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こんな異世界、お兄さんは認めません!  作者: アカポッポ
間章 ただそれだけの話
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A certain night story

 その夜、常明学園学生寮、104号室――九条 ソラの自室にて。

 日付も変わろうかと言う時間に、目覚まし時計が突如けたたましく鳴り響く。

 常人なら耳を塞いで悶えそうなものだが、ベッドに横たわっていたソラの腕の動きは早く、時計の音が止むまで数秒とかからなかった。


 スッと瞼を開け、静かに起き上がるソラ。

 声を出さずにのびをした後、スタンドの明かりだけを付けて彼女はベッドから立ち上がる。

 そしてクローゼットから衣服を取り出し、手際良く着替えを済ませて行く。


 年頃の娘にしては珍しく、彼女の部屋の中は住まいを転々とする者のように物が少なかった。

 机の上には参考書。ペン立てこそ鳥をかたどったお洒落な物だったが、それ以外の小物は見られない。

 壁にはカレンダーすら掛けられておらず、備え付きで用意された時計が独り音を鳴らしている。


 唯一目を惹く物と言えば、窓際には鳥かごが吊るされていた。

 かごの上から布をかけられて中の鳥も寝ていたようだが、目覚まし時計と飼い主の起床で目が覚めて小さく鳴き声を漏らしている。様子からして一羽だけのようだ。

 

 着替えたソラは、次にクローゼットの隣にある収納を開く。

 その中には、色とりどりの小瓶――ポーションが並んでいた。

 スタンドの明かりを反射して赤や紫に妖しく光るこれらのポーションは、どれも非常に作用が強く、高価な代物だ。

 ここにある物だけで、数十万甲は下らないだろう。

 そんな数々のポーションを、ソラは黒のズボンについたスリットポケットに惜しげもなく突っ込んでいく。


「さて、と。こんな物かな」


 呟きつつ、部屋の中を足早に歩き回っていると


「今夜も出掛けるのか?」


 不意に、沈んだ男の声がした。

 後ろを振り返ると、ドアのすぐ横に立つ男がソラをじっと見ている。

 長い背中に、これまた長い緑色の髪を携えた者――ウォリッジだ。


「ウォリッジさん、居たんですか」


 物音立てずにいつの間にか佇んでいた彼だが、ソラは驚いた様子を見せない。


「ああ。昼間からずっと見ていた。楽しそうな様子を見ていると、こちらまで嬉しくなる」

「......それも見てたんですか」

「随分とお兄さんと仲が良いのだな。膝枕や手を重ねられ、大層気分を浮つかせていたようだが。仲の良い兄妹と言うよりかは、まるで――」

「だ・か・ら! 私と兄さんはそんな関係じゃありませんからっ!」


 否定の言葉を口にするソラ。

 しかし、顔を紅潮させつつ言った所で、一切の説得力は無い。

 色話を好む者なら興味をそそられそうな表情ではあるが、当のウォリッジは沈んだまま、ピクリとも顔を動かさなかった。


「......私としては少しでも長い間、昼間のような日常を送って欲しいものなのだよ。今からでも遅くない、残された時間を楽しく過ごしたいと、そうは思わないか」


 その言葉を背中で受け止め、ソラの後ろ姿がピタリと止まった。

 窓から入る街灯の明かり――人の手により生み出された暖色の光――が、その半身を照らす。

 だが、ウォリッジの方に向き直ると共に身体は灯りから離れ、ソラの全身が闇に濡れた。


「私も、出来る限りは日向を歩きたいです。でも、日向の温かさに甘えていたら、取返しのつかない事が起こる。この前の出来事で、それが分かったんです。日陰に居る者が日向に出るには灯を手に取り、忍び寄る闇を取り払わないと」


 その瞳から照り返す光は無く、ただ黒い色を浮かべるばかりである。


「......例えその灯が、身を焦がす奈落の炎だとしても......君は後悔しないのか」

「はい、自分で選んだ事ですし。こんな事に皆を......兄さんを巻き込む訳には行かないですから」


 ツカツカと無機質な足音を床に響かせ、ソラは窓に近づく。

 軋むような音を立てて開かれた外の世界には、果てしない闇が広がっていた。


「じゃあ、いつも通り寮を出るまでの姿と音を消していただけますと助かります」

「......分かった。くれぐれも、無茶はしないように」

「どうでしょう、無茶はするかもしれません。もう慣れてる、という意味では無茶には入らないかもしれませんね」


 そう言い、掠れるような笑い声を上げてから


「それに、私は簡単には死なない。そうなんでしょう?」


 ソラは目を細め、口元を僅かに緩めた。


「ああ......その通りだ」


 ウォリッジの言葉を聞き届けてから、ソラは窓から外へと抜け出した。

 窓には身体をぶつけて出来た幾つかの凹みが見受けられたが、今では身体をスルリと通してしまう。

 音を立てず、静かに学生寮を後にするソラの後ろ姿を見て、ウォリッジは憂いを浮かべた表情で見送っていた。


「あの子と分かれた後、アナタはいつもその表情ね。今日はまた、一段と暗いみたいだけど」


 静かだった部屋に、突然女の声が響く。

 声のした方向へ振り返ると、九条 ソラの勉強机からレイヴンの顔が()()()()()


「ティア、見ていたのか」


 コクリと頷いた彼女は、まるでマユから羽化する蝶の如く、ヌルリと身体を机から分離させる。

 白い簡素な服を纏い、裸足のレイヴンはペタペタと足音を立て、ウォリッジに身体を寄せた。


「苦しいなら、アナタが求めるなら、今すぐ私の胸に飛び込んで来ても――」

「いや、遠慮する」

「ちぇ、そうですかー。今夜はイケると思ったのになぁ」


 いじけた仕草をしながら、ウォリッジから離れて空に脚を蹴りだすレイヴン。

 その様子は、まるで恋人に素っ気ない態度をされた若い女性のようだ。


「事態を招いたのは私の責任だ。胸中で渦巻くこの感情から、逃げる訳には行かないさ」

「ホラまたそんな事言って、真面目なんだから。そこが、アナタらしいけれど」

「真面目、か。なあ、ティア。やはりこれはあの子の身には――」

「駄目よ」


 ウォリッジの言葉を遮るレイヴン。

 振り返り様にウォリッジを見つめるその瞳には、毅然とした意志が宿る。


「この件に首を突っ込むのは、血染めの黄昏(トワイライト)の在り方に触れる。“我らは見守る者なり、世界の平穏を支える者なり”。そうでしょう?」

「......」


 淡々と言葉を並べるレイヴンに対して、ウォリッジは苦々しい表情を浮かべる。


「それに、パースが何も言葉を遺して無いという事は、あの子の選択に間違いは無いと言う事。だからきっと、大丈夫よ」

「肉体はそう、かもしれないが......」


 ふっと表情を緩めて励ましの声を掛けるレイヴンではあるが、ウォリッジは口を閉じたまま顔を俯かせたままだ。

 居づらさを感じたのか、レイヴンはまた新しい話題を持ち掛ける。


「それにしてもあの子、お兄さんに随分とご執心なのね。元々、仲の良い兄妹だとは思っていたけれど」

「......あの子の状態を鑑みれば、ああなってしまうのも無理はないさ」

「お兄さん以外に、頼る人が居ないから?」


 首を傾げるレイヴンを見て、ウォリッジは一瞬視線を外す。が、直ぐに向き直って話を続けた。


「それも大きいが、オドの変質もある。力に目覚めて以降、あの子のオドは変わりつつあるんだ」

「それは知っているけれど......?」

「人間は通常、血縁関係の者に恋愛感情を抱かない。機構は複数あるが、遺伝的な近さを本能的・理性的に感じ取る為だ」


 ウォリッジの言葉を飲み込もうとするレイヴンだが、傾げる首の角度は深くなるばかりだ。

 が、暫くして大きな息を吐く。

 どうやらこの時点での理解を諦めたらしい。


「......何だか突拍子も無い話ね。で、それが?」

「オドは物質がソレである為の、根源的な要因だ。家族である、という意識にもある程度影響しているだろう。オドが変質する事で、本能的・理性的な感覚に影響が出るんだ」

「ええっと。それってつまり、<アグルティネーション>でオドを吸収し過ぎて自我を失う、みたいな事......?」

「やや話は異なるが、まあ概ねそんな所か」


 ナルホドナルホド、と声を漏らすレイヴン。


「あの子自身はそれに気付かず、戸惑っているみたいだがね。本能的・理性的な変化に加え、兄以外に自身の生い立ちを証明する者が身近に居ないこの環境......精神的に依存的するな、と言う方が無理があるだろう。正直、あの状態で保てている芯の強さに驚くぐらいだ」

「そうね......ちなみに、それをあの子に教えるつもりは?」

「今は無い。長期的に見れば毒かもしれないが、今真実を知らせるのは余りにも酷だ。自分が自分で無くなっている、と伝えるような物だからね」

「分かった、そうしましょう」


 結論を出してから、二人は窓の外を眺める。

 緑と金の長い髪が、窓から入って来る風に揺られていた。


◇◇◇◇◇


 時を同じくして、第二界 アルフヘイムにある古城。

 城はヒビとコケに覆われ、おおよそ一般の住居とは異なる風貌を見せていた。

 城へ続く道も瓦礫と草木が混じっており、獣道と言って差し障り無いほどのもの。

 無論そのような場所に人の往来は無く、周囲は静寂に包まれていた。


 その道の脇で、一人の少女の姿が月明かりに照らされ浮かび上がっていた。

 透き通るような空色の長髪が、月光を反射する水面のように煌めいている。

 ヒスイ(みどり)色の右目・スミレ(むらさき)色の左目の目元には、とめどなく流れた涙の跡があった。


 少女はただ、空を眺めていた。

 その顔は憔悴しきっており、空を見ていると言うよりも首を上に上げたら空があった、と言う方が正しいだろう。

 彼女が発する微かな呼吸音だけが、静寂の中で唯一感じられる変化――だったが、そこに一つの足音が近づく。


「おや、ここに人が居るとは珍しい」


 布ごしに話しているような、くぐもった声。

 少女が無気力に頭を向けると、そこには一人の男が立っていた。

 襟元に装飾を付けた白のシャツに、重厚な黒をたたえたトレンチコート。

 奇怪な模様の描かれた手袋に、その右手には同じく奇怪な文字を背表紙に描いた手帳を携えている。


 が、何より奇妙なのはその顔――否、頭部の様子だろう。

 男は左目だけを空けた道化師のような仮面を嵌め、自らの素顔を隠していた。

 しかし仮面で覆っていない耳元や首下からも肌は見えず、代わりに覗くのは顔中に巻かれた包帯。

 頭頂部はおろか、首より下以降も包帯は続いているように見える。

 また、皮膚から膿が滲み出ているのか、白い包帯の所々は黄色く変色していた。


 奇妙な仮面に、身体中に巻かれた黄色い包帯。

 その様子は、見る者全てに生理的な嫌悪感を抱かせる。


「エルフ......? 否、この瞳はもしや......」


 少女の瞳を見た瞬間、長身を揺すりズカズカと歩み寄る男。

 そして人差し指で少女の顎を持ち上げ、仮面の奥に潜む茶色い眼を近づけた。


「紫色と緑色の瞳に、陶磁器のように白く滑らかな肌......これは古史3520年に発行された“新界目録”の......ああ、このページですね、ここに該当しますが......髪が水色なのが食い違う......ですがどこかで......いや、もしやアングラニアの軍事研究資料の......」


 顔に僅かばかりの嫌悪感を浮かべる少女を他所に、男は低く地を這うような声で空言を漏らす。

 それは書物を広げて調べ物をしている様子そのものであったが、男の手元にそれらしき物は見当たらなかった。


「ありました、見つけましたよ。この記述です、“古今二つのマナ、その二つを持つ者こそ、機構の狭間に秘匿されし古の力を手にする”......!」


 そう口にした瞬間、男はやにわに立ち上がって手帳を開く。

 そして懐から筆記具を取り出し――感情の赴くがままに、文字を殴り書き始めた。


「素晴らしい。何と良き日なのでしょうか、今日は。この出逢い、読んで字の如く()の恵み。天啓と言う物でしょう。やはり世界に神はいらしたのです。神が、この私めの働きをご覧になって、益々励むようにと褒美を下さったのです。感謝を、感謝をしなければ。そして果たさなければ、私の務めを......世界の素晴らしさを後世に伝えると言う、至上の使命を......そして書かなければ、この感動を伝える為の台本を......」


 身を包む喜びに字を震わせながら、男はひたすらにペンを走らせる。

 棒立ちのまま、手帳に何かを書き込み続ける男。

 記入を終え、パタンと音を立てて手帳を閉じたのは暫く後の事だった。

 ゆっくりと息を吐いた男は、その顔を少女の方に向け直す。


「さて、いつまでもこうしてはおられません。彼らに見つかる前に回収しなくては。私の考えは素晴らしいので、この少女も協力してくれるはずですが、ここは紳士的に......」


 咳払いをし、腰を折って視線を少女に合わせる男。そして――


ミヨ ジェ(初め) ヌーグ シー(まして)シームト パク(お嬢さん)


 聞き慣れない言葉を、男は流暢に話した。

 先ほどまでの生気の抜けた表情から一変、大きく目を見開いて驚きを露わにする少女。

 その反応に、男は穏やかな笑い声を漏らす。


ディシ(どうして) ウィ シー(私達の) ......クメド イージ(土語を) フォジマィアパジ(知っている) パムタゥト(のですか)?」


アイ() スーフォ ファイウゥ(勉強した事が) ウ ピガプ(ありまして)イグ ウェオ メグ(身寄りが) フーン ジェ(無い) スーフォ ウ(よう) ジョパギフォ(ですね)ウィ(私と) シー イェノ(一緒に) ディグズ ノー(来ますか)?」


「......」


 少女は男に向けて、疑いの目を向ける。

 男が今何を考え、どのようなつもりで誘っているのか理解できない。

 それはこの場に居る少女だけで無く、本人以外には誰にも分からないであろう。

 だが自身の置かれている状況を鑑みてか、少女は首を縦にも横にも振る事は出来ない。


アイ ウン メグ(悪いこと) グシムクント(なんて) ユジーグ ウ(考えて) ザウ グシント(いませんよ)アイ ソプル シー(追われてるのでしょう) イヴ イスハゥ(助けてあげます)


「......」


エグソッジ() グサム ノー(以外に)ソージョ ユジョ(あなたの) メグ ネグ エヴ(言語を) グソ ロエルポ ダス(話せる人は)

ヤム フラウク(殆ど) シージ パムタゥト(居ませんよ)セッド ウィー シー(言葉の) ピフォ イム グソー(通じない) ルプヤ グサグ(所で) イー メグ(どうやって) ギャジモー エム(生きて) エヴ デジワゥ(行くのですか)?」


 男は次々と言葉を投げかける。

 その一つ一つを、少女はしっかりとした顔つきで受け止めていた。

 やがて覚悟が決まったのか、少女は地面についた両手を握り締め、静かに、それでもはっきりとした口調で声を出す。


「......アイ フー(分かりました)ポグフ ベップト(あなたについて) シー(行きましょう)


アー ベジ(それは) イグ ゾゥグ(何よりです)ゼク グソ ダック(ちなみに) ドサグ イー(あなたの) シージ ミューノ(お名前は)? アイ ウン(私は) ミンガー(ミンガーです)


「......セロ」


イグ イー グソ(素晴らしい) フルポムウィウ(名前) ミューノ(ですね)ジョグォヴァップク(よろしく)、セロ」


 静かに手を差し出すミンガーだが、セロはその手を取らず自らの力で立ち上がる。

 少女の顔には依然疲れが滲んているものの、それが反って精悍な印象を与えた。

 少女の足取りがふらついていない事を確認すると、ミンガーはゆっくりと城に向かって歩き始める。


「やはり世界は素晴らしい。一週間前、九条 ソラのマナにあてられて()を負い、落ち込まれていた我が主ですが......その矢先に、希望と言う名の子が現れるとは。断言しましょうとも。この子が居れば、この力があれば、必ずや我らの悲願は成就する。世界が変わるその日を、私は目にする事が出来るのです......!」


 高揚した気持ちを抑えきれず、押し殺すように笑うミンガー。

 運命の歯車が噛み合い、静かに回りだした。

延び延びになってしまいましたが、これにて間章、了! 感想あれば、感想欄に是非どうぞ! 


そして……今パートを以て、本作30万字を突破しました!(設定集含めて、ですが)

いつもお読み下さっている皆様、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 各種方々にリスペクトを感じますね。因みにシュウ先生の絶叫シーンは割と声出して笑いました。イケメンの残念なシーン好きです。優月の中で彼の好感度がグッとアップしました笑 [一言] シュウ先生も…
[良い点] 感想書くのが遅くなっちゃいました。すみませんー!(←けっこう前に読んでたひと。笑) ソラの背景や決意が伺えてとってもわくわくする回でした♪♪ ハルトたちがちょっとおバカな作戦を繰り広げた…
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