Part13 格好悪い俺だから
前半部分に、無属性魔法<アテンション>の説明を追加しました[5/5(水)7:35]
「ん、んん......ん?」
「おや? イスミさーん、ハルトさんが目覚めましたよー?」
次に目を開けた時、飛び込んで来たのは白い世界。
白くて眩しくて、オチツカナイ。
上半身を起こし、周囲を見渡す。
俺が居るのは部屋の中央、白いカプセルの中。
周囲には黒い箱。他には、部屋の外に歩いて向かうニーナの後ろ姿。
冷たい空気、無い。
薄暗い空間、無い。
「じゃあ俺は......帰って来た、のか?」
「正確には『正気に戻った』って感じですけどねー。結構ヤバかったですよ、<アテンション>かけるまでのハルトさん。呪いみたいな言葉をぶつくさぶつくさ......あ、動画撮ってるんで見ます?」
「いや、いい。と言うかすぐ消せ」
「ふっふー、消せと言われて素直に消す輩は居ませんよー?」
「............」
ニーナの背中がクネクネと動く。
このうっとうしさ、どうやら本当に帰って来たらしい。手足を確認しても、正真正銘俺の身体だ。
にしても、<アテンション>か。確か、精神的なダメージを緩和させる無属性魔法だったっけ。
そこまで追い詰められてたのか、俺。
記憶の一部が霞んでて、正確に憶えて無いんだが......いや、変に思い出すのは止めておこう。
「と言うかそんな事より......! 帰って来たって事は、終わったって事か!? 真耶は!?」
そう、肝心なのはそこだ。
俺の意識が途切れたのは、あの深層世界の三つ目の幻覚を見た後。となれば、まだ二つ残っていたはず。
残り二つを、真耶は独りでやり遂げたのだろうか。
「一区切りついて、今はカプセルの中で寝てますよ。ハルトさんみたいに酷い状態じゃ無かったですけど、かなり疲れが滲んでましたかねー」
「......だろうな」
あの幻覚だけで相当キツいのに、それに加えて変なヘドロみたいな物に追いかけられるのだ。
疲れない訳が無い。
背を向けたニーナと話している内に、イスミが俺の元へやって来た。
何か考え事をしているのか、難しい顔をしている。
「突然ではありますが、貴方の名前は?」
「ほ、北条 ハルト......」
「はい、この指は何本に見えます?」
「二本」
「フム、取り敢えず正気ではあるようですねぇ」
おいおい、今ので分かるのか......?
「ふぅむ、生徒会長殿に協力いただいた限り、ここまで消耗するテストとは思っていなかったのですが......いやいや、実験とは、いつも予想外の事が起こるものでありますれば」
「いや、これは真耶が特殊なんだと思いますよ。正直、ここまで暗い過去があるとは俺も思って無くて」
なんか、人が変わったみたいな反応だな。
仮にも自分のせいで苦しめられたから、それを気にしてるんだろうか。
「もし被験者全員がこの様子なら......ああ、本日に予定していたテストが終わらない......データが、サンプルがぁ......残念・無念・トゥー バッド......」
「やっぱり実験の心配かよ!」
そりゃそうか、だってマッドサイエンティストだもんな! さっきから謝罪の言葉一つも無いしな! 期待した俺が馬鹿だったよ、畜生!
「で、どうされますかな、被験者・ハルト。テスト、続けられますかな?」
「......」
もちろん、忘れていた訳じゃない。
これまで接続した端部の数は、浅めの心理にあった四つと深層心理にあった五つを合わせた、計九つ。
最後に一つ、残っているのだ。
あの地獄のような空間とは、別の世界に。
「って言ったって、真耶本人が寝てる訳だしな......」
「その点は心配要りませんぞ、被験者・ハルト。例え寝ていても、その身体がFMCSと繋がっていれば心理に潜る事は可能。本人に変わって端部を接続出来る事も、既に実証済みでありますれば!」
そう言って、胸を張るイスミ。
真耶の許可を得ずに勝手に飛び込むのはどうなんだ、って意味だったんだが。トコトン感性が違うな。
......でも、今の俺にとっては選択肢の一つになり得る話だ。
だってそうだろう。真耶を助けるって言っておいてこのザマじゃあ、あまりにも情けない。
「最後の端部がある世界って、どんな所なんだ?」
「そればかりは、実際に入るまで分からない事ゆえ」
「そう、か......」
あの世界の、更に奥。一体何が待ち受けているのか、全く想像が付かない。
......いや、だから何だと言うんだ。
世界の内容を聞いて、『怖そうだから辞めます』なんて言うつもりだったのか?
そんなの、余計に格好悪いだけじゃないか。
「イスミさん。俺、一人でやるよ」
「良いのですかな? もし何かあっても、君から連絡が無い限り我々は認知出来ないのですぞ?」
「分かってる」
「ふむ......高梨助手?」
「はいはい、ただ今ー」
「?」
白衣のポケットに手を突っ込んで立つイスミの後ろから、ニーナが後ろ歩きでこちらに近づいて来る。
ばさりばさりと、ビニール袋を広げながら。
そして――
「ハルトさん、私の顔......見てもらいますかねぇ?」
そう言って、クルリとこちらに向き直るニーナ。
太く編み込んだ黒い髪の毛。
縁の太い、青色の眼鏡
ア
カ
イ
ミ
ギ
メ
。
「ウッ――!」
それを見た瞬間、胸の奥から吐き気が込み上げる。
俺はそれを我慢出来ず、ニーナの持っていたビニール袋にぶちまけた。
「ハァ、ハァッ、ハァッ......ゥ――」
二度目。そして堰を切ったように、三度、四度と嘔吐する。これまで溜め込んでいた物が、一気に口から流れ出す。
「な、んで......」
「真耶さんが寝る前、私に伝えたんですよ。『その赤い目を見たら、嘔吐するかもしれない』と。そうならない程度であれば、一人で行っても大丈夫だと言えるでしょうけどね」
「......」
口に広がる酸味と苦味を飲み下して顔を上げると、ビニール袋の中は黄土色の液体で満たされていた。
「大丈夫なんですか、こんな調子で」
「ああ、その通りだよ......」
あーあぁ、と呆れた声を出すニーナ。
自分自身、なんとも情けない格好だと思う。
真耶が抱える闇を覗いては狂気に毒され。
虚勢を張った所で、心の中はガッタガタ。
挙句の果てに、その闇を抱えた真耶に心配される。
本当に、情けない。
「全く、なんなんだ......自分の事で精一杯な筈なのに、辛そうにしてるのに、それで俺の心配とか......何、そんなに俺の事コケにしたいってか?」
「ハルトさん?」
「全く、本当に......本当に、性の悪いバトラーさんだよ......!」
服の袖で口を拭き、そして、へっ、と笑った。
「悪いな、真耶。ここまで馬鹿にされて、黙って引く訳には行かんのよ」
眠る真耶の顔に焦点を合わせる。
疲労の色はあるものの、いつも通りの澄ました顔。
もし夢を見ていたとしても、今の俺が考えている事なんて少しも想像してないだろう。
「頼む、イスミさん。俺を真耶の心に入れてくれ」
「......その少女の気持ちを、無下にすると?」
「ああ、悪いけどさ。でも、もう決めたんだ」
もし真耶が起きたら、怒られるかもしれない、呆れられるかもしれない。
それでも、俺は行くんだ。情けない格好を見られたく無い、なんて馬鹿みたいな理由だけど。
引き締まった俺の表情を見て、ニーナがへぇ、と声を上げる
「大丈夫です? 怖かったりしません?」
「ああ、怖いさ。でも......ここで何も出来ず、後で後悔する事の方がよっぽど怖いんだ」
「ハルトさん......」
そう言って、俺の顔を暫く見つめるニーナ。
何こいつ、気持ち悪。
「......そんな顔しても、私はトキメかないですよ?」
「いや、別にそんな気無いし」
「そんなにバッサリ言います!?」
えー、と落胆の声を上げるニーナ。
誰がお前の為に身体張るか。自分の為だよ、自分の為。......あと、真耶の為。
「秀逸ッ・卓絶ッ・エェェェクセレントッ! 素晴らしい志ですぞ、被験者・ハルト!」
「はいはい。で、準備はまだなのか?」
「心配に及ばず! アナタがカプセルに入り、私がスイッチを押しさえすれば、それで全てオォールオッケーであります故!」
「そっか、じゃあ頼んだ」
イスミと言葉を交わしてから、俺はカプセルの中に入って手早くヘッドギアとリストバンドを装着する。
覚悟を決め、スッと目を閉じる。
さっきはごめん、役に立てなくて。情けなくて。
任せっぱなしにしてた分、今度こそ頑張らないとな。
「3・2・1ッ! あポチッとォ!」
再び轟く、開始の声。
その直後、俺の意識はまた旅立つのだった。




