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光と闇 〜終わりの始まり〜  作者: シラス王
学園編
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学園編① 〜編入〜 聖女に忍び寄る影

冒険者ギルドにて秘密裏に登録をした当日、バロル達の授業でアシリカ達はバロル達に呼ばれていた。他の者達は昨日の一件があったからか、訓練に身が入っていない。

そんな者達を一瞥したのち、バロルは話を始めた。


「まず、昨日の件についてだが、ギルドは捜索隊を出すつもりは無いらしい。理由は…」


バロルが言い淀む。それもその筈。バロル自身も認めたくは無いのだ。

だが、それを見たアシリカがその先の言葉を繋ぐ。


「ユナさんを助ける為に掛かるコストとメリット…この二つが極端に釣り合ってないから、ですよね」

「…そうだ」


そう。ユナの捜索及び救出…いや、転移トラップに掛かった事を考慮すると捜索のみとなるが…此れは一言で表せば『超ハイリスク超ローリターン』だ。

ユナが勇者である事を考慮に入れればハイリターンになり得るのだろうが、いかんせん、ユナは勇者としてはまだまだ未熟。最悪、ユナを見捨て、新たな勇者が誕生するのを待つと言う手もある。ただし、ユナが勇者である事は人一機関の一部の関係者のみが知る最重要機密であるが為、冒険者ギルドが認知しているとは考えにくい。

勿論、冒険者ギルドの会議でも意見が割れた。

まだ成人(この世界では15歳)にもなっていない子供を、しかも何もせずに見捨てるのは人道に反するとして捜索及び救助を提案する者。

まだ全貌が知れてないダンジョン内で個人を捜索するのは危険及び人的リソースが掛かり過ぎるとして反対する者。

転移トラップの調査をし、捜索はそのオマケとして行えばキチンと見返りはある筈と主張する者。

自分の尻も拭えぬ小娘1人にギルドの貴重な人材を割くわけにはいかないと突っぱねる者。

人数的な割合を上から言うと、1:4:2:3と言った所だ。全体的に見れば、捜索派が3割、反対派が7割と言った感じで、初めから望み薄だったのだ。

此処まではアシリカ達も想像できたが、実は一部ではバロル達の管理不行き届きで起こったとし、バロル達へ責任追及を主張する者まで居た事までは想像できなかった。。結局の所、バロル達に処罰の類は無かったが、当の本人達の考えは違った。


「今回の件は俺の責任だ。お前達をダンジョンに無防備のまま突入させたのが間違いだった」


そう言ってバロルは頭を下げる。

アシリカ達は何も言えない。ユナがトラップに巻き込まれたのには少なからず自分達にも責任があると考えているからだ。

暫くの間、沈黙が場を包む。この空気の中では、ほんの数秒も数分間ほどに感じられる。

そんな沈黙を破ったのは、意外な声だった。


「んもう!そんなに悲しそうな顔しないの!空気が重たくなっちゃうじゃ無い!」


フルヘンシオ校舎長だ。


「たまには私も訓練に参加したいのにぃ、これじゃあ身が入らないわよ〜!」

「校舎長…」


彼…いや、彼女は元気付けようとしてるのだろう。ただ、今は逆効果にしかならない。


「あ!そうよバロルちゃん!今度みんなでピクニックでも行きましょう!気分転換になるわよお!」

「…はは…転換させたくは無いな…」

「それじゃあ困るのよ!先生であるバロルちゃん達がそんなにしんみりしてたら、誰がみんなを訓練するのよぉ!」


バロルは少しばかり目を閉じ、考えを整理する。


「…すみません、校舎長。直ぐに訓練に戻ります」

「…分かったわ。がんばってね」


そう言い残し、フルヘンシオは去って行った。


「さて…お前らには本題を言ってなかったな」

「本題…?」

「ああ。お前ら…」


バロルは溜める。

その間に、アシリカ達は身を強張らせる。


「勝手にギルドで登録しただろ」


空気が凍る。何故バレたのかと。というか、もうバレたのかと。


「な、何故それを…」

「まあ待て。別に怒る為に呼んだんじゃ無い」


バロルの言葉に、アシリカ達はポカンとする。若干一名ほど、ドヤ顔をしてる姫様が居るが。


「粗方、ユナを助ける為に登録したんだろ」


3人ともバラバラだが頷く。当然だ。


「安心しろ。俺も同じ立場なら、絶対そうする」


アシリカ達はそれを聞き、ホッと胸を撫で下ろそうとする。が、直ぐにその手は止められる。


「だが、ユナを助けるのは俺達の役目だ。お前達にはまだ早い」


バロルからの、戦力外通告とも取れる忠告に、3人とも眉を顰める。特にアシリカはバロルに詰め寄る。


「私達が足手纏いだからですか?」

「そうだ」

「これでも、普通の方よりは強いと言われたのですが?」


アシリカの言葉を聞き、バロルは鼻で笑う。


「何を言ってやがる。あくまで初心者の中では、の話だ。自惚れるな」

「う…」

「それにアシリカ、お前…人を殺せんのか?」

「え…」


バロルはアシリカの間の抜けた顔を見て、事情を察し、訳を話す。

冒険者のランクにおいて、Eランクへの昇格は一つの壁とされている。

理由は至極単純。Eランクは半人前という扱いではあるが、Eランク以上になれば、盗賊の討伐依頼や護衛依頼を受けられる様になる。

つまり、人を殺せなければならないのだ。

人殺しは出来ないと言うことで、Eランク昇格を諦めた者も多く居る。


「…」

「お前、聖女候補だよな。まさかそんなお前が、自分と同じ人間を殺せるのか?」


アシリカは答えられない。アルター教では同じ人間同士の争いは固く禁じられている。勿論、誰々は人間では無いと言い張れば、この教義の穴を通れるのだが。

アシリカが困惑する中、メリカと嵯峨徒はそんな事かと肩の力を抜いていた。


「何よ、そんな事?」

「思ったよりも簡単そうですね」


此処で押さえておいて欲しいのは、別に彼女らはシリアルキラーでも何でも無い。

少なくとも嵯峨徒は、一国の姫として何度か盗賊討伐に同席しており、実際に討伐した事もあるだろう。メリカが何故ケロッとしているのかは、彼女の過去が関係していそうだ、

そんな彼女ら2人を、アシリカは震えながら見つめ、やがて問い掛ける。


「2人とも…人を殺した事があるんですか…?」

「え?ああ…まあそうね」

「はい」

「何故なんですか…?何故そんな…」


アシリカの様子を見て、メリカは溜息を吐きながら口を開く。


「逆に聞くけど、剣を振り回してる相手に何もしないで勝てるの?」

「勝たなくても逃げれば…」

「じゃあ、相手の足がすごく速かったら?逃げられないくらいに速かったらどうするの?」

「そ、それは…」

「だから殺し合わないといけなかった。少なくとも私はそうよ」


メリカの話を聞き、アシリカは頭の中で考えを整理する。そして、一つだけ疑問が生まれた。


「え、えーと…その…」

「どうしたの?」

「……人を殺した時…どう思ったんですか?」


メリカは押し黙る。初めて殺した時の記憶を思い出し、眉を顰める。


「とても言葉じゃ言い表せないくらい最悪…とだけ言っておくわ。

「…そうですか…」


そんな彼女らの様子を見て、バロルは安堵の息を漏らす。

もしこれでメリカが下手な事を口にしていれば、バロルは今後彼女にどう当たるか分からなかった。


「分かったら俺に任せるんだ。いや、任せてくれ。でなければ、あの世でシスターや彼奴に合わす顔がねえ」


シスター。この単語を聞き、アシリカは頭の中に疑問を浮かべる。何処かで聞いた事のある響きだと。


「彼奴…ああ…ユナさんのお兄様…でしたっけ?」

「そうだ。俺は、絶対にユナにはシスター達の墓に行って貰いたい。教会のすぐ近くに作ったんだが…まあ、お前らに言ってもしょうがないよな。で、俺は彼奴の墓前で誓いを立てた」

「誓い…?」

「ユナは絶対にそっちに向かわせねえ、ってな」


それを聞き、少しばかり嵯峨徒が微笑む。


「…まるで、お兄様とユナさんを引き離す悪い人みたいですね」

「言い得て妙だな。だが、それが彼奴の願いだ」


そして少しの間沈黙するが、すぐにメリカが口を開く。


「にしても、聞けば聞くほど羨ましいわね、ユナって。知り合いにこんな凄い人達が居て、そんな人達に信頼される兄もいて…お兄ちゃんか…欲しかったなぁ…」


最後あたりの声は誰にも聞こえては居なかったが、これが本音の様だ。珍しくメリカが子供らしい願望を言っている。


「そうですね。きっとお兄様も、ユナさんみたいにやんちゃだったんでしょうね」

「やんちゃというよりは行動力が凄かったけどな」


そう言ってバロルは笑う。そうやって笑う顔は、まるで自身の子供を自慢する親の様だ。

やがて笑うのをやめ、神妙な顔つきになる。


「…だからこそとは言わねえが、俺に任せてくれ。ユナの友であるお前らを、みすみす死なせるわけにはいかん」


通常であれば、此処で頷くだろう。だが、メリカは違った。


「だからこそよ。だからこそ、助けるの」

「ほう?」

「ユナの事をここまで大事に思ってる貴方が死んだら、きっとユナは悲しむわ。だから、私達も行くの」


メリカは言外に、バロルの事を守ると言ったのだ。

それを理解したバロルは、次第に笑い出していく。


「…くくくく…はっはっはっは!そいつは面白い!お前らが俺を守るか!大した自信じゃねえか!」


バロルの笑い声に、その場に居た者全員がバロルの方を見る。


「そう?むしろ当然だと思うわ」

「はっはっはっ!良いだろう!その自信に賭けようじゃ無いか!」

「賭けるんじゃなくて、信頼してくれないとね」

「同じ事だ!」


この後バロルから、アシリカ達は戦闘科の授業は好きな時に出席して良い事を言われ、放課後以外にも依頼を受ける事が出来る様になった。


その日の戦闘科での訓練が終わったのち、アシリカは1人バロルを訪ねていた。


「先生」

「お。どうしたアシリカ?」

「先生に一つ尋ねたい事が…」

「なんだ?」


アシリカ少しばかり目を伏せたのち、決意を固めた様に口を開く。


「ユナさんのお兄さんって、黒髪ですか?」


バロルはほんの一瞬体を強張らせる。だがすぐに平常心に戻り、質問に答える。


「…違う違う。彼奴も白髪で金色の目だよ、ユナと同じくな。じゃあ俺は失礼するぞ」

「…ありがとうございます」


バロルは勘付かれる前に話を切り上げ退散したつもりだったが、バロルが一瞬だけ体を強張らせたのを、アシリカは見逃していなかった。

そして質問の答えにて、目についてもバロルは答えていた。何も不思議な点は無いだろうが、あの場でわざわざ言及する必要は無い。アシリカには、まるで真実を隠そうとしてる様に思えた。勿論、それがバロルが嘘をついている証拠になるとは限らないし、アシリカの思い過ごしかもしれない。

だが…もし…もしアシリカの予測が正しいのなら、ユナの兄は…


「あれ?アシリカじゃない。何でこんな所に居るわけ?」


ビクン。その場に第三者が居たのなら、アシリカの近くにこの擬音語が見えた事だろう。

アシリカに投げ掛けられた声に、アシリカは聞き覚えが…いや、その声を忘れる筈が無かった。


「…お、お久し」

「誰が喋って良いって言ったのかしら?『出来損ないの人形』さん?」


アシリカの挨拶を、鬱陶しいとばかりにその声が遮る。

その声は、アシリカを心底見下していた。


「ちょっと見ない間に随分と生意気になったようね。また昔みたいにお仕置きが必要かしら?」

「っ?!」


アシリカは咄嗟に頭を抱え、しゃがみ、目尻に涙を浮かべ、震え出す。

この場に来た声の主は、茶色の髪と瞳を持つ女の子でツインテール、可愛らしい顔を持ち、アシリカ(身長149cm程)より少しばかり背が高い。第一印象的には先程の言葉を発するとはとても思えない。


「ご、御免なさい…御免なさい御免なさい御免なさい…」

「貴女は謝れば良いと思ってる様だけど、そんなのは赤ちゃんの時に終わりなの。本当に学習能力が無いわね」


そう言うと女は顔を豹変させ、アシリカの髪を無造作に掴み、無理矢理顔を上げさせる。


「あぐ?!」

「まあ、その度に、貴女の大好きなお仕置きが待ってるんだけどね」

「ち、違います!お願いです!やめて下さい!」

「やめて?人形が何を喋ってるのかしら?人形は人形らしく…」


髪を掴んでない方の手でアシリカの首を掴む。


「か…?!」

「黙って遊ばれてれば良いの」

「た、助けて…お願いです…」

「なんで助けなんか求めるのかしら?いつもの事じゃない」


そう言うと髪を掴むのをやめ、両手で首を締め始める。


「かは…あ…」

「良いわよその表情。やっぱりお人形さん遊びは良いわね」

「あ…」


アシリカは意識が遠のく感触を覚える。

すると、首を絞める手が離れた。


「…っはー…っはー…」


息を吸い、体内に酸素を回そうとする。が、すぐにまた絞められた。


「っ?!」

「人形が一丁前に呼吸なんかしてるんじゃ無いわよ。腹が立つわね」


再度、意識が遠のく。また、手が離れた。


「良い?この私が、この私の口から、この私の声で良いと言った時に呼吸するの。良い?」


アシリカは倒れたまま動かない。グッと目を瞑り、苦しさに耐えている。


「…聞いてるの?!返事しなさいこの人形!」


そう言うと女はアシリカを蹴る。どうせ、返事したらまた首を絞めるだろうに…

だが、すぐに許可が出た。


「アシリカ様。呼吸して良いですよ」


突如『ビスカの声』がその場に聞こえた。

アシリカは呼吸をする。早く酸素を取り込もうと。


「この…私の言う事が聞けないの?!」

「いいえ。アシリカ様はキチンと聞いてますよ。『私』の言葉を」

「だれ?!」

「…か…か…お…さ…」

「カカオじゃなくて家事王です」


家事王だ。


「な、何よこの鉄ダルマは?!それよりアシリカ!勝手に呼吸してんじゃ…」

「先程も申し上げましたが、『私が』許可しました。それが何か?」

「は?」

「あら?違いました?『私』が、『私の声』で許可をだしたのですよ。コレは貴女が提示した条件です」

「…」


女は段々と肩を震わす。その顔に浮かぶは、嘲笑の笑みだ。


「何かと思えば、聞くに耐えない屁理屈ね。声を私に似せるだなんて、聞いたことのない技術はロストテクノロジーの産物なんでしょうが…噂通りの鉄屑ね。声を似せたから何だというの?折角のテクノロジーもゴミで出来てはこの始末?」


女は挑発のつもりだったのだが、家事王は全然それに気が付いていない様だ。


「鉄では無いですが金属で出来てますね。とはいえ、何か問題があるので?条件はクリアしてます。先刻、アシリカ様は目を瞑っていました。このことから、アシリカ様が呼吸をして良いか否かは発言者と発言者の口に関わらず、声にのみ判断が委ねられると考えられます」

「鉄屑には言葉が分からない様ね。自分の理論がいかに意味不明か理解できないのかしら」

「…成る程成る程。声も貴女が発する必要があったものという訳ですか。確かにそう考える方が妥当ですね」

「そうよ。だから…」


女は何かを言おうとするが、直後の家事王の言葉に絶句した。


「いやはや失礼いたしました。ドブネズミに人間と同程度の思考能力があったとは驚きです。随分と世話上手な飼い主に飼われていたと推察します。是非ともその方と話がしたい。チーズをあげるので案内してくれませんか?」

「な……な…」

「…いえ。ドブネズミに失礼すぎました。ドブや肥やしよりも嫌な匂いが貴女からはしますね」


果たして家事王に匂いを嗅ぐ器官があるのか疑問が残るが、女に対しては効果的面の様だ。

顔を真っ赤にして怒り…いや、人を殺せそうな程の憎悪を家事王に向けている。


「先程から黙って聞いていれば好き放題言ってくれたわね!この鉄屑が!」


そう言い女は何かを放つ構えをとるが、家事王の言葉がそれを止めさせる。


「おやおや。口調が大変汚いですよ?どうやら、貴女の口は『出来損ない』より程度が低いようですね。そうやってすぐに暴力に頼るあたり、ドブネズミは所詮ドブネズミですか?」

「…ふ…興醒めね。アシリカ!アンタも情けないわね!こんな鉄屑に庇ってもらうなんて!」


そう吐き捨てて、女は去って行った。

家事王は言葉を発さず、アシリカはしゃべるよりも呼吸を整えている。

やがて呼吸が整い、アシリカは家事王に向き直る。


「家事王さん…今回はありがとうございます…」


そう言って頭を下げる。


「いえいえ。昨夜は私も言い過ぎました。そのお詫びと思って下さい」


家事王の対応に、アシリカは戸惑う。しかし、そんな心情を察したのか、家事王は理由を説明する。


「先程のメリカ様とバロル様との会話、聞かせて頂きました」

「…」

「私は昨夜、ある言葉を聞きたかったんです」

「え…?」

「ユナ様を助けに行く、と。そう、言って欲しかった」


昨夜とは打って違い、酷く寂しげに言葉を話す。


「…すみま…」

「謝ることではありません。寧ろ謝らねばならないのは私です。アシリカ様方がギルドに行って冒険者の登録をした事…バロル様に教えたのは実は私です」

「か、家事王さんが?!」

「家事とは見せびらかす物では無く、ひっそりと行われる物です。故にひっそりとアシリカ様方の後を付けました」

「…はあ…」

「…まあともかく、何故アシリカ様は皆様の先頭に立たないのですか。私には不思議でしょうがない」


家事王の質問に、アシリカは俯く。


「…私は…後ろで良いんです…」

「ふむ?」

「私に、誰かを引っ張っていく力はありません…だから…後ろで良いんです…」

「…それは、さっきのドブネズミ…いえ、キチンと名前で読んで差し上げねば失礼ですかね…ビスカが関係してるんですか?」

「…」


ビスカ。先程の女の名前だ。その名を聞き、アシリカは自身を抱き抱えて震え出す。


「…よろしければ、私に事情をお話し願えませんか」

「…結構です…」


遠慮するアシリカに、家事王は負けじと説得を続ける。


「アシリカ様。言ってしまった方が良いです。御自身のためにも」

「…良いんです」

「何をそんなに隠すのですか。メリカ様や嵯峨徒様にも協力を仰ぎましょう。あの様な者をのさばらせておくのは、アシリカ様だけではなく、メリカ様や嵯峨徒様、引いてはユナ様にも悪影響を及ぼしかねませんし、この問題は根が深いと見えます。アシリカ様一人ではどうにも出来ません。それに…」


家事王が言い切る前に、アシリカは叫んだ。


「良いって言ってるのが分からないの?!」


そうして家事王を見る目には涙が浮かんでいるのに、目からは輝きが失われている様に見えた。


「アシリカ様…」

「来ないで!」


そう言うとアシリカは駆け出す。

家事王やユナを巻き込みたく無い。これは自身の問題だ。

廊下を走り、体育館を出て、寮に入り、自身の部屋に即座に転移する。

まだ放課後とは呼べない時間の為、暫くは此処に居て、気持ちを落ち着かせる為だ。

それに、放課後になればメリカも嵯峨徒もアシリカを誘いに来る。メリカも嵯峨徒も、将来有望な実力者と言う評価を周りから受けている。まず普通に考えて手を出すとは考えにくい。

アシリカは制服を脱ぎ、ベットに横になり、目を閉じた。

その様子を部屋の隅から、一体のゴーレムが見つめていた。



「…にしても、面倒くさいですね」


部屋へと戻った家事王は、誰も居ない筈の天井を見て喋り出す。


「先程のドブネズミ…じゃなくてビスカ…“アルター教聖女候補”の1人…事前に要注意人物としてリストアップしてましたが、案の定でしたよ。となると、この2人も注意が必要ですね。アシリカ様にとっての危険人物はこの3人…皆様にとって危険なのはこのグループですか…ふむふむ。学園の大体の勢力図は掴めました。本来ならアシリカ様方がユナ様をピックアップしてハッピーエンドでしたのに、何でこうも新しい問題が浮上するのか…」


家事王は無い口で溜息を吐く。


側から見れば、家事王は天井を見ながら独り言を言ってる様にしか見えないのだが、どうやら、家事王にしか見えない何かが浮かんでいる様だ。

それからしばらくは天井と睨めっこした後、自身の本来の仕事へと戻るのであった。




此処は寮の一室。部屋の中には3人の人影があり、その内の1人はビスカの物だ。部屋の脇にはゴーレムが一体、いつでも主から命令を受けられる様に待機している。


「ビスカさん。久しぶりに人形に会えてどうでしたか?」


そう尋ねるのは、3人の中で最も高身長で大人びている女子だ。藍色の髪と瞳を持ち、ストレートに髪を下ろし、目を薄らと細め、彼女の虹彩は見ることすらできない。


「ダメよダメ。また躾からやり直さないと」

「あらあら…大変そうね」


残念そうな声を出して目を伏せ、万人を一瞬で魅了できそうな柔らかな笑みを浮かべる。


「今度はもっと厳しく躾けないといけませんね」

「ふふふ…その時は手伝ってよね」

「…」


1人、会話には混じらずに黙っている女子が居る。明るい紫色の髪と目を持ち、ポニーテールに髪を纏め、目を閉じている。


「それはそうと、貴女はどう?」


ビスカが女子に問う。

問われた女子は少しばかり目を開け、呟く。


「…どうでも良い」


心底興味なさそうにそれだけ呟き、また目を閉じる。


「だと思った。貴女はあの人形について心底興味が無いわよね」

「仕方ありませんよビスカ。彼女は人形遊びは好まないのですから」

「ま、そんな柄でも無いしね」

「…」


その後、3人(というより2人)はアシリカをどうしようか議論した。





「…誰か…助けて…」


暗闇の中、少女の目が涙で潤む。やがて容量を超え溢れ出た涙は少女の頬を伝い、やがて頬から離れ、暗闇へと落ちていく。

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