Part17 天界の書庫
「外から見た時点で分かってたけど、実際に入ってみると相当に広い......いや、高いなぁ」
自動ドアの向こう側。
吹き抜けになっているエントランスから上を見上げると、そこには視界の遥か上まで続く、書物の世界が広がっていた。
階層にして、七階建て。
ガラス窓の向こう側、入口を囲うようにして数多の本棚が反り立つ光景は、圧巻の一言に尽きる。
そして入口側の壁面一杯に広がるステンドグラスが、書物が成す荘厳な空間に温かみのある彩りを添えていた。
まるで、天界の書庫。
これまで見た事も無い神秘的な雰囲気に、思わず俺は数十秒間立ち尽くしてしまった。
「って、ボンヤリせずに下調べしないとな。......でも、何を調べたら良いんだ?」
ちょっと考えてみる。
今回、この図書館に来た目的は、真耶の耳と尾が他人にバレるのを防ぐ事だ。
解決策は二つ。
耳と尾そのものを無くしてしまうか、それを見えなくしている宝具の効果を延長させるか。
「基本的に、宝具は人の手でどーこー出来ないんだよな......じゃあ、耳と尾そのものを無くす方が現実的か?」
真耶はこの魔法の事を、『禁忌の魔法』――つまり禁術だと言っていた。
となると、禁術について書いた本を探すべきなんだろうけど......そんな本、有って良いのか?
まあ、取り敢えず探してみるか。
足を進め、図書館内の案内板を見る。
図書館の見取り図には番号が振られ、番号ごとにどんなジャンルの本があるか書いている。
えーと、魔術に関する本は――
「ん......んん!? 何だコレ、魔術の本が滅茶苦茶多いぞ!?」
思わず、そこそこ大きな声で叫んでしまった。
周りの人の目線が飛んで来る。ゴメンナサイ、ペコリ。
にしても、かなり変わった蔵書内容だ。
雑誌や占いなどの娯楽本が少ない代わりに、実用書の割合が大きい。
その中でも、魔術に関する本は全体の三分の一――つまり、一階から七階までの全ての中央部分を占有していた。
この感じ、魔術に関する本だけでも10万以上はある。いや、もしかすると100万に届くか?
普通に探していたら日が暮れそうだ。
図書館の奥に受付があるし、そこで聞いてみよう。
「あの、すみません」
「はい、どうされましたか」
「えっと、言いにくいんですけど......この図書館に、禁術に関する本ってありますか」
「ええと、本の名前は?」
「名前を知ってる訳じゃないんですけど......なんだろう、禁術の解き方に関する本......とか?」
「そう......ですか。少々お待ちください」
そう言って、俺と話していた人は少々困った様子で、他の受付さんと話し始める。
その会話はハッキリとは聞き取れないが、どうやら禁術関連の蔵書に詳しい人が休んでいるらしい。
見たところ、この図書館の蔵書数はそこらの私立図書館を軽く超えてそうだし......一括りに禁術の本と言っても、相当な数があるのだろう。
あー、しまったなぁ。こうなるんだったら、ネットで調べておくべきだった。
「あ、いえ――」
「どうかしたか?」
『スミマセン、自分で探してみます』。
そう俺が言いかけた所で、受付の奥から低く落ち着いた声が聞こえて来た。
軽くお辞儀をして下がる、受付の人。
代わって姿を現したのは、一人の男だった。
パッと見たところ、歳は30代中頃だろうか。背丈は俺とほぼ同じに見える。
横長の眼鏡と、それ以上に細く鋭い右目。
レイドとは違って、目の下にクマは無い。
左目は黒い前髪で隠れており、こめかみ・後ろ髪を長く伸ばした様は、ビジュアル系っぽさを感じさせた。
「ほう、君は......」
と、俺を見た途端、男は僅かに口角を上げる。
驚いていると言うより、興味を持った様子。
......なんだろう、身に覚えのある悪寒が。
でもこのままだと事が進まないし、話を切り出すとしませう。
「えーと、『禁術の解き方に関する本』みたいなのを探してるんですけど......そう言うのって置いてます?」
「ふむ。認定証はあるか?」
「に、にんて......?」
「いや、分かった」
あ、禁術を使う為の認定証を持っているかどうかを聞きたかったのか。
で、俺が分かってない感じの反応を見せたから、俺は持って無いと判断した訳だ。
「私が案内しよう。ついて来るように」
「あ、お願いします」
君達は業務に戻るように、と受付さん達に伝えた後、男はカウンターから出てエスカレーターへと向かう。
受付さんに軽く頭を下げてから、俺は男の後に続いた。
「で、何を探している?」
「えーと、人にネコの耳とか尻尾を生えさせる禁術ってありますよね?」
「第Ⅲ類禁術、<メタモルフォシス>か?」
「あー、ソレです。それを解く方法を書いた本って、あります?」
「......何故、それを知ろうとする?」
「うぇっ!?」
俺のギョッとした顔を見たからか、或いは大声を不快と感じたのか、男は眉間にシワを寄せる。
マズイ、全然考えて無かった。ぅえーっ、と。
「その内使えるようになろうかなー、と。んで、それの勉強をしようかなー、と」
「こんな所に来てか?」
「えー......この高校なら普通の本屋とか図書館に無い本もあるかなー、とかって......」
「......まあ、いいだろう」
あっぶねー! 何とか誤魔化せた、のか?
背中から変な汗出たよ、ヒヤヒヤしたー!
――と、男が溜息を付く。
「しかし、随分と勉強不足だな」
「え?」
「<メタモルフォシス>は、姿を変化させる魔法。元の姿に戻るのも、<メタモルフォシス>だ」
「じゃあ......<メタモルフォシス>を解くには、もう一度<メタモルフォシス>を唱えるしかないって事......ですか?」
「その通りだ」
エスカレーターの上段から、男が冷めた表情で見下ろして来る。
上昇によって下に引っ張られる力が、途端に大きくなったような気がした。
「な、何か無属性魔法で......治療、とか!?」
「<メタモルフォシス>は、術者の組成式を根本から変化させる。故に、『治療』は不可だ」
「耳とか尻尾だけを隠す魔法は!?」
「姿を隠す魔法は<インビジブル>だけだ。それ以外には存在しない」
声を荒げる俺に対して、男の声は残酷なまでに冷静だった。
その表情に・眼差しに、心が急激に冷やされて行くのを感じる。
二階から三階へ。男はまだ上に行こうとするが、俺の足は続かない。
「......<メタモルフォシス>の詠唱は?」
「ある。が、認定証を持っていない者に、その本は見せられない。当然の事だ」
「ッ......!」
『当然の事だ』。
その言葉が胸の内に刺さり、酷く痛む。
エスカレーターの降り口で立ち止まったままの俺を、男は無機質な目で見て来る。
「どうした? 許可証が無くとも、<メタモルフォシス>に関する本のいくつかなら読めるが?」
「......」
「人の記憶は当てにならない。私が話した事以外の情報も、その本には載っている可能性がある」
「......分かりました、お願いします」
ふり絞るように出した返事の声に、男は黙ったまま頷く。
何事も無かったようにエスカレーターに乗る男に続き、俺も足を進めた。
目的の場所――図書館の六階まで着いた男は、所狭しと並ぶ本の世界を迷わずに突き進む。
「これだ」
そしてある本棚の前に着くとピタリと足を止め、探す間も無く一冊の本を取り出す。
それは、『[改訂第二版] 魔術大全 運用と対策』と書かれた、辞書のように分厚い本だった。
「今から70年前に出版された本だ。その頃は、禁術の詠唱文の闇取引がさほど問題になっていなかった。詠唱文さえ載せなければ許容された。その本も、魔法の特徴が詳細に記されている」
「......どうも」
軽く説明をしてから、男は本を俺に渡す。
B4判数百ページに及ぶ本は、ずしりと重い。
だが、この中に求めている情報は、一体どれぐらいあるのだろうか。
真耶に、良い知らせをする事は......
いや、そうじゃない。違う。
今考えるべきは、どうすれば少しでも可能性を上げられるか、じゃないのか?
だったら――
「あの、もう一つ」
「なんだ?」
その場から立ち去ろうとしていた男に、俺は背後から声を掛ける。
「宝具の、こう言う感じの本ってありますか?」
「ある。Q – 2400~2700辺りだ」
「分かりました、ありがとうございます」
Qブロック。この階の、一つ下。
ゆっくりとした足取りで帰ろうとする男を、俺は礼を言いながら追い抜かす。
足音を立てながらエスカレーター駆け下りて、教えられた場所へ。
Q – 500......2000......2400......2600......
『人類史と宝具3』、『宝具の運用手法』......! これだ、『新装版 宝具全――
「ッ!?」
俺が本を見つけ、手に取ろうとしたその直後。
俺の頭上から、するりと伸びた腕がその本を掠め取ってしまった。
口をポカンと開けつつ、ゆっくりと上げた視線の先には――
「ああ、申し訳ない。君もこの本を求めていたのか、悪い事をした」
金髪で、鼻の高い男がこちらを見ていた。




