Part15 ひとり、ぽつねん
「さぁ~って。これからどうするかな」
真耶の組成式とウィザードを繋げる作業が何とか終わり、俺はカプセルから身体を出して伸びをする。
次はいよいよウィザードの実働確認だが、今すぐに取り掛かる事は出来ない。
と言うのも、肝心の真耶がまだカプセルの中で休眠中なのだ。
まあ、あんな世界に居たんじゃ疲れるだろうしな。もう少し休ませてあげよう。
「このまま待っておくのもアリなんだが......いつ目を覚ますか分からんしなぁ」
「でしたら、私達が看ておきますよー?」
「いや、お前らに看て貰うぐらいなら俺が看る。と言うか、そうしないと安心出来ん」
「ちょっ、その言い方ヒドくないです!?」
右目に眼帯を巻いたニーナ――恐らく、俺が吐くのを防ぐ為だろう――が、ギャーギャーと騒ぎ立てる。
真耶の耳と尾は極秘事項なのだ。
普段は見えないようになっているが、何かの拍子に勘付かれると大変な事になりかねない。
特に、ニーナの場合は。
「おお、生徒会長殿ッ! 如何なされましたかなッ!?」
と、物音に気付いたイスミが声を上げる。
その視線の先には、ドアにもたれかかってこちらを見ているレイドの姿があった。
「いや、大した用事は無い。少し手が空いたから、こっちの様子を見に来ただけだ」
「おや? ミツキちゃんはどうしたんです?」
「用事が出来てな、ミツキは外出中だ。と言うかニーナ、その眼帯はどうした?」
「ちょっとした事情がありまして。ま、別に怪我したとかじゃ無いですけど。にしても、ミツキちゃんが外出ですか。ナルホドなるほど......」
何か含みがあるような、ネットリとした笑みを浮かべるニーナ。
ちょっと気になるけど......いや、何かいいや。どうせしょうもない理由だろ。
「イスミ、動作テストは終わったのか?」
「ノンッコンプリートッ! 被験者・真耶のウィザード接続作業が、予想以上に時間を使いました故ッ!」
「そうか......」
レイドは一言だけ漏らし、それ以上深く追求して来る様子は無かった。
詮索するのはマズいと思って、控えてくれているのかもしれない。
「で、ハルト。アンタは受けないのか?」
「あー、まあ確かに出来なくは無いんだけど......まあ、色々あってさ。少しの間、別の事をしたい気分なんだよ」
「変なトラウマ残りましたしねー、ニシシ」
「うっさい」
横からちゃちゃを入れてくるニーナに、少しイラッとする。
お前も真耶の世界に入ってみろよ。ホント洒落にならんからな、アレ。
「なら外に出て気分転換でもすれば......ああそうか、コイツらに任せるのが不安なのか」
「そうそう、そんなトコ」
「コイツらの事だからな。不安になるのも良く分かる」
「何ですかぁー、二人共ぉー!? 私ってそんな信用無いですー!?」
『「無い」』
「キィー!」
騒ぎ立てるニーナだが、俺とレイドの言葉で一刀両断され、今度は地団駄を踏む。ざまあ。
「まあアイツは放っておくとして......何なら、俺がアンタの連れを見ておくが?」
「え? いいのか?」
「ああ。とは言ってもやる事が溜まってるからな。それをしながらで良いなら、になるが」
「サンキュー、恩に着るよ。で、真耶の目が覚めたら俺に連絡して欲しいんだけど......あ、連絡先知らないんだっけか?」
「ああ。一度、俺の連絡先に電話を掛けろ」
「わかった」
スタホを取り出し、貰った名刺に書かれてある電話番号に電話をかける。
[ヴー、ヴー]
直後、レイドのズボンのポケットから振動音が響く。
番号を確認すると、レイドは電話を切った。
「......よし、大丈夫だ。何かあれば連絡しよう」
「頼んだ」
レイドを見て、チラリと真耶の方も確認してから、俺はイスミのラボを後にした。
◇◇◇◇◇
「ふー、外だ外だ。ってか日差しが超眩しいな」
自動ドアを通った直後、俺は思わず手をかざす。
真っ白な世界、日光を反射してキラキラと輝る水面。眩しくない訳が無いか。
日陰にある、上面が少し波立ったような形状の石に腰を降ろし、ゆっくりと目を閉じた。
海から吹くそよ風と、流れる水の音が俺の身体を包み、気持ちが安らいで行くのを感じる。
何より、暑さを一切感じないから驚きだ。
さっきスタホを取り出した時、時刻は11時過ぎ――真昼間だった。
七月だと言うのに殆ど暑さを感じさせないのは、この流れる水のお陰だろう。
「そう考えると、この学校も意外と快適なのか。住めば都、って事かねぇ......」
目を閉じたままポツリと呟く。
耳に届くのは、そんな俺の声だけでは無い。
あちらこちらから、活気のある声が上がる。
オモシロ高校は全寮制だとニーナが言っていたし、休日も多くの生徒が活動してるんだろう。
「いやはや、熱心なトコロですなぁ」
などと年寄りクサい発言をする俺。
さっきから流水音に癒されたり、ベンチに座ってくつろいだり、まんま爺さんじゃないか。
とは言っても、やっぱり爺さんでは無い訳で。
「ん~......暇になって来たな」
ベンチに座って五分ほどで、俺の頭に退屈の文字が浮かんで来る。
ラボを出る前は少し疲れていた気がしたが、いざ外に出て目を閉じていると、疲労感は大した物じゃなかった。
夢の世界で色々あったとは言え、身体はずっとカプセルで寝ていたのだ。
精神的な疲労も、<アテンション>のお陰で大分緩和されていたんだろう。
「と言っても、ついさっき出たばかりなのにラボに戻るのは......あんまり気乗りしないな」
『真耶の横に座って、目が覚めたらおはようを言ってやれよ』だって?
いやいや、何だよその彼氏ムーブ。メッチャこそばゆいんだが。
別にホラ、俺達付き合ってる訳じゃないし。
そー言うのはちょっと、距離感が近すぎるんじゃないかな、ってハルトさん思うんです。
いや確かにさ、『力になってあげよう』とは思ったよ? 心の中で宣言したよ? けどアレは宣言であって、告白では無い訳で。何より真耶に聞かれてる訳じゃないし。ノーカンよ、ノーカン。別に、真耶の事とか? その、意識したりなんかしてないし? だってクスリとも笑わない、あの毒舌腹黒性悪変態バトラーだぞ? そんな人間の事をさ、可愛いとかさ、好きになるとかさ、そんなの有り得ないじゃん?
うん、ナイナイ。絶対無い。
「ま、戻るのはナイにしても......じゃあ何するか、って話なんだよなぁ」
真耶がいつ目を覚ますか分からない。
流石に一日中寝てるって事は無いだろうけど、あと10分で目を覚ますとは限らないのだ。
いつまで続くか分からない空白時間を無為に過ごせと言うのは、やっぱり結構キツイ。
「テストが終わったら、図書館で調べ物しようって話になってたよな......ちょっと下見でもしておくか?」
ふと脳裏に浮かんだ考え。
それによって、壁にもたれかかっていた上半身がスッと起き上がる。
うん、悪くないアイデアだ。
暇つぶしになるし、真耶の為にもなる。一石二鳥じゃないか。
そうと決まれば即実行。俺はスックと立ち上がり、スタホ片手に図書館を探す。
が。
「ええっと、ここのスロープを上がって、それでこの渡り廊下を真っ直ぐ行って......」
「あれ、違うな......ん、さっきの所、渡り廊下じゃなくてその下を歩くのか。じゃあ階段が......ああ、コレか?」
「んー、この辺りのハズなんだが......あれ、研究用温室? え、じゃあここってドコだ? ......あぁ何だよ、ここシンメトリーになってる反対側かよ。じゃあもう片方に......って、どうやって行くんだ?」
............
「ダァー、どこにあるんだよトゥーシゥークァン! 探せど探せど全然見つからんじゃないかッ!」
我慢の限界に達し、大声を張り上げる俺。
立体交差する廊下に、変に芸術センスの高い建築物の数々。
そのせいで、この高校は迷路ヨロシク複雑な構造になっているのだ。
いや、それって学校としてどうなんだ。避難する時とかメッチャ大変そうだぞ。
「この様子だと、一人で探しても埒が明かなさそうだが......うーん、どうしたものか。人、殆ど見ないもんなぁ」
さっき叫んだのは、周りに人が居ないからだ。
逆に言えば、これまで聞けそうな人とも会えなかったと言う事で。
くっそうどういう事だ。
全寮制で、声もするんだから、もっと沢山の生徒と会っても良いじゃないか。
「じゃあ生徒の声が聞こえて来る所に行って、そこで図書館の位置を教えて貰うか? でもそこまでたどり着くのに結構かかりそうだぞ、この高校何気に広いし」
............
「ハアアァァ~......しんど......」
胸の奥から込み上げてくる倦怠感を、そのまま陰鬱な声として絞り出す。
「うぁ~ダルイしんどいメンドイだるいぃ~てか電話かかって来てもラボに戻れるか怪しいんだが......あー、考えたくねぇよぉもぉぉぉん」
ぶつくさと独り言を漏らしながら、ゾンビのような足取りでさまよう俺。
別に誰か見たり聞いたりしてる訳でも無いんだろ? じゃあ好きなようにさせてもらおうじゃないか、へっへっ――
「面白いねェ、キミ?」
「ヘェェェェーーーーッ!?」
突然、右後方から掛けられた声。
え、もしかして人が居たのか?
いや、居なかった、絶対居なかった。......その、ハズなんだが。
恐る恐る、振り返る俺。
真耶の心の世界とは違った、じっとりとした汗が身体を包む。
そして、振り返った先には――
「ん~ンん~~~? 迷っている、迷っているねェ、ジュネス? そう、人生とは迷いの連続。ボクも若い頃は、それはそれは迷ったものさァ」
バスローブの隙間から妙にテカテカとした肌を晒し、赤髪の先より水滴を垂らす――
「へ、変態だぁーーーッ!?」
そんな痴漢が、湿っぽい瞳で俺を見ていた。




