Part2 異境への招待状
大木で宙吊りになっている何かを見た瞬間、俺は無言で窓とカーテンを閉め、室内の机に視線を移す。
「さーて、勉強でもするか」
椅子に座り、参考書を広げる。
外に誰か居た? いや~、気のせい――
「ちょっとハルトさーん? 無視は酷くないですかー?」
......じゃなかったらしい。
「それにしても、会ってすぐ対面拒否されるとは。これがデジャヴって奴なんですかねぇ!」
外ではニーナが賑やかにさえずっている。
いや、無視だ。たとえ見てしまったとしても、見なかった事にするんだ。
と言うか、ニーナにあんな顔を見られたとか認めたくない。
「もしもーし? いつまで無視するんですー?」
やかましい。俺は勉強をするんだ。
どんな事を言われても――
「さっきの写真で記事作りますよ」
「お前は鬼か悪魔か!?」
「お、やっと反応した」
外から発せられた意地悪そうな声に対して、俺は窓を開け放ちツッコミを入れる。
見られるどころか、もう撮られていたらしい。
くっそう、何であんな表情で窓の外とか見たんだ。数分前の俺のバカ野郎。
「......んで、何しに来たんだ?」
「おや? おやおやおやぁ? 私の目的が気になりますか!? いやぁ~、モテる女子は辛いですねぇ!」
「イラッ」
枝からぶら下がったまま、両腕で自らの身体を抱きしめてクネクネ動くニーナ。
あー殴りたい。拳の届かない距離に居るのが更にムカつく。
「ま、前振りはさておき。今日は頼み事があってですね......よいしょっ、と!」
「うおっ!?」
上着の内ポケットからカードのような物を取り出したニーナは、それを人差し指と中指に挟み、俺目掛けて投げつけた。
投げられたカードはサクッと鋭い音を立て、屋敷の壁の隙間に刺さる。
お前はどこぞの怪盗団か何かか。
窓から身を乗り出してカードを手に取ると、そこには――
「“ウィザード”動作テスト......?」
「はい、それにハルトさんのご協力を頂きたいな、と思っておりまして」
「なんだ、ウィザードって?」
「えっとそうですねぇ、何から話したものか......」
顎に手を当て、眉をひそめるニーナ。
誘いに来たくせに考えて無かったんかい。
と言うか、ずっと宙吊りなのに頭に血が上ったりしない――
「ん?」
「おや?」
ふと気付くと、ニーナが大木に架けている脚の、その両脚の真ん中に鳥が止まっている。
鳥はニーナを気にせずくつろいだ様子のまま、スッとその場でかがみこみ――
済ました顔で糞をした。
「ちょ、うぇップ、顔が糞に......って、あ~れ~!」
そして顔にかかった糞を拭おうとしたニーナは、バランスを崩して植え込みに落下した。
やったぜ、ざまあねぇな。
なんてどうでも良い話は脇に置いて。
植え込みに刺さったニーナを回収し、応接室で話を聞いたところ、ウィザードと言うのはオモシロ高校――ニーナが通う奇妙な学校の俗称だ――で開発中のデバイスの事らしい。
何でも、世界初の生体一体型デバイスだとか。
モノとしての実体は、外部とのデータ交換に使う腕時計状の装置のみ。
それ以外の機能については、使用者の組成式を解析し、それを細工して実現させるらしい。
簡単に言うと『そのモノの外観に影響を与えない部分の組成式に、ウィザードとしての機能を組み込む』との事だが......詳しい話はチンプンカンプンだった。
開発者は同校の教師、マッドサイエンティストこと井澄 剛。
怪しげな物を発明しては、バイトと称して生徒で人体実験しているらしい。
流石はオモシロ高校、ゲロ以下の臭いがプンプンする。
「と言うか、何で俺に声がかかったんだ?」
「このウィザードは使用者のマナを使って動くのですが......ハルトさん、無属性のオドを殆ど持たないらしいですね?」
「待て、何処でそれを聞いた」
ランクやレベルはともかく、属性傾向まで話した憶えないぞ。
下手に話すとまたエルフ騒ぎが起きそうだし。
「何処でって......月生の国民情報管理データベースにクラッキングして調べたそうですよ?」
「サラッとヤバイ事言うな!?」
『オモシロ高校なら仕方ない』か。
いや、コレ納得して良いのか!? 何かもう色んな意味で駄目だと思うんだが!?
「まあそんな訳でして、普通とは異なるオドを持ったハルトさんでも動作するかのテストを――」
「断る」
「何故ぇ!?」
「引き受ける理由があると思うか!?」
「変わった実験を受けられるんですよ!?」
「だからだよ!」
それを聞いて引き受けようと思うのは奇人だけだっての。
それに、今の俺は金に困ってる訳でも無いし、出かけて怪しい実験に付き合う程の余裕も無い。
さっきアリスに言われたばっかりだし、受験勉強に集中したいのだ。
「ぐぐ、こうなったらさっきの写真で......」
「なら俺だって、クラッキングの件を警察に相談するだけなんだが?」
「むぅ、ハルトさんの癖にコシャクな」
「癖にって何だ、癖にって」
食い下がるニーナ、拒否する俺。
互いが顔をしかめ、威嚇・長考の唸り声が応接室を満たす。
「あの。私、受けてみたいのですが」
と。
そのまま硬直すると思われた事態に一石を投じたのは、部屋の外から声を上げた真耶だった。
勇気が要ったのか、その声はいつに無く弱い。
ポカンと口を開ける俺だったが、ニーナはニンマリと笑みを浮かべて真耶に近づく。
「ほほお......! 貴方が、ですか」
「特殊な人間ばかりでテストを行っても駄目でしょう。あくまで通常の人間として動作テストを受けたいのですが、駄目でしょうか」
『特殊な人間』言うなし。
ついでに言うと、別の意味なら真耶だって特殊な人間に入ると思うんだが。
いや、今は場の雰囲気的に口出しできそうな様子じゃないから、ここは黙っておくけどさ。
「いえいえ。一般人の参加も受け付けてますから、どーぞどーぞお受けくださいな!」
「分かりました。それと......」
「?」
再び生まれる、静寂の時間。
それは、何か言葉を探しているように見えた。
「テストと言っても、全員が同時に受ける事は出来ないはず。待ち時間は、何処に居れば良いのでしょうか」
その質問を聞いて数回まばたきするニーナだったが、すぐに済ました笑顔に戻る。
「そうですねー、多少の制限はありますが、自由にしていただいてOKですよ。テスト当日の八時から入っても構いませんし、もし我が校の寮の空き室をご利用されるなら翌日の九時まで大丈夫です。どうぞごゆるりと、我が校を満喫してください」
「そう、ですか。ありがとうございます」
「ただ――」
スッと真耶に顔を寄せ、ニーナが何かを囁く。
その直後、真耶の顔がこわばり、耳や尾の毛が逆立つ様子がはっきりと見えた。
そして、一瞬だけニーナが薄気味悪い笑みを浮かべていたのも。
が、ニーナが俺の方に振り返った時には、いつも通りのヘラヘラした笑みに戻っていて。
「さて、ハルトさん? お聞きいただいたように真耶さんはご参加いただける事となりましたが......うら若き女性を一人だけ行かせて自分は行かない、なんて言わないですよねぇ?」
「はぁ、分かった。俺も行くよ」
「ふっふー、感謝致しますよー!」
......やっぱりこの顔腹立つな。
「すみません、ハルト。恩に切ります」
「いや、真耶が謝る事ないって」
頭を下げる真耶に対して、俺は手を横に振って受け入れる。
普段の調子なら『この性悪バトラーめ、図りよったな』と言いたい所。
でも、今の真耶は俺をからかっているようには見えなかった。
俺がさっきからニーナに悪態をつくのを我慢しているのも、この雰囲気だからだ。
「でも、アリスはどうするんだ?」
「そうですね、お嬢様にご説明して、暇の許可を頂かなくては」
「ん? あ、ああ......」
驚いた。真耶がこの事を考えないとは思っていなかったけど、まさかアリスを連れて行かないと即答するなんてな......
「おや? 自らの仕える主を置いて出掛けるのですか?」
「ええ。あのような場所に、理由無くお嬢様を連れて行く程、私も考え無しではありませんから」
「おっと、言われてしまいました。世界一安全な高校なんですけどねぇ」
「安全の前に“物騒で”が付くと思われますが」
買い言葉に売り言葉......とは少し違うか。
俺も概ね真耶の意見に同意だけど、“世界一安全”を否定しなかった事だけは意外。
と言うか、安全で物騒って矛盾してる気がするんだが......
「ま、内容は理解しました。来校は何時辺りを予定されてます?」
「ハルト、朝八時にここを出発で構いませんか」
「ああ、大丈夫だ」
「では、九時半ごろの到着で」
すぐに時間を弾き出す真耶さん、流石です。
真耶の返答を聞き、ニーナは分っかりましたー、と返事しながら手帳に書き込む。
そして出された紅茶をクイッと飲み干し、素早く立ち上がった。
「改めて、今回のテストにご協力いただいた事、感謝であります! あ、着いたら連絡してくださいね、私がテスト会場まで案内しますんで。ではでは、当日また会いましょう、それまでぇ~サラバッ!」
「お前が案内するのかよ、ってもう居ねぇし!」
マシンガンのように喋ってから屋敷を出て行くニーナに、応接室から顔を出してツッコむ。
が、その頃にはニーナの姿は庭まで離れていた。
......本当に勝手な奴だなぁ、慣れて来た自分も怖いけど。
2023/3/5 文章の細かい調節を行いました




