Part16 異境の守護者
白い世界の中、まるで独り取り残されたような感覚でさまよっていた俺。
そこに声を掛けたのは、バスローブ姿で胸元を晒す変態だった。
「『変態』? キミは今、ボクの事を『変態』と言ったねェ?」
「......」
「それはつまり、このボクの美貌に対してエロスを感じたと言う事。キミはこのボクを、美しいと言ってくれた。嬉しい、嬉しいよジュネス」
......などと目の前の痴漢は供述しており。
え、何? 俺、こいつに性的な意味で喰われたりするの?
やべーな、どげんかせんとイカンばい。
おし、逃げるべ。
「あっ、待ちたまえよ!?」
男の呆気に取られる声を背に、俺は全力でその場から逃げ出す。
が――
「やれやれ、そんな怯えた子ヤギのように逃げ出さなくても良いじゃないかァ」
「んなッ!?」
数メートルも走らない内に、俺は踵を精一杯立ててブレーキをかける。
何故なら、あの痴漢が再び目の前に現れ、俺の行く手を阻んだからだ。
「な、オ、お前は一体......!?」
驚きの余り、男を指差しながら後ずさる俺。
『ついさっきまで後ろに居たハズ』と言う驚きもあるにはある。
が、俺が目にしているのは、それ以上に驚くべきものだった。
生えているのだ。男の上半身が、溝の中から。
今度はパスローブを着ず、全裸の状態でこちらをじっと見つめている。
「言っておくけれど、この高校に居る限りボクから逃げる事は出来ないよ? ここはボクの城だからねェ」
「ぐぬぬ......」
「キミは図書館を探していたんだろう? 後でボクが案内してあげよう。だから、ちょっと話を聞かせてくれないかい?」
「......」
笑顔を浮かべ、俺をなだめようとする痴漢。
妙に整った顔のせいで、余計に気持ち悪さを感じる。
『図書館へ案内する』ねぇ。
信じて大丈夫なのか? いやいやマズイだろ。
怪しい人の言う事を聞いてはいけません、って小学校で教えられるじゃないか。
そもそも、『逃げる事は出来ないよ』とか、脅し以外の何物でも無いし。怖ぇよ。
確かに、さっきの感じからして簡単には逃げられなさそうだ。
<エクスプロージョン>をブッパすれば何とかなりそうだが......仮にも高校と言う場所で、それをするのは避けたい。
レイドみたいなしっかりした人間も居るし、ここは言う事を聞くのがベストか。
までも、一応警戒はしとこう。
「......分かったよ、話を聞く」
「あァ、嬉しいよジュネス。その前に、あそこにかけられたバスローブを取ってくれないか?」
「ん? あそこって......?」
痴漢が指差した先を、俺は目を凝らして見る。
すると真っ白な外壁に溶け込むように佇む、白いバスローブが目に入った。
少し歩いて、俺はそれを手に取る。
......と言うか改めて見てみると、色んな所にバスローブがかけられてるな。何だこれ。
「ほら、持ってきたぞ」
「ありがとうジュネス、助かるよ」
俺がバスローブを差し出すと、痴漢は妙にテカった右手で掴む。
そして頭からそれを羽織ると、ズッと音を立てて溝から全身を出した。
身長は180cmほど。見下ろされるようで、やや威圧感がある。
「改めて自己紹介しようか。ボクはこの高校を守護しているエーギルだ。宜しくねジュネス」
「エーギル......?」
艶のある笑みを浮かべて手を差し出すエーギルだが、俺はその名前に引っかかる物を感じた。
どこかで聞いた事のある名前。
確か、藤宮家にある魔術の本に――
「ッ!?」
思い出した。と言うか、思い出してみると本には写真も載っていた。
目を凝らすまでも無く、俺の前に立っている人物の顔は写真の顔と一致する。
エーギル。デービス――公称スルトに並ぶ、自然属性を極めし四人の賢者の一人。
それを名乗る偽物と言う線も、無い事は無い。
だが、使用者の殆ど居ない転化術をこうも自在に使っている以上、多分本物だ。
「水の賢者が、何でこんな所に――」
「握手してくれないのかい? つれないなァ、ジュネス」
「お、俺は北条ハルト。よろしく......」
エーギルの手は、握ると冷たかった。
まあ、水で出来てるしな。妙にテカってるのも、水で出来てるせいだろう。
と言うか、何でこんなのが水の賢者なんだ。
デービスにしろ、賢者は全員個性派なのか?
もっと威厳とか無いのかよ......
「で、水の賢者サマが何でこんな高校に?」
「さっき言った通りだよ。ボクはこの高校の生徒を守っているのさ」
「『守る』? 誰かに狙われてるって事か?」
「エグザクトマン! ここに居る子達は、皆才能に溢れているからねェ。それを狙おうとする、悪い人間も居るのさ」
「ほーん......」
水の賢者って言うぐらいだから、頼りにはなるんだろうけど......なんだろう、頼りたくないな。
「なるほどなぁ。普段は水路の水に溶け込んで、何かあったらバスローブ来て出てくるのか」
「ノンノン、その言い方は正しくないなァ」
「? どう言う事だよ?」
「水に溶けてるんじゃない......。このボクが! 水と化して流れているのさ!」
「......?」
濡れた髪をかき上げて鼻を鳴らすエーギルだが、俺には意味が理解出来ない。
『水と化して流れている』。俺が言った事と、殆ど同じ内容だ。
『水に溶ける』だと水の一部になっていて、『水と化して流れる』だと水そのものになっているイメージだが......
......ん?
おいおい、まさかだと思うけど......!?
「もしかして......水路に流れてる水全部が、自分のマナだって言いたいのか!?」
「最初からそう言っているじゃないか、ハルト。熱でもあるのかい? ボクの身体で、冷ましてあげようか?」
「ッ......! 要らんって......! 要らんから!」
俺は額を抑えながら、両腕を広げてニジリ寄る痴漢を手で制する。
熱、か。別の意味で頭がパンクしそうだ。
計量した訳じゃないが、高校の敷地内を流れる水はとんでもない量のはずだ。市民プール一杯分、なんてものでは済まないだろう。
『莫大な量の水を、自身のマナで半永久的に維持する』。それに一体どれほどのマナが要るのか、全く想像が付かない。
だからこそ、分かる。
目の前の存在が、途方もない程に強大な存在であると言う事が。
「アハハ、冗談さ。そんなに驚いてくれるなんて、ボクも嬉しいねェ」
「......で、何で俺に話しかけて来たんだ?」
「そんな意地悪な言い方しなくても。ボクが逢いに来た理由、キミ自身も分かってるんだろう?」
「ゥグッ......!」
「さァ、キミの口から言ってごらんよ。黙っていても事は進まないよ?」
「俺の......オドの事か?」
「トレビアン! キミの心と通じ合えて、ボクは感激さァ!」
クッソ、何なんだこの賢者。マジでキモイ。
デービスの長話を聞いてる方がよっぽどマシだよ、コンチクショウ......!
「キミのオドは、僕の旧友でもある火の賢者――スルトと同じ、いや彼のオドそのものだ。どういう事かな?」
「どう、って言われても......」
答えに困った俺は、後頭部を掻く。
最近は意識する機会が無かったが、俺には地球やデービス達と会った事を話すと失神する、ペナルティと言う名の口止めがされているのだ。
正確にはそれを知らない人物に話すと発動するらしいが......目の前のエーギルは知らないだろうから、話す事は出来ない。
『会った』って事を口にせずに、伝えられる方法があれば良いんだが。
......
そうか、思い付いた。
「なあ、ちょっと話が逸れるんだけど......」
「うん? どうしたんだいハルト」
「火の賢者の愛称って、デービスって言うんだろ? 何でなんだ?」
「いや、彼の愛称は......オゥ? どうしてキミがそれを......ああ、そう言う事か。分かったよハルト、キミはデービスと会って、それで力を授けて貰ったんだね?」
「そういう事」
よし、話が通じた。変態だけど意外と頭が回るな、この賢者。
以前、Bランク試験の勉強をしていた際、スルトと言う名前はちょくちょく目にした。
が、その中でデービスと言う名は一つも見なかったのだ。
ちょっと引っかかってスタホでも検索してみたが、それでもヒットは無し。
詰まる所、デービスと言う名前を知っているのはごく僅かな人物だけなのだ。
エーギルはデービスの事を旧友と言っていたから、知っていると踏んだんだが......正解だったっぽいな。
「おっと、聞かれたからには答えないとねェ。デービスは、彼のセカンドネームさ。ボクはトニーと呼んでいるけどね」
「『トニー』?」
「ファーストネーム、アントニオの事さ。逆にセカンドネームを知っていたなんて、そっちの方にビックリだけどねェ。これこそ、彼の友人で無いと知らない事さ」
「ふーん」
じゃあ何で、パース――俺を異世界に連れて来たアイツはデービスなんて言ってたんだ?
こう言う時の為の合言葉になると思って、俺にわざわざ教えた......とか?
いや、考えすぎか。
「ま、彼の知り合いと言う事なら分かったよ。時間を使って悪かったね、ハルト。さあ、図書館に案内してあげるよ」
「ああ、頼んだ」
知りたい事が分かったエーギルは、俺を真っ直ぐ図書館まで案内してくれた。
片道20分ほど。反対側への移動とあってか、かなりの距離だ。
それでも退屈に感じなかったのは、水路からヒョコヒョコ出てくるエーギルがファンシーで見ていて飽きなかったからか。
そして――
「着いたよ。ここが主代高校の誇る、大図書館さ」
「お、おおお......!」
目の前に現れたのは、俺が住んでいる市の図書館が小さく見えるほどに、広く・高くそびえる白く巨大な建築物。
ゴシック様式を感じさせる装飾は、蓄積された知識の尊さを称えているように思わせる。
「じゃあ、ボクは戻るとするよ。また話そうね、ハルト」
「あ、ああ......」
ニッコリと笑いかけるエーギルに対して、俺は張り付けたような笑顔を返す。
......変にマークされてないだろうな。居心地悪いし、さっさと入ってしまおう。
ジットリとした視線を向けられている感覚に苛まれながら、俺は図書館の階段を駆け上がる。
「どうして、どうしてだいトニー。キミが彼に与えたオドは、キミ全体の20%もあるだろうに......。一体、何を考えてそこまで与えたんだ......?」
――その後ろで、エーギルは目を細めながら言葉を漏らしていた。




