逃げたほうがいいですよ絶対!」

「すみません!私のせいで!」


今は喋る余裕があるが、そんな余裕はすぐに無くなる。その証拠に、すぐ背後に鞭の先端が飛んできた。


「ほ〜らほ〜ら…もうちょっとで届いてしまいますわよぉ!」

「ヒャい?!!!」


気がつくと、タリアがアシリカ目掛けて鞭を振り、アシリカの足元目掛けてギリギリの所で鞭を鳴らしている。

当然、アシリカは普段は滅多に出さない悲鳴をあげてしまう。それが、タリアの嗜虐心をくすぐってしまうと知らずに。


「ンフフフフフ…可愛い声あげちゃって…愛おしいわぁ♡」


そして冒頭に戻るという訳だ。タリアは常に3人が走り続けるように鞭を振るい、3人の体力を着実に奪っていく。

3人の中でも特にアシリカの消耗は激しい。元々が体力を必要とする立ち回りでもなかったが為に、メリカや嵯峨徒と比べると体力は圧倒的に劣る。このまま逃げ続ければいつか捕まるに違いない。もし捕まれば…今現在鞭を振り回してる彼女がどんな要求をするか分かったものではない。少なくともまともでは無いことだろうから、3人とも捕まるのは絶対に嫌である。であれば、手段は選んでいられない。


「アシリカ!信仰魔法か支援魔法使って!」


魔法で速力を上げるなり体力を回復させるなりして少しでも離れるのが得策だろう。


「はい!我が主神アルター様!我らの足を縛る枷を外したまえ!」


アシリカの信仰魔法により3人のステータス[敏捷]の値が増え、3人の速度が増す。これで少しは逃げやすくなるだろう。しかし、これはあくまで時間制限付き。時間切れになる前に次の策を打たねばならない。

次の策について3人が走りながら頑張って考えていると、嵯峨徒があるものを見つけ、策を思いついた。


「皆さん!路地に入りましょう!そこなら道も狭いし入り組んでるので撒ける筈です!」


嵯峨徒の判断は最良のものと言っても過言ではない。なぜなら、3人とタリアの体格を比べた時、狭い場所は子供である3人に有利であるし、タリアの持つ『鞭』という武器とも相性が悪い。タリアの力を減らせるならこれ以上の選択肢はこの場において無いだろう。そのまま3人は路地へと入り、建物の影へと消えていった。


逃げ切られたタリアは路地に消えゆく3人の背中を眺め、やがて溜息を吐いた。


「…だいぶ鈍ってしまいましたわ。もっと追い詰めて差し上げようと思いましたのに…」

「全くだね。受付嬢なんかやってっからそうなるんだよ」


後ろからミネルバがツカツカと歩いてきた。それを見た周りの冒険者は、厄介事に巻き込まれては困るとばかりに逃げるようにその場を後にする。

ミネルバの言葉に申し訳なさそうにタリアは肩をすくめ、鞭を自身の腰に収めた。


「申し訳ございませんですわ」

「謝るより先に手を動かせって散々言っとるだろうに。分かったらとっとと追っかけな」

「畏まりました」


そう言うとタリアは路地へとツカツカと入っていった。

道に1人残ったミネルバは、ここでやるべき事は特に無いだろうと判断し帰路についた。途中、ミネルバを見ながらヒソヒソと話す冒険者達が居たそうだが、後日ボロボロになって道端に転がっていた所を発見されたとさ。



タリアを一時的とはいえ撒くことに成功した3人は、路地の隅で息を潜めつつ深呼吸を繰り返していた。額からは汗が滝の様に出ており、彼女達の疲労度合いを物語っている。


「…なんとか…撒けたわね…」


現状が夢でない事を確認するかの様にメリカが口を開く。メリカの言葉に他2人も頷き、夢でない事を証明する。


「けど…まだ安心は出来ませんよ…いつ追い付かれてもおかしくないです…少し移動を…」

「ダメです。今は休まなければなりません。この中で1番疲れてるのはアシリカさんなんですよ?それに、私達が逃げ切る為にはアシリカさんの支援魔法が必須なんです」


疲労から頬を紅潮させつつアシリカが提案するが、嵯峨徒がバッサリと切り捨てる。確かに、アシリカは3人の中で最も体力が少ない上に、全力疾走しながら複数人に…しかも効果を落とすことなく強化魔法を施すという、彼女の年齢からしたら少しばかり高度な事をした。

本来、回復や支援を担当する者や魔法使い等は、魔法等の効果を出来る限り高める為に戦闘中であってもその場を動かない事が殆どなのである。勿論、熟練者の中には走りながらパーティーを支援できる者も居るが、アシリカは熟練者と呼ぶにはまだまだ未熟である。なのにやってしまう辺り、アシリカの非凡な才能を表しているのだろう。


アシリカは嵯峨徒の言葉に不承不承ながらも頷き、呼吸を整える。


「嵯峨徒って体力あるのね…」


まだ若干息の荒いメリカが、もうケロッとしている嵯峨徒をみて呟く。


「私がですか?まあ、逃げるのには慣れてますから。いやぁ〜…師匠のせいで何度死にかけた事か…」

「…へ?」


嵯峨徒の思わぬ返答にメリカは間抜けな声を漏らす。そんなメリカの声は嵯峨徒の耳には届かず、嵯峨徒は昔を思い出したのか天を仰ぎ、苦笑する。


「だって…お城を抜け出しただけなのに、猛獣蔓延る森に身包み一枚かつ武器無しで1週間放置ですよ?余裕で3回は三途の川渡れますよ?」

「原因はどう考えてもアンタじゃない」


メリカのツッコミにアシリカも頷く。すると、嵯峨徒は少し頬を膨らませ抗議し出した。


「…違いますっ。お城なんてなんっにもすることが無くってつまらないんですっ。それが悪いんですっ」


何という暴論か。2人とも嵯峨徒の言葉に開いた口が塞がらない。

そんな2人の様子など気にせず、嵯峨徒は抗議を続ける。


「お着物着ると走り辛い、お城の中では騒げもしない、ご飯中はお話も出来ない…つまらないんですっ。大体ですねっ…」


訂正。これはもはや抗議ではなく愚痴である。しかも、その愚痴の殆どが嵯峨徒の方が悪い様に聞こえるのは気のせいだろうか…

嵯峨徒が一頻り愚痴を言い終える頃には、3人の体力はすっかり元通りになっていた。


「という訳でっ、悪いのは師匠なんですっ」

「分かりました分かりました」

「お師匠さんは意地悪なんですね」


2人の返答に嵯峨徒は満足げな顔を浮かべる。ようやく自分が正しいと分かってくれたのかと。

最も、2人とも途中から聞いてなかったのは言うまでもない。


「ほら行きますよ。鬼ごっこはまだ続いています」

「どの口が言うか…さっきまで愚痴りまくってた癖して…」

「どうしましたメリカさん?」

「何でもないわ」


3人は立ち上がり、移動を開始した。ようやく日が沈みかけ、空を橙色に染める。それは鬼ごっこの終わりが近い事を表していた。やがて3人は表通りに出て、ホッと胸を撫で下ろす。


「いやぁ…結構楽に終わりそうね」


メリカが満足気に語る。あれだけ自分を追い詰めた奴を撒けたのが余程嬉しいらしい。


「もう走ったり隠れたりするのは懲り懲りです…」


アシリカはもうやりたくない様だ。


「そうですか?鬼ごっこだけなら何回でもやりたいくらいですよ」


嵯峨徒は強者の余裕とやらを見せつ、3人各々が達成感を感じている様だ。

しかし、ここで一つ忠告を。


鬼ごっこはまだ終わっていない。


「あら〜〜?まだ鬼ごっこは続いてるのではなくって?」


ビクリと3人が震え、恐る恐る背後を見る。すると、自分達が出て来たはずの路地にタリアが立っていた。


「隠れんぼの時間は… ♡オ♡ワ♡リ♡」


そう言うとタリアは鞭を抜き放ち、3人の足元の地面を粉々にする。


「…ぜ…全員!全力で逃げますよ!」


アシリカの叫びと共に3人とも通りを全速力で駆け出す。せっかく逃げ切れたと思ったのにコレだ。いや、3人とも詰めが甘かったと言うべきだろう。


「あ!新人講習受けさせられてる3人組じゃんか!おーい!頑張れよ〜!」

「タリア嬢は手強いから気い付けとけよな!捕まったら酷いぜ!」

「馬鹿野郎!タリア嬢の鞭は御褒美だろうが!」

「そんなのお前だけだ!」

「鬼ごっこの新記録樹立、期待してるわよ!」


既に夕方という事もあり、話はある程度広まっているのだろう。道行く冒険者たちの温かい声援を3人は受ける。だが、3人とも声援なんて耳に入ってこない。なぜなら…


「だ〜れ〜に〜し〜ま〜しょ〜う〜か〜?」


後ろからタリアが昼間とは比べ物にならないスピードで追いかけて来ているからだ。しかも、凄まじい殺気を放ちながら。


「アシリカさん!強化魔法を!」

「我が体に流れ…」

「悠長に詠唱させると思って?!」


タリアが鞭を振るい、3人の中で1番後ろを走るアシリカの足首に鞭を巻き付けて引っ張り、アシリカを地面に転がす。


「きゃっ?!」

「アシリカ!」

「私に構わず逃げて下さい!」


アシリカの言葉にメリカも嵯峨徒も一瞬立ち止まるも、すぐに背を向けて全力で走り始めた。


「ふっふ〜ん♡…一匹捕まえましたわ。あと二匹…」


倒れたアシリカをタリアは一瞥すると、今度はメリカの背中を見つめた。次の標的はお前だと言わんばかりの殺気を彼女に浴びせる。


「っ?!」


背後から叩きつけられるように浴びせられる殺気に、メリカの体は硬直しそうになる。


「こっ…んのぉぉ!!」


なんとかすんでのところで抗い、走り続ける事に成功した。

しかし、タリアという圧倒的実力者との鬼ごっこで、ほんのすこしでも動きが鈍ってしまった事はメリカにとって致命的であった。


「随分と頑張りましたわね」


すぐ後ろから声を掛けられたかと思うと、一瞬で羽交締めにされ、地面に押しつけられた。


「殺気に完全にのまれなかったのは褒めて差し上げますわ。普通の新人ちゃんはさっきので動けなくなりますのよ?」

「それは捕まえきれなかった時に言うセリフよ…!」


メリカは思わずツッコむも、すぐ嵯峨徒の走っていった方を見る。


「流石に…アレを捕らえるのは無理なんじゃ無いの…?」


メリカにそう言われタリアも視線を向けるが、嵯峨徒の姿を確認する事は出来なかった。


「あら?どこに行って…」


直後、タリアとメリカがいる場に影が出来る。何事かと顔を上げれば、剣をタリア目がけて振り下ろそうとする嵯峨徒が居た。


「おっと!」


すぐさま脇にタリアは飛び退く。それと同時に、嵯峨徒はメリカの隣に着地した。


「危なかったですわね。気配を消すのがお上手なこと」

「お褒めに預かり恐縮です」


軽口を叩きつつも、嵯峨徒はタリアの一挙手一投足に気を配っている。タリアの身体能力の高さは嫌と言うほど思い知らされた。そんなタリアを前にしては、ほんの一瞬の気の緩みが敗北に直結する。

更に、タリアは鞭の達人であろう。鞭はその性質上、武器としては適さない。動物の調教や拷問に使用するのが常だ。その為、その使い手も少ない。実際に嵯峨徒自身、鞭使いに遭遇したのは初めてである。


「にしても、街中で抜剣とは感心しませんわね」

「鞭振り回してる人に言われたく無いです」


今までタリアがしてきた攻撃は全て、鞭本来の使い方。つまり、戦闘でどのように鞭が振るわれるか分からないのだ。これは嵯峨徒にとって非常に不利である。驚異的な身体能力を駆使して未知の戦い方をされるとあっては、戦闘での主導権はタリアに渡ってしまう。


「生意気な子猫ちゃんだこと…」


その場の空気が凍りついたように冷えると同時に、3人は背筋が凍る感覚を覚える。


「…けど、黙らせ甲斐があるってものですわね!」


タリアが目にも止まらぬスピードで腕を振るうと、それに連動して鞭が腕のスピードを遥かに上回るスピードで嵯峨徒に襲い掛かる。

目で捉えられない攻撃に回避は不可能と判断した嵯峨徒は目を閉じ、一瞬で集中状態に入る。


「大和桜花流・桜河斬(おうがざん)!」


桜河斬。敵の攻撃に対応する為の技。激しく流れる河の中で揉まれる桜の花をも両断する事が出来る技だ。

嵯峨徒は桜河斬でタリアの鞭の先端部をガキンと弾くと同時に、自身の手に強烈な痺れを覚えた。


「ぐっ!」


嵯峨徒はタリアの襲いかかる鞭に対応することは出来たが、元々の身体能力に差があるだけでなく、弾こうとしたのは鞭の先端部である。先端部の速度は優に音を越えるだろうと嵯峨徒は考えた。


「剣を手放さなかったのは褒めて差し上げます。けど、こんなの序の口ですわよ」


そう言い今度は連続で鞭の攻撃が飛んでくる。

距離が空いてるこの状況は不味いと弾きながら考える。これだとタリアの鞭がその威力を遺憾なく発揮してしまう。しかし距離を詰めようにも、音速を越える不可視の攻撃が嵯峨徒の前進を許さない。今はまだ先端が届く位の距離だが、少しでも進めば鞭の打撃をモロに喰らう事になる。先端部に比べると遅いのだろうが、嵯峨徒の目ではタリアの手元ですら捉えきれない。嵯峨徒は蓄積される手の痺れを我慢し、何とか耐え凌ぐしかなかった。


やがて連撃が収まる頃には剣はボロボロになり、嵯峨徒も顔から汗が吹き出していた。


「大和桜花流・桜山(おうざん)!」


桜山。上段から一気に振り下ろし敵を切り伏せる一撃。隙が生まれる大振りの技だが、その分威力は上がる。

嵯峨徒は桜山でタリアの鞭を捉え、そのまま地面に叩きつけ固定した。


「…この鞭…普通の鞭じゃ無いですね?少なくとも革製じゃ無い…」


ボロボロになった自分の鉄製の剣と剣から伝わる感触から、嵯峨徒は質問する。どう考えても革製の鞭が為せる芸当では無い。


「あらあら。お目が高いですわね。コレはとある名匠に作って頂いた鋼鉄製の鞭ですの。耐久力も威力もそれなりですわ」

「道理で…」


なんで鋼鉄で出来てるのに鞭みたいにしなるのか疑問が残るが、ソレを為せるからこその名匠だろう。


「そうそう。私も気になる事がありますの。質問しても?」

「…どうぞ」

「貴女、何故本気を出さないのです?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ