Part9 ヒトと亜人は、相容れない
「いや、『人間ですか』って言われても。ホラ、逆にそれ以外の何だって言うんだよ?」
「............」
俺の返事に、マヤは無言を貫く。求めた答え方じゃないって事か。
分かってるさ、本当はマジメな態度で答えた方が良いのかもしれない。
それでもおどけた調子になってるのは、無意識に正気を保とうとしているからかもしれないな。
......なんて、今考える事ではないが。
「あのな、マヤ。俺は人間から生まれてきたし、人間と一緒に育ってきた。魔物なんて、今日初めて見たぐらいなんだぞ?」
「......まあ、そう答えるのでしょうね。アナタは何も知らないから」
『何も知らないから』を強調した言い方に、俺は違和感を覚える。
「どういうことだよ?」
「どういう事も何も、アナタは無知すぎるんですよ。森の中で私が教えた魔術の知識は、マトモな教育を受けた者なら全員知ってる事なんです」
え、魔法ってそんなに普及してるのか。
てっきり限られた人だけが使える物なのかと。
「マトモな教育を受けていない可能性は――」
「有り得ません、身なりが整い過ぎている。それに、教育を受けられないほどの貧困層の出身者で火属性を使える者が、<トーチ>を使えないワケがないんです」
「と言うと?」
「周辺を照らす魔法は、火属性の<トーチ>系統だけ。そう言えば分かりますか?」
「なるほどな......」
この世界の文明レベルはイマイチ掴めてないが、マヤの話し方からして貧困層の家庭では照明器具が無いのだろう。
つまり、<トーチ>は夜の明かりとなる訳だ。
逆に言えば、家族の中で<トーチ>の使える者が居なければ、明かりはない。
明かりが無ければ夜に活動は出来ないし、治安の悪い所だ、犯罪に遭う可能性が高いだろう。
だからこそ、火属性を使える者が<トーチ>を使えない訳が無いのだ。
「<トーチ>や先ほどの<エクスプロージョン>の威力からすれば、ある程度の鍛錬を積んでいると考えるのが妥当。なのに、何も知らない。実力者が無知を装うにしても、度を通り越しています」
「それだとしても、刃物突き付けて脅す必要はないんじゃないのか?」
「ええ。私も警戒する程度にしようと思っていましたよ。さっきの光景を見るまでは」
『さっきの光景』?
「あなたに迫った、フィッシング・ツリーの触手。どんな反応を見せていたか、覚えていますね」
「そりゃあ覚えてるよ。襲われるー、って思ったのに、結局何もしてこなかった。逆に聞くけど、アレは何だったんだ?」
「質問をしたのは元々私だったのですが......まあいいでしょう。冥土の土産にでもしてください」
「物騒な事言うなって......」
マヤの眉がピクリ、と動いた。ふぅ、と息を吐いてから話を続ける。
「属性傾向の話は憶えていますか」
「あ、ああ。無属性と自然属性の割合の事で、大体は30~70%ぐらいって言ってたアレだろ?」
「はい。そして、魔物はマナが無属性を含んでいるかどうかで襲う・襲わないを判断します。30~70%なら襲う。逆に――100%か、もしくはそれに近いなら襲わない」
「つまり……何だ? 俺の属性傾向が100%だ、とでも言いたいと?」
「はい」
突き刺すような鋭い眼のまま、マヤは即答する。
突拍子も無い話だが、つまりマヤは俺の属性傾向が100%だから魔物に襲われなかった、と言いたいらしい。
「でも、大体は30~70%なんだろ? 100%ってどんな人間なんだ?」
「エルフを始めとした、亜人族ですよ」
「エル......フ?」
エルフって、あのエルフだよな?
ファンタジーの世界で会ってみたい存在ランキング一位に輝きそうな存在が、俺......?
「自然の中で暮らす――というより、自然の中で生まれる彼らは属性傾向が100%。エルフは特に人間と容姿が近いのですが、そんな彼らと人間を判別するのに一番確実な方法が、属性傾向による判断、と言う事ですよ」
魔物に襲われないなら属性傾向が100%。属性傾向が100%ならエルフ。筋は通っている。
でもどうして俺の属性傾向は100%なんだ? 力をくれたのはデービスだったが......
――そうか、そういう事か。
デービスの恰好を思い出してみよう。身体が炎で出来たおっさんだ。
あんなの、どっからどう見ても火属性100%だ。
そんなおっさんから強いオドを貰ったのだ、元々俺が持ってた弱いオドなんて塗りつぶして、ほぼ100%になるのは自明の理。
そういう事だよ、ワトソン君。
いや、こうなるの予想出来てたんならどうしてデービスの所に連れて行ったし!
ふざけんなよ、パースこと”ワトソン”!
今怒っていても意味無いんだろうけどさ!
「分かりましたか」
「あ、ああ。分かった」
剣を喉元に突き付けながら凄んで来るマヤ。
自然と、声が震えてしまう。
しかし、これは参った。
俺がこの力を手に入れた経緯を話せば、もしかすると信じてもらえるかもしれないが、腐れパース曰くペナルティがあるらしい。
そのペナルティが何か分からない以上、下手に口に出すのは難しい。
これは最終手段にするしか無さそうだ。
「俺がエルフだって思う理由は分かった。でも、どうして殺す必要があるんだ?」
「答えは簡単ですよ。亜人族と人間は相容れない存在だからです」
「って言ったって亜人......つまり人間に近い存在なんだろ? だったら仲良く出来るんじゃないのか?」
「では尋ねますが......アナタがもし人間なら、魔物と一緒に暮らすことはできますか?」
「いや、襲って来るんだろ? 出来る訳ないって」
「つまり、魔物は殺す、と」
「お、おう」
ちょっと極論な感じはするが、そういう事になる.....んだろうか
「ではもしその魔物が亜人族にとっての食料であれば、彼らはどう思いますか?」
「......憎む、だろうな」
「そういう事ですよ。亜人族にとって、魔物は我々における動物のような存在なんです。飼い慣らし、食べ、時には殺されながら共存する。故に、魔物を殺す対象としか見ていない人間とは、相容れない」
亜人であるが故に、人間に近いが故に。異なる『世界』に属する二つの存在は、相容れない。
恐らく、知能も人間と変わらないのだろう。
そして思考も人間と同じなら、関係性は考えるまでもない。
関わりを持たないようにするか、殺し合うかだ。
「でも、関わりのない存在なら使う言葉だって違うはずだろ? 俺もマヤと同じ言葉を使ってるじゃないか!」
「それが唯一気になるので質問しているのですが......大方、亜人族が何かしらの魔術で作り出した存在でしょう」
「いや、そう決めつけるのは――」
「オドが強いのに何も知らない事、属性傾向が100%である事。どちらにも説明がつくんですよ」
同じ言語を使っているというのは強力な証拠になると思ったが、これもダメなようだ。
となると......感情に訴えかけるか?
「俺はお前を助けたんだぞ!?」
「なら、そのように造られた存在、という事です。表面上は人類としてふるまいつつ、裏で人類を害する。あるいは、アナタ自身は本当に害意がないけれど、何かしらの方法で亜人に情報が流れていく。......どちらにしても、危険な存在です。人類に......お嬢様に近づける訳にはいかない」
――ッ!!!
「さあ、最後のチャンスです。アナタは人間ですか? 人間なら、証拠を示してください!」
有効そうと思ったカード全てが『そう造られている』で片づけられてしまった。
こんなの無理だ、説得の余地がない。
でもだったら、どうして早く殺さないんだ?
......冷静じゃないのか? でも、どうしてそこまで取り乱す?
「そう言われたって――!」
「早くッッッ! 5......4......3......」
「お、」
「2......」
「俺は――」
「1......――」
「俺は異世界人なんだッ! ――ァ?」
そう口にした直後、物凄い疲労感が俺を襲った。
今にも倒れてしまいそうな......そうか、コレがペナルティなのか。
いや、今は何だっていい。マヤが思い留まるきっかけになってくれれば――
「最期の言葉がそれとは、つまらないですね」
「ッ!?」
「では、ここまでありがとうございました。サヨウナラ」
終わった。
俺は、この少女に呆気なく殺されるんだ。
抵抗しようにも、立っているのがやっと。
マヤが剣を振りかざす。そして――
その瞬間、俺の意識は暗転した。