Part9 儚き日常
「このドア、紙で出来てるのか......」
「そのようですね。ドア本体も紙ですし......鍵が付いている訳でもない。ハルト、そのまま押すなり引くなりしてみてください」
「お、ホントだ開いた」
特に力を加えた訳でも無く、紙のドアは小さく掠れた音を出しながら開く。
お屋敷の内装は現実とそっくりだ。
広々としたエントランスホールに、吹き抜けの天上から吊るされた豪華なシャンデリア。
ただ、そのどれもが紙で出来ている。
明かりのスイッチや呼び鈴のボタンに至っては、押そうとしても動かない。
よく造られた模造品なのだ。
「な、なあ真耶? なんで全部紙で出来て――」
「そんな事はともかく、早く端部を見つけますよ、ハルト。この様子なら、どこにあるのか一定の予想は付きますので」
「お、おい! ちょっと待てって!」
何か意味深な物を感じ取って眉をひそめる俺を無視し、真耶は早々に二階へと上がって行く。
確かにさっさと終わらせようとは言ってたが......もしかして、あまり考察されたくない理由でもあるのか?
「ってか階段も紙で出来てるのかよ!? 結構怖いな!」
などとツッコンでみたものの、俺が登っても階段はビクともしなかった。
そう言えば紙は意外と強いって、何かの検証番組でやってたっけか。
いや、多分関係無い気がする。
真耶の足は迷う事無く、本館と使用人棟の渡り廊下を通過して行く。
使用人だから思い出が使用人棟にあるのは当たり前か、なんて思っていたその矢先、
「二つ目は、恐らくココですね」
「え? ここが?」
真耶の足は思わぬ所で止まった。
そこは真耶の私室を少し通り過ぎた所にある部屋――つまり、今俺が使っている部屋なのだ。
何のためらいも無くドアを開け放つ真耶。
「お、確かにあった。端部だ」
左の壁に沿うようにして置かれたベッドの、その上で例の端部が存在感を放っていた。
真耶は端部に近づき、淡々とした手つきでケーブルの先端を繋ぐ。
「にしても、何でここに端部があったんだ? もしや俺に対して思う所が――」
「違います」
「そうハッキリ断言せんでも......ん?」
少しばかり落ち込んで視線を落とす俺だったが、その直後に机から物音が聞こえて来た。
ダダダダダと勢い良く刻まれる音と、キイキイと軋むような金属音。
顔を上げると、机には一人の老女が座っていた。
ピンと背筋を伸ばし、机の上に広げた布地を手際よく縫い上げて行く。
さっきから聞こえていた音は、足踏みミシンが動く音だったみたいだ。
机も、俺が使っている物とは別物だった。
「だ、誰だ?」
「タエ子さん......」
「......もしかして、昔ここに居た人なのか?」
「ええ。ハルトが来る前、この部屋を使っていた方です。私に使用人としての作法を教えてくださった、言うなれば恩師ですね」
「そうだったのか......」
話している間に、タエ子さんの姿は消えてしまう。
顔は見えなかった。
でも、整った姿勢や着衣、綺麗に結い上げられた髪から察するに、凛とした人だったのだろう。
それこそ、今の真耶のような。
「さて、そろそろ次の端部を探さないとな」
「ええ。ですがその......ハルトは少しの間、ここで待っていてください」
「なしてそんな......ってああ、そう言う事か」
「察したのなら黙って待つように」
「へいへい」
茶化すような笑い声を上げる俺に嘆息し、真耶は一人で部屋から出て行く。
そして、すぐ後にドアを開閉する音が聞こえた。
真耶が入ったのは言うまでも無く自室だ。
プライベートの詰まった自室......いや、心の世界なら、その凝縮具合は現実以上だろう。
そこまで付いて来られるのは、誰だって嫌に違いない。
「まあ、真耶が戻って来るまで時間を潰すか」
取り敢えず部屋の中を観察してみる。
ベッドと向かい側に設置された鏡、その隣に置かれたタンス。
窓際には足踏みミシンとその台。
あと気になる事と言えば......
「この部屋も全部、紙で出来てるんだよな。うわ、ミシンまで紙で出来てる。なんで金属音鳴ってたんだ......」
そこは現実じゃないから、と言う事で納得するとして。
窓まで近づいた所で、もう一つの事に気が付く。
その窓が、ビニールのシートで出来ていたのだ。
「何か、現実感が無いんだよな。作り物って言うか......」
ここは真耶の心の世界。
だとしたら、この紙やビニールで出来たお屋敷にも、何か理由があるはずだ。
......
子供の遊び、紙細工。いや、子供の遊びにしては造りが丁寧すぎる。
紙やビニールで出来ている事以外は、とても精巧な――リアリティー一杯な仕上がりだ。
「紙、ビニール......軽い、いやモロい、壊れやすい......?」
......
そうか、分かった。そう言う事か。
心の中で生まれた一つの感情が、ずうんと胸の内に沈んで行く。
それは心を潤す水の中をずぶずぶと潜り、大きな地響きを立てて水底に落ちた。
底に溜まっていた泥が舞い上がり、普段は澄んでいる水を濁す。
「......なんでそう思うんだ」
身体に広がる苦いものを奥歯で噛みしめ、嘆きと怒りが混じった声を絞り出す。
真耶はまだ戻って来ていない。が、もういい。
使用人棟に付いた階段を、一目散に駆け下りる。
――この世界に残る端部はあと一つ。
だったら、この紙とビニールで出来たお屋敷の謎が、最後の端部と関係しているに違いない。
そして、その答えは
「やっぱり、そう言う事か」
屋敷の裏側、その端。
場所としては目立たない所だが、一度目に付いてしまえば見失わない物がそこにはあった。
屋敷の壁に取り付けられた端部。
その上に、ON・OFFを切り替えるスイッチが付いている。
「こんな時に限って、どうして貴方は勘が働くのですか、ハルト」
振り返ると、少し息を切らした真耶が立っていた。
「これだけ強い心の叫びを聞いてたら、流石の俺でも分かるよ」
「だからと言って、ケーブルを持たないハルトが先回りしても意味は無いと思いますが」
「じゃあ聞くぞ、真耶。自分の部屋にある端部を繋げた後、自分独りでここに来るつもりだったんじゃないのか?」
「......」
「やっぱりそうか」
真耶がそうしようと考えた理由は一つ。
紙とビニールで出来たお屋敷、その理由を俺に悟られたく無かったのだ。
「この屋敷には......思い出が沢山詰まってる。でも、紙やビニールで出来た――つまり、良く出来たモロい模造品。『どこか現実味が無く、ともすれば簡単に壊れてしまう』。そう、心の中で思ってるんだろ」
強い風がざあっと吹き、草原の草木をなびかせた。だがそれ以上に、俺達の後ろにある屋敷が大きく揺れる。
「そう、でしょうね。私は本来、このような場所には居られない者ですから」
「何でなんだ......アリスも、アイラさんも、我道さんも佐伯さんも重松さんも俺も、さっきのタエ子さんも......誰も、真耶がここに居たら駄目だなんて――」
「いいえ。私自身が、それを許せないのですよ。もし使用人の身でなければ、それでこそ皆さまに釣り合えるだけの価値が無い。私はその程度の――いえ、そんな有様の者なのです」
そう言って真耶は、僅かに口角を上げる。
だが一瞬だけ、表情に苦しさが覗いた。
「ハルト、退いてください。それは私自身が消すものです」
「......分かった」
このスイッチは、完成度の高い模造品の明かりを消す為のもの。
それを消すだなんて、俺には出来ない。
でも、これを消さないと前にも進めない。
せめて消すとすれば、本人の意思で。俺に消す資格なんて無い、そう思った。
パチリと軽い音を立て、屋敷の明かりが消える。
それと同時に、心の世界に降り注いでいた光もすぅっと消えて行った。
端部にケーブルを差し込むと発せられる、七色の光。その僅かな明かりに、真耶の顔が淡く写し出される。
その直後、脳内にノイズ音が走った。
「優秀ッ・秀一ッ・エェェェクセレントッ! 良い手際ですぞ、お二方ッ!」
......相変わらず、イスミは空気を読んでくれそうにない。場の空気とか伝わらないんだろうか。
「ありがとうございます。それで、次の心理へ行く準備は出来ているのですか」
「え~えェ勿論! 後は二人の意識を、その心理へチューニングするだけであればッ!」
「分かりました、お願いします」
気分を害して口を出さない俺を無視して、真耶とイスミは流れるように言葉を交わす。
「なあ、真耶」
「何ですか、ハルト」
「その......大丈夫、なのか?」
「......」
俺の問いかけに対し、何も返さない真耶。
真耶に暗い過去があるのは前から知っていたし、さっきの表情からもその重さは相当なものだろう。
もし次の心の世界で、それがより直接的に現れていたら......そんな不安が、ふと俺の中で沸き起こったのだ。
「では行きますぞォ~~~ッ! 10秒前ッ、10・9......」
イスミのカウントに合わせて、俺は胸騒ぎを感じながら目を閉じる。
「3・2・1......あ、ポチっとォ!」
内側に吸い込まれた意識が戻って来てすぐに、俺は目を開ける。
「何だよ、ここは......」
そこは、薄暗い灰色の空間だった。
冷たく湿った空気に、鼻にこびり付く異臭。
窓は無く、部屋の明かりは天上から吊るされた裸電球のみ。
さあっと身体から血が引いていくのを感じる。
俺は直感した。嫌な予感が、的中してしまった事を。
次回更新は4/12(月)19:20ごろを予定していませ




