Part3 希望・期待・悦喜
「で、何でテストを受けようと思ったんだ?」
ニーナが帰り、ティーカップを片付けた後。
俺は真耶に、気になっていた事を尋ねた。
「............」
「真耶さん?」
が、真耶は黙ったままだ。
周囲を見渡し、誰も居ない事を確認してから俺にそっと耳打ちする。
「ここでは少し話辛い内容です。場所を移しましょう」
真剣な目つきの真耶に促され、二人で俺の自室に移動する。
俺は椅子に腰かけ、真耶はドアを背にしてもたれかかった。
どうやら、よほど聞かれたくない話みたいだ。
「どうしたんだよ、そんなに改まって?」
俺が質問をしても、口を閉じたままの真耶。
そしてゆっくりと息を吐き、徐に自らの頭に手を当てた。
「ハルト、この髪飾りの事は憶えていますか」
「真耶の耳と尻尾が見えないようにする為の宝具、だったっけか」
「ええ。これの効果が......あと一ヶ月ほどで切れるそうなのです」
「何だって!? 何とか――」
「声が大きいですよ」
「わ、悪い」
驚くなって言う方が無理じゃないか、なんて。
真耶に制止された俺は、小さく咳払いして間をおいてから再び口を開く。
「結構深刻な話だな、何とかならないのか?」
「私も調べはしました。この屋敷の書斎を調べ直したのはもちろん、本日は隣町の図書館に脚を運びましたが......」
「そうだったのか」
そこまで言って、最後まで言わない真耶。
苦し気に俯いているって事は......結果は芳しくなかったんだろう。
最近の真耶はよく外出していた。
さっき俺がアリスの勉強を看ていたのも、真耶が出掛けると言ったからだ。
真耶が一人で出かける理由は何なのか少し気になってたが......こんな裏があったのか。
「でも、それとオモシロ高校にどんな関係があるんだ?」
「あの高校は奇人の集まり。生徒の中には様々な発見や発明をする者も居るそうですが、ソースとなる知識を元から持っている訳ではありません。となれば」
「学校の授業や図書館が、その源になっている、か」
コクリ、と頷く真耶。
「万が一の事が起こった際のリスクから、普段あの高校に部外者が立ち入る事は出来ませんが......テスト被験者なら、あそこに入れる。世間には出回っていない本が、あそこにはある。私の抱える問題を解決する糸口が、残されているかもしれない」
「なるほどな......」
真耶の口から、珍しく多めに言葉が出て来る。
それだけ、今回に望みをかけているのかもしれない。だったら。
「分かった、俺も手伝うよ」
少しでも可能性が高まるなら。
真耶がこの先も、アリス達と一緒に過ごせるなら。
そう想う俺に、迷う要素は無かった。
「ハルト......」
驚いた様子で、俺の顔を見つめる真耶。
好感度的なサムシングが上がった、とか?
「体調でも悪いのですか、あなたがそんな事を口にするなんて」
「......」
変に期待した俺が馬鹿だったよ。
そう言えば前にもこんな展開無かったか? 俺も俺で期待するなよ、トホホ。
「ま、まあアレだよ。真耶に何かあったら、この家の人は心配するだろ? 俺だって身近な人間が困っているのを見放すほど、薄情じゃないさ」
「そう......でしょうか」
「そうそう」
皆に大切にされてる事、本人には自覚無いんだもんなぁ。
正直、このまま打ち明けても何とかなる気さえするんだが......今は楽観的を事を言える雰囲気じゃなさそうだ。
なぜなら――
「解決の糸口、あると良いな」
「無いと困ります。あってくれなくては......」
自らに言い聞かせるように呟く真耶の、その深刻な顔が、軽口を叩こうと言う気にさせなかったからだ。
◇◇◇◇◇
「秀逸ッ・卓絶ッ・エェェェクセレントッ! 実に素晴らしい成果でありますぞォ、高梨助手!」
その日の夕方、主代高校にて。
学長室に呼び出された一人の教師――井澄 剛が、一本の電話を受けて興奮気味にグルグルと歩き回っていた。
全く手入れのされていない、乱暴に後ろでまとめられた黒の長髪。
白かったはずの白衣は様々な色の液体で塗りたくられ、まるで日光を受けて暗い色の光沢を放つカラスの羽のようである。
いくつかの言葉を交わし、電話を切る剛。
恍惚の表情を浮かべながら、鼻歌混じりにスタホを白衣のポケットに突っ込む。
「何か良い事でもあったようじゃの」
そこに、窓際に立っていた人物が話しかけた。
金色の髪と琥珀の瞳を持つ、妙齢の女。
白地のシャツの上に黒を基調とした外套を羽織り、胸の前を赤いリボンで結んでいる。
「え〜えェ! この度の動作テストの協力者、量・質共に大変順調でございまして!」
かけられた声に応え、勢いよく振り返る剛。
満面の笑みを浮かべる表情とは不釣り合いに、目は淀みその下には濃いクマが出来ている。
「これも学内外の協力者、そして何よりィ! 貴方様――日谷雲 チカ様の御助力があってこそッ! 感謝ッ・感涙ッ・グラァァァティチュードッ!」
叫び声を上げながら、チカの傍にある机を大きな音を立てて叩く剛だが、その様子にチカは微塵も驚いた顔を見せない。
我が子を見守るような穏やかな表情のままで、ゆっくりと口を開く。
「そう畏まるでない。お主の“ウィザード”は、間違いなく今史最大の発明品となろうぞ。いずれ全ての人類が着用する代物、出来る事はやっておくべきであろう?」
その言葉を受け、剛はニマリと笑う。
「無論ッ・当然ッ・オフコォォォスッ! この度の発明は、私の全身全霊をかけた物ッ! 貴方様もご存知でしょう、ここに至るまでの茨の道をッ!」
「あ、いや。それはもう知っておるから――」
「そうあれは一年前“ウィザード”開発において最大の難所人体を構成する組成式とのリンクを如何に行うかその暗礁に乗り上げた時期でございました数多の方法を試せど一筋の光明すらなく流石の私の頭にも断念の二文字が浮かんでおりましたが――」
「......」
チカが制止しようとするも時既に遅く、剛は壊れた機械のように過去の苦労話を語り始める。
ため息をつくチカだが、その表情は不思議と穏やかな物だった。
[ヴー、ヴー]
と、時計の針が幾ばくか進んだ所で、剛のスタホが震え出す。
業火はすぐさまポケットに手を入れ、表示を見た瞬間オオと声を発した。
「コネクトシステム、最終調整完了ッ! 待ちわびていた、この時をッ! こうしては居られません、迅速ッ・早急ッ・クイィィィックリィッ! 滞っていた準備を、進めなくてはァッ!」
またしても喉が潰れそうな程の絶叫を発しながら、剛は重厚な学長室のドアを華麗に蹴り破る。
剛が出た途端、静かになる学長室。
一人残ったチカが、肩をすくめて大きな溜息を付いた。
「何とも騒がしい人間じゃのお。ま、アレぐらいの方が見ていて退屈はせんが」
そう言いつつ、チカは外に視線を向ける。
沈み行く太陽が、水平線を赤く染め上げていた。
黄昏時。その美しさを直に見ようと、チカはドアを開けてバルコニーに出た。
海から吹き付ける風が、チカの髪をなびかせる。
「特異体質、レリカント、異人、ニューター......そして四賢者、造られし神。選り取り見取りとは正しくこの事よ。それに、神器“スクルドの巻子本”の所持者が居らんとは言え、それ以外の所有者が一堂に会するのは久方ぶりではないかのお」
どこか満足そうな笑みを浮かべるチカ。
と、何か思いついたのか眉をピクリと動かす。
「折角の機会じゃ、何か催しでもするか? 少しばかり遊んだ所で、罰は当たるまいて」
誰も居ないバルコニーに、チカのクツクツと漏らす笑い声が響いていた。
2023/3/12
文章の細かな修正を行いました。




