Part7 心の世界へ
天井に蛍光灯が並んだ階段を降りると、六畳ほどの踊り場に出る。
右手側にはエレベータ。正面には、大きな扉。
妙に静かなのもあって、まるで病院の手術室前みたいな雰囲気だ。
恐る恐るドアを開けると――
「うおっまぶしっ」
その瞬間、部屋を照らす眩いばかりの明かりが俺の目を刺激した。
かざした腕を退けて前を見ると、そこはだだっ広い六角形の白い部屋。
中心にはコの字に並べられた長机があり、その上には広げたまま平積みされた大量の書物や顕微鏡、パソコン類が所狭しと置かれている。
そしてパソコンの前には、画面に向かってブツブツと呟く一人の男が椅子に座っていた。
「井澄さーん? 今日一人目の被験者、連れて来ましたよー?」
ニーナが呼びかけると、男はピタリと手の動きを止める。
あと“被験者”って言うなし。
「おおっ、貴方達がッ! 最初ッ・第一ッ・ファァァァストのッ! 協力者でありますかッ!」
机をバンと叩いて勢いよく立ち上がり、グリンと首を俺達に向けるイスミ。
そしてズンズンとこちらに近づき、鼻息を荒くして俺の手を掴む。
「私はここで様々な発明をしている、井澄 剛と言う者! どぉーぞ宜しくお願いしますぞッ!」
「ど、どうも。北条 ハルトです......」
おっかなびっくり、俺は挨拶を返す。
ニーナ以上にやかましいと言うか、凄いエネルギッシュだ。
こんな人と一緒とか、気が持ちそうに無いんだが。
動作テストが終わったらすぐにオサラバしよう、そうしよう。
「初めまして、藤宮 真耶です。それで、テストはどうやって受けるのですか」
流石真耶さん、クールな振る舞いは健在だ。
が、そんな真耶の反応に、イスミは落ち込んだ様子を見せない。
「宜しいッ! では見ていただきましょう、我が渾身の発明品をッ!」
そう言って、イスミは白衣のポケットからリモコンを取り出し、4と書かれたボタンを押した。
すると右奥の壁が音を立てずにスゥーっと開き、また六畳ほどの六角形の部屋が姿を現す。
白い部屋の中に林立する、真っ黒な箱の数々。
その中心には人が入りそうなカプセルが四つ、円柱を囲うように横たわっていた。
「注視ッ・刮目ッ・アテェェェンションッ! これが人体に仮想デバイス“ウィザード”を組み込む装置、FMCSであるッ!」
「おー」
なんて、棒読みっぽくも歓声をあげてみる。
何か良く分からんけど、流石に無反応は可哀想だろう。......って、真耶は無反応かい。
「で、コレに入って動作テストを受けるのか?」
「その通りッ! が、貴方達二人は本校の生徒ではない為、先に組成式の解析を行っていただきましょうッ! 暫しの待機をッ!」
イスミがステップを踏みながら機械に近づき、横にあるボタンを押す。
するとカプセルについた緑色の半透明のカバーが、ゆっくりと静かに開いた。
「なんて言うか、まさにSFだなぁ」
そうポツリと呟くと、
「と言っても、あの機械自体は以前から我が高校にあった物ですよ。ま、アレもイスミさんの発明品ですけどね」
ニーナが横から声を掛けて来た。
そう言えば、さっきから喋って無かったな。
とっくに何処かへ行ったものとばかり。
「どうかしました?」
「いや、お前が黙ってたのって珍しいな、って」
「あの人の前ではあまり喋らない方が良いですよー......。下手に質問なんかすると、二, 三時間は拘束されますから」
「マジか......」
この顔、何回か体験してる感じだな......
レイドに説教され、イスミの長話に付き合わされ。ニーナも結構苦労しているようだ。
いや、何で同情してるんだ、俺。
「でもまあ、思ったよりマッドって感じしないな?」
「と言いますと?」
「いや、白衣も真っ白だし、目の下にクマが無ければ目も淀んでもいない。髪の毛も綺麗に散髪してるし」
「そりゃそうですもん。あのイスミさん、昨日動き始めたばっかりですから」
「なるほどなぁ......え?」
え、何? 『昨日動き始めた』?
......は?
「何でしたかねー。確か、前の身体は新発明の薬品を飲んだ瞬間に壊死してしまって――」
「ちょ、ちょっと待てよ? じゃあなんだ、イスミには複数の身体があるとでも言いたいのか?」
「複数の身体があるって言うか、体細胞クローンですよ。今は48体目ですかねー。前の身体が死ぬと、直前の記憶まで引き継いだ新しいクローンが隣の備品室から出て来るんです」
「............」
淡々と話すニーナに、俺は軽い恐怖を覚える。
前言撤回。このイスミと言う人間、紛れも無いマッドサイエンティストだ。
それに、この事を何とも思わないニーナや他の生徒達もヤバイ。
なんかもう、うん。ヤバイ。
「な、なあ真耶。信じられるか......?」
「信じるも何も......道徳的・倫理的に問題があるのは間違いありませんが、現に起こっている事ですからね。信じるしかないでしょう」
呆れた表情で、首を横に振る真耶。
『オモシロ高校なら仕方ない』。
うん。これはもう全部信じるしかないわ。
ハルトさんね、変に考えるだけ無駄だって、やっと分かった気がするヨイ。
「準備完了ッ! さあ二人とも、こちらへ」
と、俺達が話している間に準備が整ったらしい。イスミが手招きしつつ呼びかけて来た。
「なあこの動作テストって......死んだり怪我したりしないよな......?」
「いぃ~えェ、そのような事は決して! 一般の方々でも安心して受けられるよう、試行錯誤した結果なればッ!」
そ、そうか。なら良かった――
「どうしたら安全に受けられるか、生徒会長殿に何度も協力頂きました故ッ!」
ありがとう、レイド。君のお陰で助かった。
今度会った時にお礼しないとな。
「ではカプセルの中に入り、ヘッドギアとリストバンドを装着して暫し待機を。っとぉ解析には数分かかる故、その間にこちらを読むのですッ!」
そう言って渡された数ページの資料には、“FMCSの原理並びに利用方法”と書かれていた。
そう言えば、具体的に何するか一つも聞かされてなかったんだよな......
ちょいとした暇つぶしの為、俺は資料に目を通し始める。
要約するとこんな感じだ。
――
あらゆる存在の源となる組成式。
それにデバイスを結合させるには、組成式の端部とデバイスの端子を接合する必要がある。
組成式の端部は探る事が難しいが、物理的に発露する端部としては感覚機能・器官がある。
一方で、一口に感覚と言っても深部感覚に属する感覚や内臓感覚は外部から感知する事が難しく、また被験者への負担も大きい。
そこで発想を転換し、内面の発露――つまり被験者の心理や長期記憶、オドの端部を見つけ出し、接合する手法を採用した。
被験者の意識を特定の心理にチューニングし、そこにある端部とウィザードの端子を接合する事で、ここに人体に仮想デバイスを組み込む方法が確立されたのである。
――
まあ、こんな感じか。
所々ツッコミたい所があったけど、『オモシロ高校なら仕方ない』って事で。あー、便利だなぁ、この言葉。
具体的に俺と真耶がする事は、一言で言えば『心の世界にあるコンセントみたいなヤツにプラグを差し込め』って感じだろう。
なんともファンタジーな体験じゃないか。
ただ、一つ気になるのは――
「なあ、イスミさん」
「どうされましたかな、被験者・北条 ハルト」
カプセルの中で声を出すと、イスミの声が直接脳内に響いて来た。
カプセル内部とオペレーターは音声での通信が可能――さっきの資料に書いてあった機能だ。
「俺が真耶の世界に入ったり、逆に真耶が俺の世界に入る事って出来たりするか? 二人で端部を探した方が、短時間で済むと思うんだ」
「え~えェ、もちろん可能ですともッ!」
「そうか、分かった。......真耶、そう言う話なんだけど、どうだ?」
「......分かりました、そうしましょう」
「......はいよ」
正直、断られるのを予想した上での提案だったんだけど......まさか本当に飲み込むなんてな。
この動作テスト、完全な初見でやった人物が居ないだけに、どれだけ時間がかかるかは不明だ。
図書館での調べ物という重大な用事がある以上、出来るだけ時間を増やす為には真耶もなりふり構わっていられないんだろう。
「おやおや? 時間短縮がしたいんですか? ならこのニーナさんが――」
『「断る」』
「ちょおー、私だけ仲間外れですかー!?」
いくら余裕が無いって言っても、ニーナに心を覗かれるなんてパスに決まってるだろ。
後でどんな目に遭うか、分かった物じゃない。
「ではそろそろッ! テスト開始と致しましょうッ! 二人共、目を閉じるのですッ!」
心の世界か。魔法・ドラゴンと来て、いよいよファンタジーっぽくなって来たじゃないか。オラわくわくすっぞ。
「破竹ッ・突入ッ・ラァァァッシュインッ! 心の世界へ、旅立ち給えッ!」
イスミがスイッチを押した瞬間、俺達の意識は内側へと沈んで行き――
夢路へと、旅立つのであった。




