Part14 心の中での誓い
再びやって来た、真耶の心の世界。
深層心理に潜む狂気に冒され、情けない格好を晒していた俺だがもう大丈夫!
気合い十分、絶対逃げたりなんかしない!
と心に誓っていたのだが
「うおぉおぉーーー見つかったぁヤバイヤバイヤバイヤバイ!」
「ガオッ! グルルルァ、ガルッ!」
心の世界の中、俺は追り来る虎から逃げようと全力疾走していた。
何故こうなったか。
その説明をする前に、開始した直後の状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ。
意識が戻って来て目を開けた時、目の前に広がっていたのは枯れ草の広がるサバンナだった。
草原を揺らす乾いた風。眩しいばかりの日光。
あー、良かった。怖い思いとかせずに済みそう。
そう思って安心した俺は、とりま身体を伸ばそうとした訳ね。
で、直立姿勢で背中をのけぞらしたら
反 対 向 き に 映 る 虎 の 顔 が あ っ た ん だ よ 。
もうね、口から心臓が飛び出るかと思ったさ。
手から炎を出して距離を取り、あとは隠れたり逃げたりの繰り返し。
かれこれ10分間、こんな調子が続いている。
そんなに逃げるの大変か? って思うかもしれないけど、違うんだよ。
虎 の 背 中 に 端 部 が あ る ん だ よ 。
もうね、ク○ゲーをリアルに持ち込むなよと思ったさ。いや厳密にはリアルじゃないけど。
つまり俺のする事は、あの虎の背中の端部にケーブルを挿す事。
と言う訳で現在、こっそり背中から刺せないか試行中なのである。さっき失敗したけど。
見つかった際の巻き方は、大体決まっている。
一度ぶわーっと炎を出して虎の視界を遮り、その内に少し離れた岩場へと避難するのだ。
でも少し前から足跡を追跡するようになり、いよいよ隠れるのが難しくなって来ている。
そろそろ決着、付けないとなぁ......
「全く......何で虎の背中に端部とかあるんだよ。と言うか......そもそも、何で虎が居るんだよ」
虎から逃げきった俺は、上下に揺れる肩を岩に押し当てながら悪態を付く。
真耶が居れば理由は分かるかもしれないが、あいにく今はいない。
と言うかもし居たら、デコピンの一つや二つお見舞いしてやりたい。
ホントにロクな世界持ってないな、あの性悪バトラー。あ、バトラーだから虎だったり?
......。
嘘です何でもありません。
「グルァッ!」
「うわぁ怒った! じゃなくてもう見つかったか! 早いな、クソ!」
岩の後ろから飛び掛かって来た虎を避け、杖を構えて距離を取る。
あとはクマと対峙した時の要領で、ガンを飛ばしつつ隠れられそうな岩を探すのだが......くそっ、身体が隠れそうな岩が見つからない。
「こうなったら......!」
意を決して、俺は後ろにある大木へ走り込む。
そして幹に足をかけ、何とか枝を掴むが――
「うぉ......っ!」
後ろから追いかけて来た虎が、俺の脚に掴みかかった。
「この......離せぇ!」
このままだと引きずり降ろされる。
脳が発する危険信号に従い、俺は虎の眉間に杖を押しあてた。
それにひるんだのか、虎は手を離す。
虎を睨みつつ、両手を枝へ。足を使って身体を上へ引っ張り上げる。
「よぉ......い、しょ!」
何とか身体を枝の高さまで持って行けた。少し低い枝の先端に足を延ばし、枝にまたがる。
「よ、よし。何とか、なったな......」
木登りとか久しぶりだったけど......我ながらよく出来たな。火事場のバカ力って奴か。
ヤバイ、頭がクラクラする。落ちないように気を付けつつ、暫くはここで休憩を――
「って、登って来るのかよ......!」
などと気を緩めかけたその時、虎が前脚を幹にかけたので慌てて杖を構える。
虎は脚を地面に戻したものの、こちらを睨みつけたまま離れようとしない。
「そう言えば、虎はネコ科の動物だったっけか。じゃあ木登りも出来る訳だ......あー、しくったなぁ。諦めてくれんのか、これ」
悪態を付く俺に対して、虎は無言でこちらを睨んで来る。
睨み合う両者。10分、20分と、いたずらに時間ばかりが過ぎて行く。
俺が居るのは木陰、対して虎が居るのは日向。
サバンナと言う事もあってか、この世界は日差しが強い。日向に居た時の暑さは相当だ。
だからその内喉の渇きに負けて、どこかに行ってくれると良いのだが......虎は一向に離れようとしない。
「ホントしつこいな。先に体力が尽きるのはお前の方だと思うんだが......まーだ諦めてくれんか」
ここまで時間が経つと、俺の疲労はすっかり回復していた。
対する虎は口を開け、暑さに喘いでいる。
何なんだろうか、この虎は。
睨み合いつつ考えてみたが、本当にこの虎は色々と妙だ。
まず、ここまで俺を追いかけて来る事について。
地球に居る虎と生態が一緒であるなら、虎は縄張りを持つ動物だったはず。
10分以上逃げ回っていた事で、今要る場所と最初に俺が居た場所はかなり離れている。
虎の縄張りは、そんなにも広いのだろうか。
それに、逃げ回っている途中で気付いたが、この世界には虎以外の生き物が居ない。
だからこそ俺に拘っているのかもしれないが......そうなると、俺を捕まえられなければ、この虎はどうなるのだろう。
飢え死にするとでも? そもそも普段はどう凌いでいる? もしかして、何も食べる必要が無い、とか?
「でもそうなると、俺を襲って来る理由が謎なんだよな......」
食べる為なら、普段何も食べていない事とつじつまが合わない。
縄張りから追い払う為なら、ここまで追いかけてくる事とつじつまが合わない。
ネコ科らしく、木登りをしようとする点では虎っぽいが――
「待てよ......『ネコ』?」
そこまで考えた所で、ある事に引っかかる。
虎はネコの仲間。そして、この世界の持ち主の真耶には猫の耳と尾が生えている。
「え、じゃあもしかして......」
この虎は、真耶の心を映している……?
何を馬鹿な、と首を横に振る。
が、その考えは捨てきれない。
そもそも、ここは心の世界。真耶の心を反映した物が、この世界にあるのだ。
そして背中に端部のある虎は、この世界を理解する上での鍵に違いなく。
「......」
虎の顔を見ながら、考え直してみる。
この虎が真耶を映す者だとして、どうして猫では無く虎なのか。
思い出せ、思い出せ。真耶の様子に、真耶の言葉に、何かヒントが無かったか。
『私は本来、このような場所には居られない者ですから』
『私はその程度の――いえ、そんな有様の者なのです』
「ッ......!」
真耶が一つ目の世界で話していた事が、不意に脳裏によぎる。
『このような場所には居られない』。猫はペット、虎は野生動物――つまり、人とは違う世界に居るもの。
なぜそう考えているのか。
恐らく、その答えは二つ目の世界にあったのだろう。真耶の心の底にあった、あの研究施設。そこでの出来事が、密接に関わっているに違いない。
「真耶はあそこで......肉を与えてた、んだよな」
思い出したくもないあの光景は、ただの幻なんかじゃない。真耶の体験、真耶の過去。
人の肉を運び、与えていた者。
「でもそれだけだと、真耶は誰かを傷つけた訳じゃないよな......虎って言う程でも――」
そう口にしかけた時、ある事に思い当たる。
『もし、運んでいただけでは無かったなら』。
あの肉はどこかで用意し、加工した物。
考えたくも無い。考えたくも無いが......もし......もしその加工までも、していたとしたら?
殺人者。人を喰い殺す、虎。
「......そんなの、あんまりだろ......」
目の前に居る虎への、真耶への哀れみが一気に噴き出す。
この少女は、あまりにも酷な過去を背負っているのだ。
人肉を加工し、得体の知れない存在に捧げる謎の研究施設。そこで働いた少女。
恐らく、今の姿になったのも、その研究が関係しているのだろう。
例えそれが、自らの意志で無かったにしても。
その過去に、その姿に罪の意識を感じ、自らを虎だと、恐ろしい者だと。そう考えている。
「この世界も......そう言う事、なんだろうな......」
この世界には、虎以外に何も居ない。
あるのは岩と、枯れた草木。生き物の気配が限りなく少ない、静寂の世界。
ただ独り、乾いた風に巻かれる日々。
誰も居ない世界で、乾きに晒され続ける。
「ずっと追いかけて来たのも......」
言葉にしかけた所で、それを止めた。
この虎は、真耶は、ただ寂しいだけ。
耳と尾の生えたあの姿は、異世界では忌避の対象。だから普段は虎のように周囲を警戒し、威嚇し、遠ざけようとする。
でも、底にあるのは寂寥感なのだ。
考えてみれば、この虎は俺を一度も傷つけていない。脚に掴みかかった時も、爪は立てていなかった。噛み付く事も無かった。
最初から、離れて欲しく無かっただけ。
「......また最低な事したな、俺は」
そう口にして、俺は木から降りる。
その様子を、虎は黙って見ていた。
逃げる必要なんて、最初から無かったんだ。
ただ、一緒に居て欲しいだけなのだから。
虎の目の前に立った俺は、その頭を撫でる。
ふわふわとした、柔らかい触り心地。
喉も撫でてやると、虎は気持ち良さそうに目を閉じた。
「ま、現実の真耶はここまで簡単に心をゆるしたりはしないだろうな」
呆れ混じりにハハと笑う。
だってあの真耶だぞ。普段は毒しか吐かない、性悪バトラーだ。
でも。きっと心の中で、繋がりを求めている。
自らの本当の姿を見られる事を恐れながらも、その上で自分を認め・受け入れてくれる誰かを望んでいる。
「ここまで知ってしまったしなぁ。今更見捨てるなんて、いくら俺でもそこまで薄情な事はしないって言うか、うん」
こんな時に限って、気の利いた台詞が浮かんで来ない自分に少し呆れる。
が、決めた。
今はまだ、全ての闇を引き受けられるほどの強い心は持っていないけれど。
真耶本人に、嫌がられるかもしれないけれど。
俺は真耶の、あの子の力になれる存在を目指してみようと思う。
「だから、待っててほしい。俺の出来る範囲でだけど、やってみるから」
決意の言葉を口にした後、俺はケーブルを手に虎の背中に腕を回す。
吸い寄せられるように端部と接合すると、虎は光り輝きながら消えて行った。
次回更新は5/10(月)19:10ごろを予定しています




