Part8 心の中にあるリアル
まぶたを通じて感じていた光がスッと消え。
たかと思うと、直に世界は明るくなって。
肌を撫でる風や鳥の鳴き声、ほのかに漂う土の香りが、俺を優しく呼び起こす。
「――ん......おお?」
目を開けると、そこには視界いっぱいの青空が広がっていた。
手を横に着いた瞬間、チクリと刺すような感覚に少し驚く。芝生だ。
右には噴水、左には東屋、そして階段と生垣の先には気品あるお屋敷。
目の前にあるのは、ここ数ヶ月で見慣れた景色だった。
「って事は、ここは――」
「藤宮邸、のようですね」
後ろから発せられる、聞き慣れた声。
振り返ると、真耶がやや驚いた表情で突っ立っていた。
「さっきまで部屋の中に居たから......ここが心の世界か」
「案外、しっかりとした形になっていますね。もっとボヤけているものと思っていましたが」
この感覚、まるで現実そのものだ。
あまりのリアルさに、俺と真耶は驚きを隠せない。が、
「覚醒ッ・起床ッ・グゥゥゥッドモーニングッ! お二人とも、目は覚めましたかなァッ!?」
......興の冷めるやかましい声が、脳内をガンガンと揺さぶった。
もう少しゆっくり満喫させてあげようとか、そう言う気持ちは無いのか。
いやまあ、さっさと終わらせたいのは事実なんだけどさ。
「はいはい、おはようございます、っと。で、ここは心の世界で間違いないんだよな?」
「え~えェ無論ッ! さあっ、接続作業に取り掛かるのですッ!」
「いや、『接続する』って何を――」
「ハルト、もしやコレを使うのでは」
呆れ顔で外の世界のイスミと会話していると、そこに真耶が割り込んで来た。
真耶の手には頭の大きなLANケーブルの様な物が握られており、他にも10本ほどのケーブルが腰からぶら下がっている。
俺の方はと言えば、身体のどこにもそんな物は付いていない。
「正解ッ・的中ッ・コレェェェクトッ! そのケーブルこそ、組成式とデバイスを結合させる為のツールなのですッ!」
「なるほど......って事は」
「ここは私の心の世界、と言う事ですね」
真耶と顔を見合して、コクリと頷く。
にしても、意外とマトモそうな心の世界だ。
真耶の事だから、もっとひねくれた世界とばかり思ってたんだが。まあいいか。
「この心理に存在する端部は四つッ! 二人で協力して探し出し、端部にケーブルを差し込むのが、今回のミッッションッッッ!」
「え、場所とか分からないのか?」
「場所は不明ッ! では私は次なる心理の探し出しに取り掛かりますので、一旦失礼ッ! ご検討を、お祈り致しますぞッ!」
「ちょ、待て――」
[ブツリ]
「......」
俺が引き留める暇も無く、イスミは一方的に通信を切ってしまった。
あんにゃろう、どうしてオモシロ高のヤツらはどいつもこいつも自分勝手なんだ。
「一にも二にも探索、と言う事ですね。ハルト、行きますよ」
「あ、ああ」
相変わらず淡々とした様子の真耶に促され、俺達は端部探しを始める。
正面に向かって歩き、花崗岩で出来た階段に足をかける。取り敢えず向かうのはお屋敷だ。
「にしても、ホントに良く出来てるよなぁ。石の色とか踏んだ感覚とか、そっくりそのまま――」
《アハハハハッ!》
「うおっ、何だ!?」
突然の出来事に、俺は思わず飛び退く。
元気いっぱいに笑う女の子が後ろから現れ、俺達を追い越して行ったのだ。
そしてその女の子の姿は、階段を登り切った所でスウッと消えてしまう。
どうやら、記憶の断片が幻を見せたみたいだ。
「何だか心霊現象みたいで軽くホラーだな。と言うか、さっきの女の子って......」
「幼い頃のお嬢様ですね。私の記憶を元にした世界ですから、お嬢様の姿があるのは当然の事です。ああ、やはり愛らしい。ふ、ふふふ......」
「............」
その反応も、別の方向でホラーなんだが。
ま、まあ真耶の世界だし、これぐらいの出来事は想定内。
気を取り直して玄関のドアに手をかける――
「待ってください、ハルト。左に何かあります」
前に、脇を見ていた真耶に呼び止められた。
「『何か』って言ったって、そんなに大した物じゃ――って何かあるぅ!?」
真耶の視線の先にあったもの、それは夢路とは大きく外れた価値観丸出しの、雑な造形のオブジェだった。
地面からニュッと伸びた、灰色の筐体。
黄色く塗られたその先端は、凸字状に窪んでいる。
「ん? この形状、真耶の持ってるケーブルと対になってるな」
「ええ。つまりこれが、あの教員の言っていた端部と言う物なのでしょう」
周りの風景に溶け込むような感じじゃなくて良かった。
この見た目なら、他のも簡単に見つけられる。
......だとしたら、このデザインの方が良いって事になるのか。なんだか微妙な気持ち。
俺がモヤモヤしている内に、真耶はオブジェに近づいてケーブルの端子を差し込む。
すると七色の光がケーブルを流れ、真耶の腰からぶら下がっていた部分は透明になって消えてしまった。
これでケーブルを繋いでも自由に動き回れる......みたいだ。
「にしても、何でこんな所に端部があったんだ?」
「ハルト。人の思い出の場所とは、何も特別な空間とは限らないのですよ」
「そ、っか......」
具体的に何があったか、その説明を聞いた訳じゃない。
でも、真耶の穏やかな表情を見れば分かる。
きっとここが、思い出の場所なんだろう。
そしてどんな思い出なのかは、奥の生垣にて浮かび上がる幻がおぼろげながら伝えてくれる。
まだ背の小さいアリスが、衣服を土まみれにしながら生垣に身体を突っ込ませている。
何かを探している表情は、必死そのもの。
多分、『アリスが真耶に関する何かを探してあげた事』が、記憶に深く残ってるのだと思う。
真耶に直接聞くのは......止めておくか。
「ま、取り敢えずお屋敷に入ろう。これだけ大きな存在感を放ってるんだ、きっと端部がある」
「ええ、そうですね」
改めてお屋敷の方に向き直り、ドアノブに手をかける。その瞬間、違和感に気付いた。
「あれ? 何だコレ?」
ドアノブが回らない。と言うより、触った時の感触が実際とかなり違う。
金属を触った時の、ヒンヤリした感覚じゃない。
これはもしかして......紙?




